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68 第二公子の親衛隊

その夜は、街中の少し高めの宿に泊まることにした。国境砦からの連絡がこの街の治安当局にどう伝わっているのかわからない為だ。難癖つけて魔導車を奪われるわけにはいかない。まずは、安全を確保しつつ、彼女らの申告が正しい、と印象付ける必要があった。この宿なら、こそ泥を装って魔導車を荒らされる心配もない。吟遊詩人の護衛任務にしてはかなり高級感あふれる宿だが、その分、食堂で演奏させてもらっても絡むようなタチの悪い客はいないだろう。良い評価が得られれば、今後、軍や治安関係から注意を向けられる事も減るかもしれない。


ダマルカント公国には傭兵ギルドは存在しない。ミケーラはこの国を拠点に活動している傭兵に連絡を取るべく、知り合いに会いに行って不在だ。ミルナスとシルキスは夕食後、馬の世話をして、ぎりぎりまで、魔導車の近くで過ごす予定だ。ずっと移動で狭い所に押し込められていたので、鬱憤が溜まっていたのだ。馬車止めには、十分な広さが取られていたから、体を動かすにはちょうど良い。


吟遊詩人カイの相方役のアイリは、今、カイが演奏する食堂で助手の様なことをしている。カイ自身は食堂の奥に置かれた酒樽に腰掛けている。今持っている楽器はリュートだが、曲に応じて竪琴や横笛も使う。勿論、歌も歌うのだが、こういった賑やかな所では、歌声は会話の邪魔になると、あまり歌わないらしい。「元々、歌は得意じゃないし、アイリさんが歌った方が良い。」自分はたまたま魔楽器を手にしたから自由になる為に吟遊詩人をやっているだけ、とカイは言う。自分の音楽は人々に注目されて聞かせるものではなく、人々の会話の後に静かに流れる、あるけれど無いようなもの、が良い、と。

そう卑下した所で、その正確無比な演奏は一流には違いなく、場の雰囲気を壊さないように静かに奏でられる音楽は、酒が回るにつれて客達のリクエストに応える形に変わっていった。中には知らない曲もあったが、カイはそつなく客達との会話から、十分に満足させられる代わりの曲を聞き出して対応していた。流石にこの場で素人のアイリが役に立つことはなく、カイの助手だけでは時間を持て余した彼女は食堂の給仕も手伝っていた。


程よくリクエストが一巡した辺りで、カイは一旦、休憩に入った。アイリが、心付けを回収に回るのを厨房の入り口で見守りつつ、出された冷茶を頂く。

初めて見た時から、彼女には驚かされてばかりだ。膨大な魔力と強力な精霊を持っているのに、いつもどこか自信なさげだ。年相応の危うさと意外な度胸の良さも併せ持っている。

そして、今日、彼女の歌を聞いた。それに音を合わせているうちに、今まで感じた事のない動悸、息苦しさを感じた。それに逆らわずに、音を紡げば、これまでになく一音一音が繋がり、広がった。竪琴に囚われている精霊が、気持ちよく弾いてもらえた、と感謝する程に。あの精霊にはいつも、小言ばかり言われていた。やれ、気持ちがこもっていないとか、心に響かない、とか。気持ちとか心とか、目に見えないものを込めろだの届けろだの言われても、カイには、全く理解出来なかった。が、その答えの一端が見えたような気がした。きっかけをくれたのは、間違いなく、彼女の歌だ。


にこやかに席の間を周りながら、心付けと次の曲のリクエストを集めて回る。幼き日にキャラバンの講演でも似た様なことをしていたなあ、と思いながら、回っていたアイリの腕を取った者がいた。


「よう、嬢ちゃん、ちょっと俺たちの相手をしてくれよ。」


アイリは伊達に何年もブラフ海賊たちと一緒に過ごしていた訳ではない。多少のゴロツキに絡まれたところで、怯えたりはしないが、面倒なことになるのは避けたかった。下手に度胸のある場慣れした態度を見せるわけにもいかない、と「離してください。」と小さく抵抗してみせた。「私は宿の従業員ではありません。彼の連れです。」

場末の酒場ではないのだから、下手な酔客はこの場にはいないはず。本来なら、この言葉で、アイリは解放されると思っていた。しかし、

「へー、じゃあ、嬢ちゃんも何か芸が出来るのか。見せてくれよ。」とニヤニヤした顔で言われてしまい、アイリは自分の腕を掴む男をまじまじと見つめてしまった。

男たちは同じ服を着ていた。どこかの制服のようなそれを見た人々の間から、「第二公子殿下の親衛隊だ」と言うヒソヒソ声が聞こえた。


第一公子イーサン、第二公子アルコー、第三公子サンスーと三人の公子がこのダマルカント公国にはいる。そして第一公子と第二公子は次期大公の座を争っていた。アイリより年下の第三公子はその権力争いからは脱落しているが、残りの二人はどちらがなってもおかしくない程、拮抗していた。第一公子が芸術と商業を擁しているのに対し、第二公子は軍部を掌握していた。先年来、シャナーン王国にちょっかいをかけているのもこの公子の提案した政策によるものだ。当然、ライバルの第一公子の好む芸術家は排除の対象、ましてやその対象が国家機密レベルの魔導車を持っているなら、難癖をつけてでも手に入れるべし、と言う気風がその親衛隊にはあった。


間に入ろうとしてくれた宿のご主人を視線で制して、アイリは男達に向き直った。

「私はまだお聞かせできるような演奏はできません。お許し下さい。」

年端も行かない少女に丁寧だが毅然とした態度をとられ、腕を掴んでいた親衛隊の男も、まわりの客達も驚き、その隙に緩んだ手から腕を引き抜くと、アイリは、スッと頭を下げた。


まさか自分に絡んでくるとは思わなかった。


「姉さんなら、踊り子とか歌い手とかも出来るでしょ。」

カイの相方としての役割を決める前、何気にミルナスが言い、シルキスも大きく頷いた。

「あー、それはちょっと恥ずかしいかなあ。」

稀代の踊り子として、海神トライドンの恵みをもたらした母テラから、踊りの基礎は叩き込まれている。初代は聖女教育の中で、神事で踊る舞の演者にも選ばれた。テラや姉ユーリには敵わないけれども、アイリは一流の踊り手に育っている。だが、それはあくまで、身内内での話。人前で踊り、歌うのは、また、別の能力が必要、とアイリは思っている。

『自信が持てたら、良いのだけどね。』

今の所、アイリは人に自慢できるようなものを何も持っていない、と思っていた。膨大な魔力、と言われても、これは、付いている精霊達を含め、借り物だ。


「お許し下さいって、言われてもなあ。」

下げた頭の上から下卑た声がした。

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