88 事情聴取
「ええーっと、鳥居を潜ると、サイコにいた、と。興味深いですね。」
シモンは地図を見ながら、カイとシルキスの話を聞いている。感動の再会の後、シルキスはルーにこめかみをグリグリとされ涙目になり、マリに慰められて、また“嫁にやらん“発言があり、と、相変わらず、騒々しい一幕があった後、今は、魔導車内に場所を移して、現状報告中だ。
ラモンは両脇腹にルーの肘鉄を食い、悶絶して引っ込んでいるが、当然、体は共通なのでシモンも息をするのも辛い。流石に申し訳なく、ルーはマリを抱いて、後に座っていた。
「ええーっと、サイコのどの辺りに出たか、分かりますか?」
「うーん、気がついたら、目の前にカイ兄がいたから、わかんない。」
「僕はその日、サイコの街を出るつもりで、最後に大きな虎の像に挨拶しようと思って、ある場所に向かっていたんです。サイコの街は大小様々な大きさの虎の像が置かれていて、その中の一番立派な像が、その建物の入り口を守るように置かれているんです。その虎に近づいた時、何か鈴に似た音がしたので、音のする方に行ってみると、朽ちた建物の天井にぶら下げられた大きな鈴が、風も無いのに鳴っていました。覗いた格子戸の向こうに人影らしいものが見えて、それがシル君でした。」
そうそう、と腕を組んで何故か偉そうにシルキスは頷く。
「でー、俺は、びっくりして、このカイ兄もスライムじゃ無いかと思って、攻撃しちゃって、建物は燃えるし、そりゃもう、たいへ」
「ええーっ!虎神宮を燃やしたんですかぁ!?」
驚きのあまり、シモンが椅子から転げ落ちそうになる。
「え、いや、燃えたって言っても天井と床と壁がちょっとだけ、」
「それって、‘ちょっと‘じゃ無いよね、シル。」
「初耳〜。」
「いや、ほんと、ちょっと、焦げただけ、なんだって、ねえ、カイ兄、なんとか言って!」
姉と兄にジト目で見られて、シルキスはワタワタとカイの後に隠れた。
「不思議なことに本当なんですよ。シル君の炎はその建物の内部を覆い尽くしたのですけれど、すぐに消えてしまって。」
「ええーっと、それじゃあ、少なくとも虎神宮内の結界は生きている、って事ですかね。」
シモンは椅子に座り直すと、大きく息を一つ吐いた。
「この地方は、滅びた国の中でも特殊な神域と呼ばれていた所で、国の四方に聖獣が祀られている社があります。西のサイコ、東のリョウトウ、南のセキチョウ、北のホクキ。其々が聖獣を祀る社を持つ街です。そしてここがその中心の太極殿。中心は街=社になり、全てが、あの霊山の守護結界となっています。サイコの結界が生きているのに、私たちが太極殿まで来れた、と言うことは、他の三つの社の結界は死んでいると思われます。」
シモンの指が地図の上を動き、いくつかの地名を丸で囲った。
《鳥居を潜るとサイコの虎神宮に跳ぶのか?》
マリを側近のシュナに預けて、ルーも地図を覗き込む。
「違うと思うなー。だって、下の鳥居を潜ったときは、山の真ん中らへんに出たりしたし。」
「シル?」「シールーキースー。」
カイの後ろから、声を上げたシルキスに周囲が注目する。カイは静かに立ち上がると、シルキスの肩を掴んで、そのまま、先ほどまで自分が座っていた椅子に少年を座らせた。「ゆっくり、一つ一つ思い出しましょうね、シル君。」
シモンは紙とペンを用意した。
シルキスの事情聴取が終わったとき、辺りはすっかり暗くなっていた。
「もう、これ以上は何も出て来ません。」ぐったり、とテーブルに突っ伏すシルキス。
《まあ、流石にこれは頭の整理が必要だな。今日は、もう解散にしよう。》
「やったー、ご飯!」
秒で復活するシルキスに、皆が笑顔になった。
「では、最後にこれを。」
そう言って、カイが荷物の中から取り出したものは、金色をした小さな鈴だった。
《これは?》
「サイコのその虎神宮を立つ時に、入口の天井にぶら下がっていた鈴が無くなっていて、代わりにこれが置いてあったんです。持っていけと、僕のリュートについている精霊が言うもので、もらって来たのですが・・・。」
それを見てシモンがプルプルと震えた。
「ええーっと、それってひょっとしなくても、サイコの守護結界の礎じゃ無いですかー!」
最後の最後に爆弾を落としたのはカイだった。
その夜、魔導車の外でテーブルに地図を広げて、一人ブツブツと呟きながら、何かをまとめている鬼気迫るシモンの姿に、見張りに立ったブラフの男達は、心底怯えたのだった。
「あー、んじゃま、シモンの立てた検証案言うぞー。」
翌日の朝食時、皆の前に現れたのは、ラモンだった。
「まずは、四方の結界の確認。西のサイコ、東のリョウトウ、南のセキチョウ、北のホクキ。各地の霊獣の社に守護結界が張られているかどうか。結界が生きていれば、社内には入れない。結界が死んでる場合、社の入り口にある鈴がどうなっているかを確認する事。二人一組で行く事。組み分けはヴィシュがする。残りは、霊山の鳥居を調べる。マリとヴィシュ、シャナ、アイリ、ミルナス、カイは、連絡係を兼ねて太極殿で待機。以上。」
《意義あり!何故、アタシが留守番なんだ!》
「言うと思った。」《何?》
「あー、ヴィシュ、お前が残らなけりゃ、誰がマリを守るんだ?連れて行く選択肢はないんだぞ。」
《あー、うー、だが、しかし・・・》
「俺様が行かなきゃ、検証にならないんだし、我儘言うな。」
《我儘などではない!アタシは、ブラフの当主として》
「私も意義あり!」「僕も!」「・・・言うと思ったぜ・・・。」
《アイリは、ダメだ。危険すぎる。ミルナスも、いつも冷静なお前がどうした?》
「どうしてシルが行くのに僕は留守番なんですか?」
「あー、シルは当事者だからな、一番、現場に詳しいだろ。」
「それは、まあ、そう、ですけど。でも、」
「私は?私の精霊達はきっと役に立つよ。それに霊山にも鳥居の近くにも、何度か行ってるし。」
「あー、もう!めんどくせー。兎に角、ダメだったらダメだ。理由はシモンに聞け!俺様は知らん!」
「パパもママもけんかはダメでしゅ。」
いい加減、面倒くさくなったラモンが盛大に匙を投げた時、大人しくミルクを飲んでいたマリが、わけ知り顔で言った。
「代わりばんこでしゅよ。それが、仲良しのひけつでしゅ。そう、シモンおじしゃが言ってまちた。」
我も我もと行くことばかりを主張していたアイリ達は、その言葉にしゅん、となった。
《そうだな、マリ。マリの言う通りだ。ママが我儘だった。》
「私も。ごめんなさい。ラモンが行くなら、何か新しいことが見つかるかも、って期待して、その場にいたいと思ったんだ。でも、今日じゃなくても良いものね。ありがとう、マリちゃん。」
「僕も。別の機会を待ちます。でも、近いうちに検証には立ち合わせて欲しいです。マリちゃんは偉いですね。」
「嫁にはやらんぞ。」
頭を撫でようと伸ばしたミルナスの手をぐいと掴んで、ラモンは言った。




