81 アイリの覚悟
「びっくりさせたね、勿論、今、お母さんは生きてるよ。私が“死んだ“と言ったお母さんは、私の最初の人生の時のお母さん。」
「「最初の人生?」」
「そう、私はこれが三度目の人生なの。」
姉の告白に少年達はもう昨日までのスライムの衝撃などどこかに消し飛んでしまっていた。
「昨日、私はスライムに三度会ってる、って言ったよね。二人ともちょっと、あれって思ったでしょ。5年前にフェラ砂漠で出会ったのが、二回目。で、昨日が三回目。じゃあ、一回目は?それが、最初の人生の、15歳の時。場所はここよりシャナーン寄りの森の入り口。秋の収穫祭の後の夜。スライムに追い立てられた魔物の暴走に遭遇した時。・・・その時に、一緒にいた、ナキム達キャラバンの皆んなも、魔物とスライムに殺された。お父さんも・・・。お母さんは、私達を助けるために、スライムの中に飛び込んで、火の力を使って、スライムを内側から焼きながら、魔核を抱き込むように、ナイフを突き立てて、そして、倒した。その死を覚悟した時に、自分の契約精霊に、私を守るようにお願いしてくれたから、生き残った私は、お母さんの精霊に守られるようになった。でも、その頃の私は、そんな事全然知らなかった。目の前で家族や仲間達を殺されて、スライムに怯えて、心を閉ざしたから。そう、さっきまでのあなた達みたいに。」
「私がそんな状態から立ち直るのには2年近くの時間がかかった。だって私の周りには、私を憐れんでくれる人はいたけど、立ち直るために手を差し伸べてくれた人はいなかったから。知らないうちに手にしていた膨大な魔力の使い方がわからなくて、戸惑っていても、宝の持ち腐れと言うだけで誰も使い方を教えてくれはしなかったから。
でも、今のミルとシルには、私がいるし、勿論、お父さんもお母さんもいる。ルー達ブラフの仲間達もいる。魔力の使い方はテスとウィンが教えてくれるって。二人はもっと強くなる。大丈夫。何も不安になる必要はないし、焦る必要もない。だって、二人はまだ10歳と9歳なんだから。フェラ砂漠でのスライムはルー達ブラフの精鋭だって、全く動けなかった。だから、何も恥じることはないんだよ。」
アイリの言葉にテスが賛同する。
【主のご希望に従い、弟君達に精霊魔法とは何かをお教えします。弟君達は火と風の守護をそれぞれお持ちですから、我と風のの合同魔法を習得して頂きたいと思っています。】
「「火と風の合同魔法?」」
【そうよー。風と火は魔法の相性が良いのは知ってるでしょ。今まではバラバラに使っていた魔法を組み合わせて使うともっと効率が良いのよ。それをみっちり教えてあげるって言うの。感謝しなさいよね。】
【但し、今の弟君達の魔力量は主より少ないため、威力は我らが魔法を使った時より劣ります。ですが、魔力量は訓練で増やすことも可能です。精進なさいませ。】
「ミル!」「ああ、シル、一緒に強くなろう。」
二人の瞳に力が戻ったのを見て、アイリはホッと息をついた。
「ねーちゃん、教えてくれて、ありがと。俺たち、絶対、強くなるから。今度は、ねーちゃんを一人で戦わせるなんて事、絶対しないからさ。だから、俺たちに安心して背中を任せることができるようになったら、さっきの話、もっと詳しく教えて欲しい。今の俺たちじゃ、教えてもらっても、きっと役に立てないからさ。」
屈伸や柔軟など、準備運動をしながら、シルキスが言う。弓矢を取り出し矢尻や弦を確認しながら、ミルナスも頷く。
「北上して、魔導車の所に戻るんでしょ。移動中も出来る修行ありますか?ウィンさん?」
【あるわよー、とりあえず、体力と筋力もつけましょ。クレイ、重し作って。あんたもする?】
アイリの肩で相変わらず、毛繕いしながら、ウィンディラがアイリの頬を突いた。
「・・・私は魔石に魔力注入しながら移動しマス。」
「俺は?俺は?ねえ、テスの兄貴〜。」
【あ、兄貴・・・。コホン、では、シル殿は右拳に常に炎を出しながら移動しましょう。大きさを一定にするよう心がけて。】「はーい。」
