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72 交渉成立

「オピム?」

それは、クィン・リーが研究し、シモンが医薬品として精製した麻酔で鎮静剤だ。この薬の登場で、これまで困難だった外科的手術の成功率が飛躍的に向上していた。但し、使い方を誤れば、強い酩酊・幻覚作用を齎す。依存性が高く、薬が切れると禁断症状に苦しみ、興奮して暴力を振うようになる。そして最悪、死に至る。それは自死の場合もあれば、人を殺した果ての処刑であったり。そんな取り扱い注意の薬を、この国の第二公子は兵士に投与する実験を行った。成功すれば、恐怖を感じぬ強力な軍隊が出来上がるはずだった。結果は、敵だけでなく、味方にも剣を向ける収拾のつかない混乱を戦場に招いただけだった。

この事実は、ほとんど知られていない。この場合の‘敵‘が流石に他国の軍隊ではなく、南の大森林の魔物だったから。しかし、ラモンの魔導具の全てに追跡の魔法が込められているように、シモンのオピムにも、その特殊な効能から追跡の魔法がかけられているのだ。使用者が全て死亡した事実は、非人道的な使われ方をする可能性を考慮していたとは言え、シモンを酷く傷つけた。かつての生でクィン・リーの精神を蝕んだのと同じ悪用に、アイリの中で第二公子は敵として認定された。そして、彼はその時代、シャナーン王国の革命を支援していた疑いが濃厚な人物だ。


それが全ての答えである、と匂わせて、アイリは扉を開けて出て行った。第二公子の金庫番でもある第三公子が、オピムの使用目的とその結果を知らないはずはないのだから。


「殿下、宜しいのですか?」

口を開きかけた私設傭兵団団長トークンに、第三公子サンスーは小さく頭を振った。この場にはまだ、カイが残っているのだ。彼の消息がもし不自然に途絶えでもしたら、それこそ、ラファイアット商会とその唯一無二の商品達は、二度とこの国には入って来なくなるだろう。それだけの圧力を彼女はかけて行ったのだ。そして、サンスーは今にして思い出す。彼女の名前すら、尋ねていなかった事を。


「世は、随分と思い上がっていたようだ。」

金の力は10歳以上年上の兄達を面白いように、サンスーの思い通りに動かした。勿論、二番目の兄が、平民の兵士たちを使って、非人道的な実験をしようとしていた事も知っていた。だが、それだけだ。上手くいけば、今度は、その非人道さを長兄に伝えれば良いだけだと思っていた。それが、一人一人の人間であることなど、気にしたことはない。ハッキリ言って、今もそのこと自体にはあまり心痛まなかった。ただ、平民の兵士一人の命さえ、大切に思う人間がいる、と言う事実を知らなかった、自分の奢り、は痛感した。想像力が必要だ。自分の心の痛みとは別に。


吟遊詩人は優雅にお茶を飲んでいる。

「では、僕たちは、お酒代を頂いて、宿の女将さんにお届けしてから出発しましょうか。」

まだ呆然としたままのミケーラを促す。

「私は、私は、どうしたら・・・。」

そんな彼女にカイは至極冷静に告げた。

「あなたは、間違っていたのです。最初から。謝罪をするのに呼びつけるべきでは無かった。襲撃を知っていたなら恩を売るような真似をせず、最初からそう告げるべきだった。彼女達を子供と侮るべきでは無かった。そして、」

そう、言葉を切った後、静かに続けた。「受け入れてくれた人を裏切るべきでは無かった。あなたが第三公子様と一緒に現れた段階で、彼女たちはあなたが魔導車を始めとするラファイアット商会の機密を餌にしている事に気がついたのですよ。」


今度こそ、老女は膝をついて項垂れてしまう。このままでは、きっと二度と、立ち上がれないだろうと思われた。その姿に向かって尚もカイは続けた。

「それで、あなたは、僕の依頼をどうするのですか?あなたも僕を口封じに殺そうとするのでしょうか?」「おい、」

当たり前のことを告げるように静かに語られた言葉にトークンから非難の言葉が上がった。

「はい?僕は依頼人として、きちんと仕事をして欲しい、と言っているだけですが?」

「そんなことはわかっちゃいるが、年寄りに、」

「トークン。」

サンスーが言葉を遮った。「酒代は手持ちで足りるのか?足りるなら、払ってやれ。世は、この様な三文芝居に付き合っている暇はない。この紋章をどう使ったら、一番効率が良いのか考えねばならぬ。時が経てば、上手く回らぬ策もあるのだ。疾くせよ。」

