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9 最初の人生・最初の悪夢

残酷な場面が続きます。

自分自身の二人分の記憶を抱える5歳児の身体は精神と肉体の矛盾に悲鳴をあげ、母と話をした夜にアイリは高熱を出した。熱で寝込んでいた間、アイリは前世の記憶を夢で見た。

子供のアルブレヒトとダイアナに会った事が影響したのかも知れない。


暗い森の奥から、次々と魔物が現れた。シャナーン王国南部、キャラバンは秋の終わり、収穫祭参加後の気の抜けた一夜を狙ったかの様に、魔物の大量発生に襲われた。


仲間達の叫び声、悲鳴が飛び交う中、魔物の唸り声、雄叫びがアイリの耳を打った。

「姉ちゃん!魔物だ!」「ミルナス!お父さんは?」

「戦ってる。母さんはユーリ姉ちゃんの所へ行った。俺は加勢に行くよ。」

10歳になったばかりの弟は投げナイフのベルトを掴み腰に巻き付けながら、片手で剣を掴んだ。

「危ないわよ、あんたも座長のテントに行くの。あたしを守りなさいよね。」


一瞬、不満気な表情を見せたものの、いつも父親から母と姉を守るよう言い聞かされているミルナスは姉に逆らわず、更に弓を背負って馬車を跳び降りた。


外は混乱を極めていた。逃げ遅れた動物達が魔物に襲われ、喰らわれていた。吐き気を堪えながら、走る。火を嫌うはずの魔物達が轟々と火の粉を撒き散らしながら燃える馬車に目もくれず向かって来た。100人もいないキャラバンのキャンプ地がそんなに広い筈は無いのだが、闇夜と混乱が子供の方向感覚を狂わせる。


「姉ちゃん、こっちだ。」

足が恐怖で止まりそうになるたびに、ミルナスがアイリの手を引いた。近づく魔物にナイフを投げ、確実に倒して行く。が、ベルトに刺していたナイフにも限りがあり、魔物は次々と森の奥から湧いて出て、子供の体力は知れていた。


やっとの思いで座長のテントにたどり着いた時、ナイフはそれぞれが片手に持つ1本だけになっていた。そして、そのテントが炎に包まれているのを見た時、ミルナスの緊張の糸は切れてしまった。


「ミル!」

傍から飛び出した大型のネズミの様な魔物への対応が遅れ、思わず顔を庇って覆った利き腕にミルナスは噛み付かれた。咄嗟にアイリがその魔物にナイフを突き立てたが、魔物は力を失ってもミルナスを離さず腕を引き裂いた。流れ出る血の間に白い骨を見て、アイリは意識が飛びそうになった。

それでも、それがいかに危険な事かは、本能が知っていた。呆然としゃがみ込んでしまいそうな弟を抱き込む様に支え、出来る限りの止血をしながら、彼女は周囲を見回した。さっきは動揺して見えていなかったが、テントの向こうに荷馬車が見えた。

「ミル、ミルナス、あそこ、あっちに荷馬車がある。大丈夫。お母さんもお姉ちゃんもきっとあそこだ。」


二人で支え合い、テントの向こうに周りこむと、そこには戦う母の姿があった。


紅蓮の炎のごとく風に舞う長い髪、その細い指が指し示した先の魔物はトーチの様に燃え上がった。いつものおっとりとした母とは、まるで別人。次々と魔物が燃え尽くされて行く。荷馬車の中では、キャラバンの女子供達が、身体を寄せ合って震えていた。母と共に戦っていたであろう男達があちらこちらに倒れていた。彼らの遺体に群がろうとする魔物も母は炎を放って退けていた。アイリは母が精霊付きである事をその時初めて知った。馬車に繋がれている馬達はパニック寸前だったが、辛うじて御者席の人物が死してなお、きつく握りしめていた手綱が暴走を抑えていた。


「ミルナス、馬車を出しなさい。」

こちらを見ずに母が命じた。


「無理よ、お母さん。ミル、酷い怪我なの。」

一瞬、母は硬直したが、それでも、魔物の群れから目を離さず、「なら、アイリ、あなたがやりなさい。」と、そう言った。


必死にここまで逃げて来たのは、ここに着いたら、父や母がいる、きっと何とかしてくれる、そう思ったからだった。なのに、たどり着いた先もやっぱり、魔物だらけだった。


「そうだ、お父さん、お父さんはどうしたの?」

「アイリ!アイリーン!言われた通りにしなさい。」


初めて聞く母の鋭い声に、アイリは息を呑んだ。


「ケガをしてるミルナスと身重のユーリをあなた以外、誰が守るのです!」

弾かれた様に顔を上げたアイリの視線の先、母が見つめる先に、仰向けに倒れた父がいた。父は胸が上下していたから、まだ息はあるのだろう。それでも、流れ出た血が作る血溜まりがもう長くはない事を知らせた。母が動かず、視線すら離せない理由も。


もう、父は助けてはくれないのだ。あんなに強い父親が負けてしまうなんて。自分達は生きてここから逃げる事が出来るのだろうか?でも死にたく無いよぉ。泣きながらアイリは御者席に向かって走った。ミルナスは任せて、と荷台から降りたユーリが頷いた。姉の顔も真っ青だ。

何とか馬を宥め、御者席に昇ろうとした時だった。突然、アイリの全身をこれまで感じた事のない寒気が襲った。

その遺体は小太りを貫禄と言い換え、いつも一座を明るく支えていた座長のものだったが、その体がずるりと後へ引きずられ、真っ黒な影に飲み込まれていった。声も無く見つめるアイリにそれは油が広がるように近づき、次の瞬間、その頭上から覆いかぶさってきた。


「いやーっ。」


アイリはぎゅっと目を閉じ、振り払う様にがむしゃらに両腕を振り回し、その勢いで御者席から転げ落ちた。地面に強打した痛みも忘れアイリは尻餅をついたまま手と足で後退った。


「姉ちゃん!」「アイリ!」姉と弟が駆け寄って来る。


「みんな、そこから離れなさい!馬車ごと飲み込まれる!」


切羽詰まった母の叫び。獲物(アイリ)を逃したその影は、ならばとばかりにブワッと広がると、馬諸共、馬車に覆いかぶさった。アイリとユーリ、ミルナスがお互いを庇う様に一塊になって、見つめる先、中に取り残された仲間達は馬車と一緒にその真っ黒い何かに飲み込まれた。悲鳴も物が壊れる音すらしない無音の内に馬車の屋根が車幅が小さくなって行った。そして一度、地面のシミの様に広がった後、むくりと中央が持ち上がった。葬送の炎が辺りを照らす中、その不気味な黒い塊は、明らかに普通の魔物とは異なっていた。


「スライム。」


子供達を後に庇い、それに立ちはだかる母の口から、漏れた名前に、生き残っていた者も流石に死を覚悟した。

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