何故か修行しながら北上する一行は、魔石狩りの聖徒教会関係者を避けながら移動し、魔導車を隠した洞窟に到達した。ここからは車での移動になる。馬はソンジョとヨンヒの二人に貸したから、動力は完全に魔石か源石だ。完全自動で動く車は流石にシャナーン王国内でも目立つだろうから、ルー達と合流後に馬を一頭借りた方が良さそうだ。森の中だけはどうしようもない。クレイの隠形をかけながら進むことにし、詳しい合流地点を魔導車の通信機でルーと打ち合わせる。
《アタシ達はオーム大河沿いを南下中だ。ダイアナ大聖女と勇者としてアルブレヒト王太子が近衛第二と同行している。あと三日ほどで大森林に到達するだろう。》
《そうすると、トウチ村の外で合流かな。こっちは同じ頃に着けるようにする。私たちの事は、なんて説明しているの?》
《ブラフ海賊の別働隊、若いが凄腕の魔法使いだ、と。》
《・・・えっと、そうしたら、変装した方が良いのかな?》
《アイリに任せる。・・・まだ、聖徒教会は怖いか?》
心配そうにな声がそう告げた。“怖い?“どうだろう。5年ぶりにコルドー大陸に戻ってきて、ダブリスでヨシュアに何故今戻ってきたのか、尋ねられた。聖徒教会の権威に翳りが見えて、本当に“能力のある聖女“が求められている時期に、危険だ、と。
5歳で前世の記憶を持って三度目の人生に目覚めた時は、とても怖かった。でも10年をかけて、これまでに比べ実力と呼べるものを手にしている、と思う。周りを見れば、自分を主人として力を貸してくれる精霊達もいる。家族も友人もいる。
《怖く、ないよ。私は、私のままで会いに行く。》
《わかった。気をつけておいで。》
《うん、ありがとう、ルー。大好き。》
魔導具の向こうでルーの微笑む気配がした。
それから三日間もこれまで通り、修行を続けながら東進を進め、三日目の朝、トウチ村を望む距離で一旦、魔導車を森に留め隠形をかけたまま、ルーに連絡を入れた。間も無く数騎の騎馬がこちらに向かってかけてくるのが見える。
【ほら、ミルナス、索敵。】ウィンディラに促され、ミルナスが自らの契約精霊を送り出す。
「先頭はインディー、続いてルーさん、あと二人は知らない人、一人は騎士で一人は聖職者?」
【よろしい。でも、上空に使い魔。】
「えっ!?」
慌てて見上げ、ポカン、と羽根で殴られた。【気づかないのは、仕方ない。だけど、その反応は一番悪手。伏兵がバレたら、襲ってくるでしょ。】
「う、ごめんなさい。」
「見える物に気を取られるのは、仕方ないよ。これから少し、索敵の訓練もしよう。折角だから、ブラフ海賊の実力も見る?クレイ、隠形少し緩めて。流石に本気のクレイじゃ見つからないからね。」
「はいはーい!俺、一旦、外に出たい。クレイさんの隠形、外から探したい。」
シルキスが手を挙げて、ぴょんぴょん跳ねた。
「良いけど。なら、シルが出たら、私とクレイだけで移動するよ。魔導車ごと動くには、流石に時間的余裕がないし。」
魔導車の御者席に座っていたアイリは、シルキスの提案に立ち上がると、その魔石から半人半蛇の少年、土の精霊アスクレイトスが現れ、了解、と彼女の腕に巻き付いた。
「アイリ姉さん、僕もやりたいです。」ミルナスも今度こそ、と表情を引き締めた。
「わかった。じゃあ、クレイ、行こう。」
その言葉と同時に、その場から、アイリの気配が消えた。
「「!?」」
【あんた達、頑張りなさいよー。クレイってば、手を抜くどころか、メチャ本気だわ。】風の精霊ウィンディラが、停まっていたアイリの肩からいつの間にか飛び立っていた。
上空から急降下してくる鷹の使い魔に、魔導車と周囲にかけられていた隠形が解けたと分かった。近づいてきていた騎馬も、真っ直ぐこちらに方向を定めていた。
「さっきまでそこにいたから、そんなに遠くに行けないはずなのにー」
下草さえ、踏まれた様子もない周囲に、二人は唖然として、あたりを見回した。ミルナスは微風を起こし、風の流れを妨げている物がないかを探っている。シルキスは広範囲に熱源を探った。
見つからない。
《アイリ、なんでそんなところに登ってるんだ?》
近づいてきたルーの視線の先、手を振る姉を振り返って見上げた時、慎重に周囲を探っていた弟達は、がっくりと地面に膝を付いた。
「二人とも、見事に陽動に引っかかったね。」
彼女は魔導車の屋根に登っただけだった。




