90 鳥居の謎
「アイリさん!」
抱きつかんばかりに喜んだシモンにアイリは同情ではなく、ここで調べて欲しいことがあるのだ、と告げた。まだ、自信がないので、明日、霊山に登ってラモンの意見を聞きたいのだ、と。シルキスを探して、何度か霊山に登り、鳥居に近づいて感じていた違和感。答えを知っているような、目の前にあるのに見えていないような、そんなもどかしさを放っては置けなかった。
「僕も残りますよ。ダンジョン攻略に参加できるほどの戦闘力はありませんし。」
《カイしゃが残るなら、マリも残る!》
《マリ、そこはパパ達が、と言ってお上げ。》
気の毒そうにシモンを見ながらルーが言った。
それから、ダンジョン攻略に必要な情報の共有や、携帯食の準備、武器の手入れなど、居残り組も忙しくなり、夜には連携を含めた戦闘訓練など、お祭りの準備のような期待感に満ちた時間が過ぎた。
四方の社に向かわせた者達からは全ての封印が壊れている事、封印の霊力の込められていた鈴は、カイが受け取ったセイコの鈴以外はどこにも見つからなかった、と報告が来た。彼らからはその他、特に異常を知らせる報告はなく、五重塔ダンジョン攻略の予定があるのですぐ拠点に戻ってくるよう伝えられた。遠話の魔導具の向こうに興奮している気配があった事は、ルー一人の胸に収められた。
霊山探索とダンジョン攻略部隊は1:2の割合で決着をみた。シモン、マリ、カイの非戦闘員にアイリと2組六人のブラフ海賊たちが霊山探索に、残りのルー、ミルナス、シルキスと3組九人のブラフ海賊でダンジョン攻略に分かれた。
五重塔ダンジョンは今いる太極殿のキャンプ地から北東に一日の距離にある。半分ずつがダンジョンに入り、毎日交代で攻略を進めて行く予定だ。霊山に何かあれば、すぐ応援が出せるよう半数を待機に当てている。
《アイリも気が済んだら、こっちへおいで。それまで、ミルナスとシルキスは、アタシがしっかり守るよ。カイさん、マリの事、頼む。》
ルーはそう言うとマリとラモンをぎゅっと抱き締めて、颯爽と馬にまたがった。ミルナスとシルキスは魔導単車だ。
「姉さん、行ってきます。」
「行ってくるねー、ねーちゃん。お土産楽しみにしててー。」
「二人とも、ちゃんとルーの言う事、聞いて、無理しないように。」
「カイさん、姉さんの事、頼みます。無茶しないように見張ってて下さい。」
「カイ兄、ねーちゃんがどっか行っちゃわない様にしっかり捕まえててねー。」
弟たちは姉を何だと思っているのだろう。自分はそんなに危なっかしくは無いはず、と首を傾げるアイリだった。
一方、その二人に頼まれたカイは、ちょっとびっくりしたような表情で、苦く微笑む。「僕に、出来る、かな?」
「カイ兄に出来なきゃ、仕方ないし。」「そうですね、諦めます。」
一体、何の話だろうか?
ルーの掛け声と共にダンジョン攻略組は出発していった。
「ねえ、カイさん、ミルたちの言ってる事、本気にしなくて良いですよ。」
アイリの視界の端で肩をすくめるラモンがいた。
「さあてっと、こっちもそろそろ始めますか。」
霊山探索組はマリを含め基本、全員で行動する。馬に荷物を乗せ、霊山山麓まで、マリにも魔力封じの魔導具を装備させれば、三番目の鳥居までは接近可能だ。
鳥居は山肌を蛇行するように立てられている為、四番目以降も少しだけ斜め上方に立っている。あまり距離を置かずに調査が可能なため、少ない人員を分けるより、みんなで行動した方が、安全と判断したのだ。
「で?愛し子ちゃんは、何が気になってるんだ?」
何やら、怪しげな道具を広げながら、ラモンがアイリを見る。アイリの周囲には契約の四精霊が全員顕現し、彼女の指示を待っていた。
「うん、この場の感じって、フェラ砂漠のオベリスク周辺に似た感じがすると思わない?」
「ええーっと、そうですか?あそこは魔力だまりですから、ここがそうなら、もっと魔物が集まってくると思いますけど。」
オベリスクを実際に体験したのはシモンなので、ラモンは引っ込み、シモンが出て来た。
「うー、そうなんだけど、何だろう・・・、テス。」
言葉にし辛い、とアイリは火の精霊を招いた。
火の精霊は頷くと五番目の鳥居の前に進んだ。そこはまだ霊力が留まっていると思われる鳥居だ。シルキスが潜った、と言う鳥居もこれだ。テスの掌の上には小さく火が灯されている。それを鳥居の中にぽん、と放った。それは、鳥居の中で一際大きく燃え上がると、次の瞬間には消えてしまった。
「ええーっと、これは?」
「どう?テス。」
「はい、主。やはり、この鳥居の中には魔力が蓄えられています。」
「ええーっと、ちょっと待って、もう一回。もう一回見せて。」
テスはアイリが頷くのをみて、シモンの要求に応えた。今度も炎は燃え上がったが、先程よりも小さく見えた。二度ほど繰り返すと、炎は燃え上がる事なく、鳥居をくぐり抜け、向こう側にポトリと落ちた。
「魔力がなくなった?」
「オベリスクの周囲も魔力が溜まってて、私の精霊達は顕現した時に、その魔力を取り込んでとても大きな姿で顕現したでしょ。それと同じで、魔力で作った炎が、ここの鳥居を潜るときに大きくなるって事は、この鳥居の中?下?は魔力があって、それを取り込んで、大きな炎になる、って考えられないかな。で、その魔力を使ってシルは転移した?」
「転移の理由や、鳥居の中だけに魔力を留めて置ける理由はわからんが、この一つ一つが巨大な魔石みたいな物って事か。」
「あれ?ラモン?」
「おう、シモンは何かじっくり考えたいらしいぞ。で、愛し子ちゃん、他に何知ってる?」
「知っているというか、シルがいなくなった時、私達も当然、鳥居を調べたけど、その時、石や木の枝を投げ入れても、何も起きなかったんだよね。」
「ああ、それは俺様もやった。」
「じゃあね、もし、それを魔石でやったらどうなるかなぁ?」
「!?」
「おい、空の魔石あるか?」
振り返ったラモンにブラフ海賊たちはパタパタと服や荷物を漁る。
《あい、パパ。》
差し出されたマリの手に握られた小さな魔石のカケラは、彼女の魔力を高めるために、与えられていた訓練用のものだ。
「おう、マリ、借りるな。」
ラモンは魔力を失った五番目の鳥居の次、六番目の鳥居に向けて、その魔石のカケラをひょいと放った。
カケラは鳥居をくぐった時に一瞬輝いて、向こう側に落ちた。
「光った!?」




