67 カイの実力
新年、あけましておめでとうございます。今年も頑張りますので、応援よろしくお願いします。
「上手く入国できたね。」
ホッとしたようなミルナスの言葉に、アイリは同意しつつもこっそり精霊達に意見を聞いた。
【ダメね。怪しまれてる。近くの駐屯地に伝令を出されたわ。】
こういう時、風の精霊は非常に役立つ。例え離れていても会話を拾ってくれるのだ。ウィンディラは魔石の中から答えた。【でも、狙いはこの魔導車みたい。】
「ルー達の親切が仇になっちゃったってこと?」
「アイリ姉さん、どうかした?」
思わず声に出していたらしく、心配したミルナスが振り返った。
「うん、あのね、ウィンが兵士さんの声を拾ってくれて、どうやら、私たち疑われているみたい。それとこの馬車の偽装もバレている感じ。」
「ミケーラさんに伝えてくる。」
顔色を変えて御者席に向かうミルナスとは反対に、カイは愛用の竪琴を抱え、後の扉を開けた。
今、ラモンの興味は大量輸送に向いている。魔導車を連結させたものを魔導列車と呼び、家畜を乗せて北へ向かった魔導列車がそのプロトタイプだ。この魔導車はマリ用に改良されていても、いつでも魔導列車に連結可能な連結部を車体の前後に持っている。その後ろの連結部は、少し広めに作られており、柵で囲って車内に飽きたマリが遊べるようになっていた。カイはその後部連結部の柵に寄りかかるように立つと、竪琴を奏で始めた。
「カイさん?」
「さっきの兵隊さんが、この国では芸術は大切にされる、って言ってたから。僕達がそっち側の人間だって知らせた方が良いと思う。吟遊詩人の証明。」
その間も竪琴からは美しい音が流れていく。
「わかった。ウィン、この曲を風に乗せて、拡散させて。」
【えー、するのは構わないけど、あんたも歌いなさい!】
「え!?」
【働く可愛い精霊にご褒美をあげる気はないのかな?この人間は。】
【・・・わかりました、歌わせていただきます。】【よろしい】
ふわりとアイリとカイの間を風が通り抜けて行った。
農作業をしていた農民が、風に乗って聞こえてきた楽しげな音色に顔を上げた。思った程育っていない様子にしかめていた顔が、その曲につられて、無意識に笑顔になる。手を振ってくるよく似た少年達に、こちらも振り返して、改めて畑を見回せば、今年は新しい農法を試しているのだから、これはこれで上出来だと思えた。
向かい側からやってくるロバに荷を括り付けた少女も笑顔になった。山菜は高く売れたのだが、欲しかった色の布が売り切れていた。仕方なく代わりに買った色は少し派手だろうか、と思っていた。が、聞こえてきた楽しげな音色にこれからの季節なら少し派手なぐらいが、気分も明るくなる、と考えが変わった。どうせなら、ちょっと冒険してみよう、夏祭りに間に合わせて、周りの反応を見てみたい。想像して楽しくなった彼女の足取りは軽い。
駐屯地に詰める兵士達は少し前から緊張感が漂っていた。国境の砦から送られてきた怪しげな傭兵と正体不明の魔導車がそろそろ視界に入るはずだ。
しかし、その緊張は溶けるように薄れていき、それとほぼ同時に道の向こうに馬車の姿が見えた。陽だまりで微睡む猫の様な穏やかで平和な気分、不思議な安心感に包まれ、余分な肩の力が抜けて行く。馬車が目の前を通り過ぎ、街の方に遠ざかってもその幸せな気持ちは続いていた。
【もうちょっと続けとく?】
「念のため、お願い。」
駐屯地が見えなくなり、ホッと一息ついた一行だが、アイリはカイが頷いたのを確認して、ウィンに答えた。
ずっと弾き続けて疲れないのだろうか?そう思う程には休み無く、カイは長時間弾いていた。それを言うなら、アイリも結構長い時間歌っていたのだが、カイの音楽は後半随分と磨きが掛かった。ただ上手いだけの音ではなく、聞く人の心に届くような、とでも言うのだろうか?
