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8 母に秘密がばれました?

週3更新、頑張ります。

アイリ達キャラバンの上演は好評の内に終わり、ある公爵家より、王都に出入りする際の通行符を下賜されると言う驚きの結末を迎えた。


今日は朝から、父が弟を実家に連れて行き、姉のユーリは出立前の買い出しにキャラバンの仲間達と王都の市場へ出掛けた。母親とアイリは、劇で使用した衣装や小物類の汚れ落としや修理をしていた。キャラバンの荷馬車の中で一際大きなその中に、衣装は吊るされ、袖口や裾のほつれなどは吊ったまま、母のテラが繕っていった。化粧や泥汚れは、薬液に浸した布でトントンと軽く叩いて、裏に当てた別布に移して取る。その薬液の中身は秘密、と教えてもらえなかった。

アイリは柔らかな布と皮で、イミテーションの宝石や武具などを拭いては、チェストに片付けて行く。綺麗になっているか、母のチェックの後、鍵をかける。最後に虫除けの香を焚いて終わるのだが、それにはもう少し時間がかかりそうだった。


「お父さんとミルちゃん、帰って来るよね。貴族になっちゃったりしないよね。」

「何の心配してるのぉ、帰って来るわよぉ。」

「だって。じゃあ、どうして、お母さんやお姉ちゃんや私は、行っちゃいけないの?家族なのに、おんなじお父さんの子供なのに。」

「アイリは貴族になりたいのぉ?」

「まさか!」


思いがけず大きな声が出た。そして、ハッとした。少し前のアイリなら、「勿論!」と答えただろうから。


「えっとー、」


母はすっと目を細めた。

「アイリーン。」


「?!」

遠い昔に同じ名で呼ばれた事があった。胸を抉る痛みと共に思い出すその名は、魂ごと縛られた様な、逆らう事を許さない強制力を持っていた。


母は紅蓮の炎を思わせる髪を1本抜くとふっと息を吹きかけた。髪は小さな炎を灯したまま、荷馬車の入り口に向かってふわふわ飛んでいき、小窓に絡まって止まった。


「認識阻害の魔法をかけました。あの髪が燃え尽きるまで、ここで起こる事は見える物も聞こえる物も、何一つ正しく伝わらないわ。」


いつもの間延びした舌足らずの話し方は、もう影も形もない。物言いたげな視線には、少し前から気づいていた。二人きりになる機会を待っていたのだろう。テラは、居住まいを正すとアイリの正面に座った。


「アイリーン、あなた、シャナーン国境の手前で大泣きした時から、魔力量が半端なく増えています。自覚はありますね 。それに、既に精霊と契約も済んでいるのでしょう。しかも、四属性全て。」

「う、あの、これは、その・・・。」


『どうしよう。2回死んでやり直しの最中です、とか、言えないよね。信じてもらえないどころか、頭おかしいって思われる。うちの子じゃないって言われたら、どうしよう。だって、私の事、アイリーンって。誰なの?』

パニックになりかけ、手があわあわと無意味に動き、母の顔をまともに見る事が出来なかった。俯いたまま、ぐっと唇を噛む。


「言い訳しようとするって事は、私の言っている事、理解出来ているのね。」

やはり、と母は溜息をついた。

「大事な話をしましょう。今のあなたはとても不安定な状態なの。意識しなくても、魔力が使えてしまうでしょう。精霊達は契約者が大好きだから、その願いを叶えようとするのね。願いが何でも叶ってしまうって、素敵な事に思えるかも知れない。けれど、とても危険なのよ。何も聞かずに、魔力を封じる事も出来るけれど、あなたに何が起こっているのか教えてくれたら、お母さんは嬉しいわ。」


それでもアイリが答えを出せずにいると、母は小さく溜息をついて、誰に似たのか頑固ね、と苦笑し、

「家族だから言えない事なの?」と尋ねた。


ひんやりした手が、アイリの頬を包んだ。テラは顔を上げさせ、目を覗き込んで一語一語がアイリの心に届くよう、ゆっくり、真摯に語りかけた。


「家族に隠し事は無しとか、嘘はつかないとか、そんな綺麗事を私は言わない。さっき、私は魔法を使ったけど、アイリは全然驚かなかったわよね。どうして?私はあなた達の前で魔力を使った事は無かったわ。ダン、お父さん以外、私が精霊付きである事は知らないのに。私は、南の大森林の紅蓮の魔女。この二つ名がつくまでにあなた達に言えない事だって、沢山して来た。その全てを知る必要は無いし、私も言うつもりは無い。あなた達のお父さんも強くて優しいだけじゃ無い。あの強さを手に入れる為に、彼も子供達に誇れない様な行動をとった事もあった。だけど、それが何だと言うの?私もダンも、あなた達を守る為ならどんな手段でもとる。例え、周りからどれだけ馬鹿にされたとしても、ね。今、お父さんが縁を切ったはずの実家に行っているのもその為よ。だから、アイリも、言いたく無いのなら、無理に言う事は無いわ。ただ、黙っているのが、耐えられない位苦しくなったら、私達家族に助けを求めなさい。紅蓮の魔女は王国の大聖女にだって負けないと自負しているわ。それでも、アイリの助けにはならない?」


示された愛情に涙が溢れた。力いっぱい、母親にしがみつく。3回目の人生に目覚めてから、初めて母親に抱き、甘えっ子の小さなアイリが、わんわん声をあげて泣いていた。これは、3代目アイリのたった5歳の女の子の本当の気持ち。大人だった時の記憶、皆んなが居なくなってしまった記憶、殺された記憶。本当はそんな物要らない。何にも知らない我儘で甘えっ子で夢ばかり見て努力をしなかったオリジナルアイリのままでいる事の方が、ずっとずっと楽なのに。


「聖徒教会には入りたく無いの。聖女なんかになりたく無い。お母さん達と家族と離れたく無い。ごめんなさい。今は、話せないけど、前と全く一緒じゃないけど、それでも、私はアイリだから。」


母は何も言わず、ただアイリの赤みを帯びた金髪を優しく撫でた。いつの間にか認識阻害の魔法は切れており、買い出しから帰って来た姉は、呆れた顔でアイリを見たが、母親が小さく首を振ったので、肩をすくめて、買ってきた食材を長旅の間の保存用に半燻製や酢漬け、塩漬けなどに加工する手伝いに行ってくれた。


泣き疲れて、うとうとし始めたアイリに、母は子守唄を歌う様に告げた。

アイリーン、それは誰にも言ってはいけないアイリの本当の名前。南の森の紅蓮の魔女が愛し子に送った精霊名。いつか子供達が精霊と契約する時が来たなら名乗る名。権力に利用されない為の安全装置。

そして、悪戯っぽく笑った。「アイリとお母さんだけの秘密よ。」


その夜、アイリは熱を出して寝込み、一家の馬車だけが、2日遅れでシャナーン王都を離れた。向かうは西。砂漠を越えたヴィエイラ共和国。海神祭。

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