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66 ダマルカント公国入国

ミケーラ・チェルリ元傭兵ギルド長は愛馬に跨り、アイリとミルナス、シルキス、カイの四人は、馬車でヴィエイラ国内を移動している。ミケーラはギルドの馬車を出す、と言ったのだが、ヨシュアがどうしてもと譲らず、ラファイアット商会の馬車を借りている。馬車、の形をとっているが、中身は最新の魔導車である。完成したばかりで、ラモンがヴィエイラ共和国に乗ってきた車体を偽装している。


別行動になる事、揃うかどうかわからない護衛、南の大森林という行き先、魔人探索という目的自体の危険性。不安になるな、と言うのが不可能だ。ルーのみでなく、ラモンもヨシュアも考え直すよう勧めてきた。そして、アイリの気持ちが変わらない事を渋々納得すると、ならば、とあれもこれも、持たせにかかった。

その最たるものが、この魔導車だ。本来、ルー達がこれに乗って、インディーを追いかける予定だった。彼女らは、代わりにヨシュアがダブリスで使っていた、数世代前の魔導車に乗って出発した。最新式は最高速度はもとより、魔石・源石(燃える石の改良版)の利用効率の向上、安定性、更に、マリを乗せることを一番に考えての車内の快適性を著しく追求した車体となっていたのに、あっさりと譲ったのだった。

おかげで、アイリは今、非常に快適だ。まず、この速度ではほとんど揺れない。広さもイーウィニー人の成人男性が6人乗って余裕の広さをとっている。その分、重いので、引いている馬は大変なはずだ。本来は全てを源石のみを動力として走るが、今回はその機構を補助動力として利用している。その分、源石の使用量は少なく、馬への負担も軽い。


交代で御者を務めながら、ヴィエイラ国内は全くトラブルなく移動し、今、アイリ達は、ダマルカント公国との国境に差し掛かっていた。追いつくかもしれないギルドの傭兵達を待って、かつて学んだスン村にも立ち寄った。

スン村はヴィエイラ共和国の南の端にちょっと飛び出た半東の麓の村で、アイリ達が暮らしていた時と変わらぬ、穏やかな時を刻んでいた。ラモンとシモンの工房は、今も誰かの研究に活用されていた。アイリやヨシュアが過ごした私塾の学舎では、今日も誰かの講義がなされていた。のんびりと下草を食む山羊達や、海風に揺れる防風林の梢を懐かしく思いながら、レオナールに挨拶し、一晩ゆっくり、ベッドで眠っても、結局、誰一人追いつくことは無かった。翌日、スン村に別れを告げ、生い茂る森の小径をしばらく行って街道に合流し、更に南下する。次第に森は遠くなり、遠くに白っぽい丘陵が現れる。足元の道の色も、飛んでくる砂漠の砂を含んで、黒に灰色が混じるようになる。

ヴィエイラとダマルカントの国境は、フェラ砂漠にも隣接しているのだ。


国境には、小さな砦が築かれていた。

その様子に、手綱を握っていたミケーラは眉を顰め、馬車の速度を落としながら、車内の人間に声をかけた。

「以前には無かった砦が出来ています。簡素な木組みで作られているようですが、明らかに正規兵と思われる姿も見られます。これまでのように、すんなり行かない可能性もありますが、いざとなったら、強硬手段を取れるよう、準備はしておいてください。」


スン村を出立する前に、魔導車は二頭立ての馬車に更に偽装していた。ヴィエイラ共和国内では、時々見かけるようになったラファイアット商会の魔導車だが、仮想敵国であるダマルカント公国には、当然、走っていない。この大きさの馬車を一頭の馬で引くには流石に違和感を拭えないだろう。なるべく自然に見えるようにミケーラの愛馬には申し訳ないが、引き馬となってもらっていた。


「では、予定通りに。」

御者席にミケーラとミルナスが乗り、ゆっくり馬車を走らせる。砦の前には数組の行商人と思わしき人物や傭兵が入国手続きを待っていた。その最後尾について、ミケーラは前にいた商人に声をかけた。

