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75 神官見習いのソンジョ

「ば、馬鹿な、あんな巨大な魔物の報告など受けていない。ここは安全な狩場じゃなかったのか。」

そう叫んだ神官は、いきなり、血塗れで倒れている聖女を掴むと、ゴミでも放るように魔猪に向かって彼女を突き飛ばした。

「なっ!?」

「さっさと逃げるぞ。あんなのと戦う準備はして来ていない。」

そう言うと神官はかき集めた魔石と手近に座り込んでいた聖女の腕を掴んで、森の外に向かって駆け出した。バシャバシャと足元から水飛沫が上がる。いつの間にか、雨が降っていた。その場で魔物を狩っていた者達も慌ててその跡を追う。残ったのは、聖女を助けようと駆け寄った青年神官と瀕死の聖女だけになった。


巨大な魔猪は、その魔物特有の赤い目でじっと神官と聖女を睨んでいる。雨は降り続き、周囲の火はいつの間にか消えていた。

猪は動かない。


突然、ふっとかき消すように猪の姿が消えた。


「!?」


「シル、聖女の精霊に魔力を分けてあげて。」

突然、前方から声がして、猪がいたはずの場所から、一人の少女と二人の少年が現れた。

「はいはーい。お兄さん、ちょっといい?俺、シルね。火の精霊付きで、彼女の精霊と一緒だから、回復の手助けができるよ。」

「・・・、君は回復魔法が使えるのか?」

「使えないよー。」「?」「元気になれば、なんでも良いじゃん。」


シルと呼ばれた少年は、聖女の胸に腕を伸ばすと心臓の上で何かを包むようにそっと囲んだ。その両手の中がほのかに赤く灯る。やがて灯りは小さな蝶へと変じ、シルが両手を開くとふわりと舞い上がった。その蝶は聖女の身体の上をひらひらと舞い、その羽の羽ばたきに応じて小さな鱗粉の火の粉が彼女に降り注ぐ。蝶は聖女と細い糸で繋がっていて、あまり遠くへは行けない様だった。火の粉がかかる度に、聖女の顔色が少しずつ良くなっていくのが、側で見ていて分かった。


「馴染んだ魔力で治療するのが一番、体に負担がかからないんです。」

気がつけば、辺りに散乱していた魔物や獣の死体が綺麗に片付いていた。霧のような雨が降り続いている。

「癒しの雨?」

アイリを見上げた神官の顔にも細かな雨が降り注ぎ、小さな怪我はもとより、ささくれていた気持ちも鎮まっていった。その呟きに少女は小さく頷く。一緒にいたもう一人の少年は手に弓矢を持ち、周囲を警戒している。

「助けてくれてありがとう。僕は聖徒神殿の神官見習いの神兵でソンジョ。君たちは?」

「私はリン。そこの火の精霊付きがシル。弓を持っているのがミル。私の弟たちです。」

「とりあえず、ここから離れましょう。歩けますか?ミルとシルはその聖女さんを運んで。」


彼女達はどこから来たのだろう。そしてあれだけいた魔物や獣は皆何処へ行ったのだろう。神官見習いソンジョは、疲れた頭でそんなことを考えながら、突如現れた少女達の後に続いた。



時間は少し遡って、アイリ達が火事の現場に到着した時、そこで目撃したものは、森の奥から次々飛び出してくる魔物達。そして、燃え盛る炎。詠唱する少女。戦う男達。剣戟の音。飛び交う怒号。

アイリの中で、初代の記憶が目の前の光景に重なり、視界が黒と赤で染まり始め、息が、出来な・・

「姉さん!僕を見て!ゆっくり息を吸って。」

目に映ったのは、血に濡れていない綺麗な金の髪。絶望を映していない緑の瞳。

「あ、ミルナス?」

思わず、弟の右腕に手を伸ばす。魔物に襲われ、骨が見えるほどの深傷は、当然、無い。

「ねーちゃん、大丈夫。俺たちがいるよ。」

弟の隣によく似た顔をした赤い髪の少年が心配そうに自分を姉と呼ぶ。

「え?シル・・キス?」「うん。」

前々世では、存在しなかったもう一人の弟を認識して、やっと、アイリのバクバクしていた心臓は落ち着きを取り戻した。


よく見れば、辺りは少し開けた森の中で、戦っている男達は、キャラバンの仲間達のように素人ではなく、戦うことを生業としている屈強で野蛮な男達だ。その中に、聖女の衣と神官の姿を見つけて、アイリの顔が強張る。

「流石、ヨシュアさんだね、聖徒教会が魔石狩りをしてるって、本当だったね。」

「乱暴だなー、これ、わざと火をつけて、森の奥から追い出してる。」

弟二人は嫌そうに顔を見合わせた。

「今までの現場もこいつらかな?」

「他にも何組がいるんじゃね?狩り方が違うし。それとも焦ってんのかな。」

「とりあえず、クレイに隠形かけてもらって、少し様子を見よう。火事が広がらないように火の精霊達に火勢を抑えてもらうわ、お願い、テス。」

アイリの言葉に地の精霊アスクレイトスが新たに顕現する。下半身が黄金の蛇、上半身が少年の土の精霊はまだ、完全に拘束は外れていないものの、アイリの願いに十分応えるだけの力は振える。火の精霊テセウスは、ミルナスが火事を発見してから顕現したままだ。二体の精霊は頷くと即座に行動に移した。


アスクレイトスが隠形をかけるとテセウスは自身の掌から小さな魔力の炎を生み出して四方に放った。

【これで延焼は起こりません。いつでも鎮火可能です、主。】

【ありがとう、テス。】

馬の前足を器用に折って、深く頭を下げる礼をしたのち、火の精霊は魔石に戻った。クレイは術を発動している為、アイリの肩に顕現したままだ。


火に追い立てられて森の奥から次々魔物や獣が飛び出してくる。区別することなくそれらを刃にかけ、祝福の効果が切れると剣を聖女達に投げてよこす。聖女達は戦う者達にも祝福を与え続けている為、ずっと魔力を使い続けている状態だ。そんな状態が長続きするはずもなく、一人の聖女が横から飛び出してきた魔物に襲われて倒れた。

飛び出して行きそうなシルキスをアイリとミルナスの二人で抑える。

駆け寄ってくる神官と怯えて役に立たない聖女達、神官が何かしようとした時、別の神官がそれを止めて狩りに戻そうと剣を向けた。

「姉さん!」「ねーちゃん!」

「わかってるけど、ちょっと待って。聖徒教会との接触はなるべく避けたいの。」

【ディディ、テスと協力して火を消して。癒しの魔力を込める事、出来る?】

上半身が少女、下半身が魚の水の精霊が顕現し、出来るかどうかちょっと小首を傾げる。拘束が完全に解けていないオンディットではそこまでの魔力は出せないようだ。

【鎮火の方は我が。】テセウスが顕現する。

【ありがとう、テス。なら、ディディは興奮している魔物達を鎮めるのに力を貸して。

この辺り一帯に霧状の癒しの雨を降らして欲しいの。】

水の精霊は今度は大きく頷くと空へと泳ぐように登っていった。すぐに細かな霧雨が吐息の暖かさを纏って空気に染み込むように降りてきた。

その霧に近くにいた魔猪の姿を拡大して映し出す。魔猪自体は癒しの効果で暴走状態から落ち着きつつあったが、その大写しにされた姿だけで、人々の恐怖を煽るには十分だった。

そうして、瀕死の聖女とそれを介抱する神兵だけになった後、クレイによる隠形を解いたアイリ達は姿を現したのだった。

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