出会った当日聞いたカイの音楽は、確かに美しかった。一音一音が正確に奏でられていて、様式美の極みと言った印象。奇しくも、マリの為に奏でた子守唄が上手すぎて、《もう一回》の繰り返しに、全く眠らなかったと言う笑えない結末。
だが、今の彼の演奏は、少し変化していた。硬質だった音が柔らかくなり、自然が奏でる音に近づいた、とでも言うのだろうか・・・。
吐息を吐くように音が風に溶けて消えて、ガラガラという車輪の音や、周りの雑踏の音が戻ってきた。休みを入れたカイに、アイリはお茶を差し出した。今、アイリの中で一番のお気に入りの砂糖漬けの花びらを入れたお茶だ。
馬車は、小さな門をくぐり、街の中に入っていた。
カイが演奏を止めると、周囲から拍手と歓声が上がり、「良かったぞー」「広場でも弾いてくれ」など、街の人たちから声がかかった。
夢から冷めたようにアイリを見た後、我にかえって小さく手を振るカイと両腕をぶんぶん振るシルキス。アイリも笑顔で会釈を返した。
【お疲れ様、ウィン。】
【それは、その竪琴についてる精霊にも言ったげてね、じゃ。】
ひゅんと音を立てる勢いで、風の精霊はアイリの魔石に戻った。
「竪琴についてる精霊?」
「この竪琴は魔楽器です。魅了ほど強くはないのですが、誘惑の効果があります。因みに自己修復もします。」
何気に言われたカイの言葉にアイリもシルキスも固まった。
「そう言えば、この竪琴って真っ二つになってた?」
シルキスに言われて、今更ながら、アイリも思い出した。初めて、傭兵ギルドで会った時、背負っていた竪琴のおかげで致命傷を逃れたと言っていなかったか?カイは静かに微笑んだままである。
「精霊付きの楽器?初めて見た。」
「えー、貸して貸して、俺にも弾ける?」「こら、シル」
慌てて止めたが、全くこの弟は遠慮がない。大事な商売道具に何かあったらどうするのだ。しかし、誘惑効果付きの竪琴とは・・・。
「弾けるかな?」
戸惑うことなく手渡された竪琴をウキウキと抱えて、その弦を弾いてみたものの、楽器は全く音を出さなかった。
「え?!」
無言のまま微笑んでお茶を飲むカイと竪琴を見比べた後、なおも頑張って弦を弾くシルキスに流石に壊したら、と青くなったアイリが、腕を伸ばした時、竪琴の弦が、パン!と一斉にはじけた。
「「ええーっ!!」」
アイリも勿論シルキスも一瞬にして血の気が引いた。「「ごめんなさいっ!!」」
もう、シルキスは涙目である。
「ぷはっ」
しかし、カイから漏れたのは笑い声。「ごめんね、でも、大丈夫だよ。よく見ていてごらん。」
手の中の弦がはじけた竪琴を見つめる二人の前に、ヨイショ、という感じで竪琴の胴体部から緑色の小人(老人)が現れた。そして、カイを睨みつけると、やれやれと空中に手を伸ばし、風から弦を紡ぎ出し始めた。見ているうちに竪琴は元の姿に戻り、小人は今度はアイリをじっと見て、また、ヨイショと胴体に潜っていったのだ。
「「・・・・」」
「すっげー、すっげー。おい、ミル、ミルー。」
大興奮したシルキスは御者席に向かって転がるように走っていった。カイは困ったような顔でアイリを見ている。
【ありがとう、人の子よ。久しぶりに気持ちよく弾いてもらった。】
アイリの耳には竪琴に付いた風の精霊のが聞こえていた。魅惑の効果もちの楽器についているのが、年老いた老人姿の精霊とは・・・。




