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60 再会そして出会い

突然の出来事に、ギルド内は一瞬、全ての音が消えた。そして、壁に叩きつけられた男が、軽く身じろぎし、うぅ、と低い呻き声がその静寂を破った時、その場にいた傭兵達は、椅子を蹴倒して立ち上がり、臨戦体制をとり、何人かは武器を構えた。


《「アイリ!」》「姉さん!」

同時にルーは怯えるマリをラモンに放るように手渡すといつでも抜けるよう剣に手をかけ、ミルナスは弓に矢をつがえ、シルキスはナックルを装着した両の拳を撃ちつけた。

ラモンはマリが現場を見ないようにその頭を自分の胸に抱き込むように抱え、自分達の周囲に結界の魔導具を展開させた。ヨシュアは、気配を消して、移動している。


「このガキ、何しやがる!」「こんな事してタダで済むと思ってんのか、コラァ。」「ぶっ殺せ!」

一部の殺気立った男達が、物騒なセリフを吐いて、武器を振り回す。しかし、真っ赤な劫火の長髪を天井を焦がす程にたぎらせた半人半馬の火の精霊と、渦巻く暴風を両翼に纏い空中から睨みつける半人半鳥の風の精霊の、怒りのあまりに高まった魔力に染まったこの空間で、その動作は、アイリたちを脅しているのか、恐怖に駆られて振り回しているだけなのか、どちらとも取れる行動だった。


「武器を終え、この阿呆ども!お嬢ちゃんもちょっと落ち着いてくれ。」

現れたのは、見るからに筋肉、という厳つい50代ぐらいの男と、白髪の優しそうな老婆。そしてヨシュアだった。

「ギルマス!」

武器を抜かなかった傭兵達は、傭兵ギルド長の登場に、詰めていた息をゆっくり吐き出した。一方、得物を振り回した方の傭兵は、自分達のトップの登場にここぞとばかりに自分達の正当性を訴えた。

「このガキがいきなり、こいつをぶっ飛ばしたんだ!」

「先に仕掛けてきたのは、あいつらだ!」


助け起こされる青年を横目で見て、眉を顰めた老女は、アイリに向かって両手を広げて見せ、敵意のないことを示した。

「あたし達は傭兵だ。依頼されれば戦争にも行く。確かに人殺しもするかもしれない。だが、何が、お嬢ちゃんをそんなに怒らせたのか、教えてもらえないかい?」

アイリを見る老女の目は痛ましげだ。まだ幼さの残る少女が、唇を噛み締めて切れた唇からは血が流れている。これでも激情を抑えているのだろう。そうでなければ、この場が吹き飛びかねないほどの、魔力が二体の精霊から溢れていた。


「あの男は、聖女を、殺した。信頼、させて、おきながら、後から、切り付けた。」

『思い出した、思い出した。あいつ。初代を、私を殺しただけじゃない。あの革命の日、大聖堂の奥にまで革命軍がどうして入ってこれたのか。守備を任されていた傭兵の一部が裏切っていた。あいつ。あの顔。思い出した。クィンちゃんを後ろから切り付けた。笑ってた。私を、二度目の私も、あいつに切られた。』


「お前が悪いんだぜ、王子に色目なんか使うから。自業自得さ、聖女様。」

「オラァ。宝物庫はこの奥かぁ。火ぃかけろ。一人も生かしておくなぁ。」

意識が遠くなる前に聞いた言葉。初代と二代目の死の間際、最後に聞いた声が、あの男の声だった。


魂の奥から押し殺した様な、とてもこの歳の少女が出すような声では無い、暗い暗い声が、告げた。

“聖女を、騙して、後ろから、切り殺した“と。

その場にいた全ての人間の目が、ようやく起きあがろうとしている青年を振り返った。

「な、なんだよ。俺は、そんな事、してない、ぜ。」

しかし、何故か目が泳いだ青年と、唇を噛み切る怒りを見せる少女。そのどちらの話に信憑性があるか、は言うまでもない。人々の目が疑いの色を濃くしていくのに気づいた男は、開き直った。

「あぁ、そんなに言うなら、証拠を出せよ。俺が聖女を殺したって言う証拠はあるのかよ。」

証拠などあるはずがない。それは、未来の殺人なのだから。黙っているアイリに男は調子に乗って言い募る。

「いつ、何処で、誰を、殺したんだよ。教えてくれよ、なぁ、おい。」

今度はアイリに不信の目が注がれる。


その時、「僕は証拠になりませんか?」と言う声とともに、一つの影がギルドの中に現れた。


その影はすっぽりと全身をマントで包んでいた。突然現れた様に見えたのは、皆の注目がアイリと傭兵に向いていたためだろうか?ゆっくりとフードを取ると、その下から現れた顔を見て、

「お、お前、なんで生きてるんだ!?」

驚愕に目を見開いた傭兵の、その言葉が真実を物語っていた。

「!?あなたは、先日、彼が護衛をした吟遊詩人の?え、だって、さっき、無事、送り届けて帰ってきたって報告を・・・。」

カウンターに座る受付嬢の呟きは思いの外、大きく響いた。


「へっ、ちょろい仕事だぜ。契約書に完了のサインをもらっちまえば、こっちのもんなんだから。全く、ギルド様様だな。なーにが信用第一だ。二度と会う事のない依頼主なんて、ヤっちまえば良いだけだ。それで、仕事が早い、って評価されるんだから、全くたまらないねぇ。」

吟遊詩人が奏でたリュートから、紛れもない男の声で、聞くに堪えない言葉が流れた。

「彼女の言う通り、僕も後ろから切られました。この子のお陰で致命傷にはならずに助かったのですけど。」

吟遊詩人はマントを脱ぐと、その下から、ざっくりと切られた血の後も生々しい背中と二つに切られた竪琴が現れた。


取り押さえられた傭兵は、その場で憲兵に引き渡された。アイリの告発と吟遊詩人の証言は、傭兵ギルドの根幹を揺るがした。ギルド長は事件の説明の為、市庁舎に出頭し、アイリと吟遊詩人も同行を求められたが、ルーは強く拒否した。

《傭兵ギルドの不手際に巻き込まれただけの彼女に、付き合う義理はない。》

海賊貴族ブラフの当主にはっきりと拒絶されれば、国主命令でもない限り、アイリに証言させるのは不可能だ。

アイリの言う被害者の聖女の事など、聞かねばならないことは幾つかあるが、いかんせん、ギルドは裁かれる立場だ。強く求めることも出来ず、ギルド長(老女の方だった)は、滞在先だけは教えてほしいと、頭を下げたのだった。

ルーとしてはそれすら腹立たしいのだが、流石に、政治的レベルで考えると、全てを“否“とは出来なかった。その代わり、ルーは、もう一人の証人、“吟遊詩人“も自分の庇護下に置くことにした。


何度もダブリスを訪れているブラフ海賊団は、この街に定宿を持っていた。ルーはギルド長にその名を告げると、精霊二体を顕現させた魔力の大量消費で、ぐったりしたアイリに心配そうな目を向けながら、吟遊詩人に手を差し伸べた。

「あなたも一緒に来ませんか?傷の手当てもさせて下さい。」

青年は、穏やかな笑みを浮かべ、その手を取る。

「ありがたく、お言葉に甘えさせていただきます、ブラフ海賊貴族の御当主。僕はカイ。見た通りの吟遊詩人です。」


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