71 サンスー公子との 交渉
イーウィニー大陸で過ごした5年間は、アイリにこれまであまり縁の無かった“交渉術“の経験を積む時間となった。今までのように子供の無知は通らない。何かを成したいと思えば、熱意だけでどうにかなるものではないのだ。自分の本当にしたいことを見つめて、相手の望むものを理解して、お互いに納得できる一点を見つける。そのためにあらゆる情報を集め、検討し、引けるところは引き、押す所は押す。今までのアイリはただ、望めば良かった。周りが彼女を助けてくれたから。面倒な“交渉“は全て、大人達がやってくれた。だが、きっと、アルブレヒト第一王子とダイアナ公爵令嬢は貴族社会の中、子供でありながらもそんな面倒事と向き合ってきたのだろう。いつも穏やかではあったが、その微笑みに拭いきれない疲労感を漂わせていた初代の愛したアルブレヒトの姿を思い出す。そして、常にイライラしていたダイアナがこちらをきつく睨んだ顔も。
自分の殻に閉じこもり、周囲に守ってくれ、甘えさせてくれ、とばかり要求する、魔力だけは高い女。それが、最初の、元々のアイリ。
聖徒教会の権威に守られ、自分の事以外に関心がなく、結果、何もしないまま終わった二番目のアイリ。
今度こそ、今度こそ、変わろう、変えよう。そう思って、生き直してきた。そうしたら、どんどん、周りも動いていく。初めて会った人達と繋がりが深まる。大好きな人達が増えていく。家族まで増えた。大好きだった人達ともまた、巡り会えた。その人達も笑顔で。だけど、まだ、終わりじゃない。始まってすらいない。だから、戦うための武器をもっと。それは、魔力だったり、魔法だったり、精霊だったり、単純な武力だったりもするけれど、人脈も力だ。ルーの、ブラフ海賊貴族の力じゃなく、アイリ自身のつながり。そんなものは待っていたって、できるものじゃないから。イーウィニーに渡って各地を巡って、三位一体教の偉い人と会って。ルーの後押しもあり、いろいろな場面に立ち会うことを許されて、自分なりに“交渉術“を身につけたつもりだった。それを、今、この場で、ダマルカント公国第三公子サンスーとの交渉で証明しよう。この人は後継者争いから脱落した見目麗しいだけの取るに足りない公子だと思わせているけれど、その実、二人の兄を天秤の両側に乗せて、そのバランスが著しく崩れないよう手綱を握っている、極めて交渉しがいのある人物なのだ。
さて、気合を入れようか。
「これは、驚いた。世の傭兵を不要と申すか?」
「はい、殿下の傭兵は不要、で御座います。」
「なっ、それは、流石に不敬では。」
慌てて間に入ろうとするミケーラを目だけで制して、アイリは彼女にも微笑んだ。
「骨を折って頂いた元傭兵ギルド長には申し訳ないのですが、私たちは別段これ以上の護衛は必要ないと考えています。実質、今回のあなたの同行も“依頼“ではないのですから。」
その言葉にミケーラは口をつぐまざるを得ない。無理に引き際を綺麗にさせて欲しい、とお願いした立場だった事を思い出したのだ。孫のような子供達と行動を共にするうちに、どうやら、これまでの経緯を失念していたようだ。それは、もし、このような事にならなければ、まだしばらく続いていただろうアイリたちの優しさだったのだ。
「元?」
酒瓶と請求書の突き合わせを終えた私設傭兵団団長トークンがサンスーの所に戻ってきた。
「・・・ヴィエイラの傭兵ギルドは解散したんだ、つい、先日。」
苦しげに零されたミケーラの言葉にトークンが片眉を上げた。
「護衛依頼を請け負っていた傭兵が、こともあろうに、護衛対象を殺害していたのだよ。何人も。」
あまりの告白に、トークンもサンスーも絶句し、まじまじとミケーラを見つめた。
「私は、全く、気がついていなかった。彼が、そんな事をするような人物とは思いもしなかった。腕の立つ、気の良い若者と思っていた。護衛のような面白みのない依頼を嫌がりもせずこなし、剣の腕はギルドでも1、2を争う腕前だったから。勇者にもなれると思っていたのだ。それが、まさか・・・。」
「・・・本当なのか?」
「私だって、信じたくは無かった。だが、殺されかけた当人を前に本人が告白したのだよ。『ちょろい仕事だ。二度と会う事のない依頼人などヤってしまえば良い。』と。目の前が真っ暗になった。私たちのして来たことは何だったのだろうかと、ね。」
しばらく、その場を沈黙が支配した。
ミケーラの言葉と現状が全ての人々に十分理解されたと思えた頃、アイリは手札を切る。
「では、後の事はミケーラ様にお任せします。酒代をお支払い頂いた方に紋章をお渡しして、代金を宿にお届けいただけますか?それで、今回の私達三人への護衛依頼を終了とします。なお、今回の依頼で目にした魔導車の機密に関しては他言無用でお願いします。ご存じとは思いますが、魔導車の開発はヴィエイラ共和国とも機密保持契約の魔法で縛られております。漏洩があった場合の罰則は言わずもがな、かと。」
真っ青になるミケーラにミルナスは憐れみの籠った眼差しを、シルキスは警戒を込めた強い視線を送った。
「カイさんはどうされますか?本来、あなたの護衛依頼のやり直しでしたので、このままミケーラ様とご一緒されますか?」
「うん。僕は彼女の幕引きを見てみたい。」
意外な事に、カイはそう言った。
「では、ここでお別れですね。」
アイリはそう言うと立ち上がった。
「ダマルカント公国第三公子サンスー殿下、この様な状況でしたが、御身にお声をかけて頂けた幸運に感謝いたします。願わくば、より有意義な席で、ご尊顔を拝見したく存じました。」
見事なカテーシーを披露した後、アイリはドアに向かって歩き出した。ミルナスは軽く頭を下げ、シルキスはカイに手を振ってその後ろに続く。トークンがいいのか?というようにミケーラを振り返るのが目の端に映った。カイはその場に座ったまま優雅にお茶を飲み、シルキスに手を振りかえしていた。そして、サンスーは、
「その魔導車開発に、我がダマルカント公国も参加させてもらうわけにはいかぬのか?」深く深く考えて、自分に問いかけるようにつぶやかれた言葉は、だが、アイリに向けて言われていた。
「以前より、興味があった。ヴィエイラとシャナーンとで色々、面白い物を作っている、と。それにイーウィニーのブラフ伯爵家が絡んでいる、と。噂に聞いていた。」
「噂ですか?」
「あ、いや、世の耳達、とここは本当の事を言わねば、其方の信用は得られないのかな。」そう言って、公子は椅子に深く座り直した。
「ラファイアット商会の事は注目していた。代表が世と同じ位の子供と言うからな。実際、取引もある。だが、それだけだ。扱う商品も手広く、目新しいものばかりだ。事業提携を申し出てみたが断られた。後ろ盾がわかってある程度は納得したがな。」
「しかし、商売なのだ。我が国には売らない、と言うのはどうなのだ?」
苦笑するサンスー公子にアイリは頭を下げる。
「ラファイアット商会の商品は、時代にそぐわないのです。ですから、使用者を選ばせて頂いております。ダマルカント公国にお売りしないのは、軍事利用されたからです。」
「軍事利用された?」
「はい。オピムを。兵士に。恐怖心を持たない軍隊を作る為に。」