「ダマルカントを訪れるのは久しぶりなのだが、以前は、このような砦は無かった。いつから出来たものか、知っておいでか?」

「いやー、私も知りませんでしたよ。なんでも、魔物の数が増えて危険だから、作られたみたいですよ。」

「そんな事ないだろ。こっち側じゃ魔物なんてお目にかかった事ないぜ。」

横から口を挟んだのは、ピカピカの軽装備を纏って胸を張る若者達だった。

「俺たちは、南の大森林で大規模な魔物狩りをやってるってんで、一旗あげようと思って、ダブリスからやってきたんだ。何でもダマルカントで大きな傭兵団を立ち上げるらしいじゃないか。うちの傭兵ギルドは、地味な仕事ばっからしいから、派手に一攫千金を狙うなら、やっぱダマルカントだよなー。」

そう言って若者達は大声で笑った。

そっと覗いたミケーラの顔は、ニコニコした老女の笑顔を崩してはいなかったが、決して目は笑ってはいなかった。


特に滞ることもなく、手続き待ちの列は短くなり、アイリ達の順番がきた。


「あー、入国の目的は?」

「護衛です。」

「人数は?」

「傭兵が一人、見習いが二人、護衛対象が二人です。」

「見習い?」

訝しげに顔を上げた兵士の前に、よく似た二人の少年が、ひょいひょいと顔を出した。

「「僕たちでーす。」」

「私はヴィエイラの傭兵ギルド所属のミケーラと申します。今回、この二人の傭兵見習いの訓練を兼ねて、南の大森林まで行く予定です。何せ初仕事なもので、補給面で安心の貴国内を通らせて頂きたく。」

そう言って、ミケーラは自分の身分証を示した。それはギルドの高ランカーを示す金色のプレートで、提示された兵士は、目の前の老女とランクプレートの不釣り合いさに、目を眇めた。

「金?」

「はい。」

ミケーラは杖に魔力を注ぐと、その先端の魔石に強い光が灯った。流石に魔法を放つことは無かったが、十分に力を示す事には成功したようだ。

「わかった、わかった。それで、護衛対象は?」

「車の中に。吟遊詩人とその相方です。」

「吟遊詩人?なんでそんな奴が傭兵を雇うんだ?」


そう不審に思うのも尤もだった。金ランクの傭兵は安くはない。そんな傭兵をただの吟遊詩人が雇うなどあり得ない。兵士の警戒がぐんと高まった。

「いえ、あの、こちらから、護衛させてもらえないかとお願いしたのです。はっきり言って、対象はどなたでもよかったのです。この子達に経験を積ませるためのやっつけ仕事なので。」

「適当な依頼人を探している時に、後の方が、ギルドに情報を買いに来られたので、これ幸いとお願いしたのです。」


これは、実際、最初のカイとあの傭兵の契約に基づいている。

カイが南の大森林、そしてその奥地にある滅びた国を自分で訪れる為の情報を買いに訪れた時に、たまたま居合わせたあの男が、良いカモが来た、と自ら護衛を申し出たのだった。


十分には納得は出来なかったものの、そういうこともあるのか、と兵士はミケーラにプレートを返した。車の中を覗いていたもう一人の兵士が、「異常なし」と合図を送ったのを見て、馬車に進むよう促す。

「まあ、第一公子様のおかげで我が国は芸術家には過ごしやすいからな。腕の良い吟遊詩人なら、酒場だけでなく、広場の催しに飛び入り参加しても喜ばれる。しっかり稼げよ。ボーズ達も遊んでないで、ちゃんと依頼こなせよ。」

「はーい。」「ありがとう。頑張ります。」

ミルナスとシルキスは兵士達に手を振りながら、馬車はダマルカント公国に入った。

「おい、一番近い駐屯地に連絡を入れろ。護衛任務を名乗る怪しい傭兵一行がそっちに向かってる。そいつらは、“ラファイアット商会の魔導車“に乗っているってな。」

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