じっと目を閉じ考えるのは、紋章の持ち主達の主人である第二公子の事か、はたまた、その地位を脅かされている第一公子の事か。

トークンはこれ以上、昔馴染みに拘っていれば、自分の身にも主人の不機嫌が及ぶと知り、そそくさをお金を取り出した。チラリを目を開けてその金額を確認し、更に金貨3枚を上乗せしたのち、サンスーは無言で席を立った。

吟遊詩人と元傭兵ギルド長だけが、残された。


「姉さんは、ミケーラさんの事、好きかと思ってた。」

後ろをついて歩きながらミルナスが言った。

「うん、割と好きだったよ。おばあちゃんみたいで。だけど、あの人は自分のギルドが一番だから、これ以上一緒には行けないでしょ。」

「優しいんだか冷たいんだか、ねーちゃんは、わかりにくいなー。それより、カイ兄だよ。あの人、割とこっちの事情、知っちゃってるけど、このまま放置していいの?」

いつの間にかアイリの前に出てきて、魔鉄鋼製のナックルを装着したのか、シルキスはカンカンとナックルを打ち鳴らしながら、姉を振り返った。ひと波乱ありそうな気配を感じたのだろうか?アイリも上着のフードを被った。その辺の鎧に負けないだけの防御術式がかけられている上着だ。

「カイさんは、私達の為に時間を稼いでくれているんだと思う。・・・多分。」


アイリのその言葉に年子の兄弟は揃って首を傾げた。

「第三公子がまだ、動いていないから、私設傭兵団も動けない。私達もできるだけ早く出発しましょう。」

「うわー、ねーちゃん、あんな短期間で、もうカイ兄、取り込んだ?おっそろしー。」

「?シル?言ってる意味がわからないんだけど?」

「姉さん、ミケーラさんの馬は馬車から外します。荷物も一緒に括っときますね。カイさんの荷物は流石というか、全て持ち出されてますよ。」

テキパキと出発準備を整えて行く三人。だが、手と同じくらい口も動いていた。


「ねーちゃんってさ、癖強いのに好かれるよね。人でも精霊でも。」

「そう?」

「自覚ないのが驚き。」「最たるのがラモン・シモンさんでしょ。あの人達?大体、二人で一人って言うのも、常識外なのに、それぞれが別分野の超天才、しかも、片や傍若無人、片や引きこもり。そんな人が自他ともに保護者って、どうなの?」

「それを言ったら、そんなラモンと結婚したルーの方が上手でしょ。」

「そう、そのルーさん。あの人、ねーちゃんにはすっげえ甘々だけど、ブラフ海賊貴族の当主だぜ。ブラフ海賊は俺らにとりゃ気の良いおじちゃんたちの集まりだけど、あの人達、めっちゃ怖がられてるの知ってる?」

「・・・知ってる。」

アイリの視線が泳いだ。


ブラフ海賊の恐ろしさは、イーウィニー大陸ではそれこそ子供の躾にも使われる程だった。それは、実際にブラフ海賊を目にする事のほとんどない、内陸部の方が、誇張されて広まっていた。イーウィニー大陸各地を旅して回ったアイリにとって、一体、どんな怪物か、と思えば、それはブラフの事を指していたりして。


実際、戦闘において、ブラフ海賊団は、敵対した者に対しては情け容赦無かった。主な仕事が魔物討伐であったとしても、海上の覇権争いは必ず、起こる。魔物退治だけで叙爵された訳ではないのだ。

ブラフ海賊貴族本拠地は、大小数多ある群島の一つにあった。アイリは最初の2年、その島々を巡り、船の中でほとんどの時間を過ごした。その後、イーウィニ大陸各地を巡り、約一年前に、東海岸に戻ってきた。それは、魔人の一報を得た為でもあり、時がきたからでもあった。


そして、今、初代が向かった魔人の巣窟に今世でも向かおうとしていた。

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