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58 ラファイアット商会

《おっ、ちゃんと“パパ“やってるじゃないか、“パパ“》

ニヤニヤと言う表現がぴったりの笑顔でラモンの悪友でもあるインディーが現れた。ちっと小さく舌打ちをして、しかし、マリには笑顔を向けて、ラモンが答える。

「言うじゃねーの、インディー。まあ、俺様は仕事の出来る男だからな、親業だってちょろいもんだ。」

《相変わらずだな。ま、元気そうで何より。》

そう言って男達は拳を合わせた。


何だかやで、ラモンとブラフ海賊団の面々も10年の付き合いになる。20代前半だったインディーも今や30代。一方、ラモンは出会った時とほとんど見かけは変わらず、20代後半にしか見えない。かつては、魔傷による人格の分裂と分裂した人格の過ごした年月しか歳をとらないために、他人との時間の流れが異なり、定住も人との深い付き合いもしなかったラモン・シモンだった。今も、奇異の目で見られる事は多いが、以前の様に逃げ出したり引き篭もったりする気は失せていた。

それは、この悪友に代表されるブラフ海賊たちのお陰であり、いつの間にか深く愛するようになってしまった愛しい女とその間にできた愛娘のお陰であり、順調に進む研究であり。そして、その全てが一人の少女との出会いから始まっている事をラモンもシモンも知っている。


もし、あの時、シモンがナキムに声をかけなければ。死にかけの猿の魔物を見殺しにしていれば。あの出会いは無かった。

『そう言う意味では、私のお陰ですね。』

いつだったか、多分、マリが無事に生まれたと連絡をもらった後、自分達の心境の変化をネタに飲んでいた時、珍しく酔っ払ったシモンが軽口を叩いたことがあった。

「そうだな。」

それに対し、否定することなく、素直に認めたラモンについ、シモンが聞いてしまった。

『ルーさんを愛している時に、私の存在は疎ましくは無いのですか?』

ずっと聞きたくて聞けない事だった。人格が分かれて、別々の考えを持っているにも拘らず、シモンにもラモンにもプライバシーは無かった。お互いがお互いの考えている事がわかってしまうのだ。誰を好ましいと思っているのかも、自覚した段階で筒抜けだ。

思春期にはそれは耐え難い苦痛だった。だから、シモンは魔傷の研究にのめり込み、ラモンは分たれた後の人格を入れる素体の研究を開始した。


「あいつは、全部わかってて、それでも、俺様が良い、と言ったんだ。てめーも聞いてただろ。」

『・・・そうですね。何か羨ましいですよ。ルーさんは私の好みでは無いですが、あなたには勿体無い程の「良い女」性「だ」です。』

「これからもよろしく頼むぜ、相棒。」

『ラモン・・・』「おっと、間違えた、シモンおじさん。」『ラモン!』


そんな会話をしたのも懐かしい。シモンはマリに可愛らしい声で、“シモンおじしゃ“と呼ばれるとデロデロになるし、ラモンも“パパ“呼びには降参するしかない。


「はいはい、だらしない顔してないで、入国手続きも済みましたから、移動しますよ。」

そう声をかけてきたのは、長い白髪を一つにまとめ、銀縁のメガネをかけたまだ少し幼さの残る少年だった。その横にいるルーが夫と娘の様子を半ば呆れた様にしかし嬉しそうに見ていた。

「ヨシュア?」

その髪色から判断して、呼びかけたアイリに、少年は、眼鏡の奥の透き通った赤い瞳を大きく見開いた。

「え?アイリ?本当に?」

「ヤッホー、ヨシュアさん。シルキスでーす。」

「ご無沙汰してます、ミルナスです。」


アイリの後ろからひょい、と二人の弟が顔を出して、手を振った。

この二人の弟は、シルキスが魔力を実戦で使えるようになった二年ほど前から、ブラフ海賊の船に乗って魔物討伐や今回のようにルーのお供であちこちに出かけるようになっていた。勿論、最初は過保護な父ダンが反対したが、そこもお決まりの母テラの「男の子なんだしぃ、冒険したいわよねぇ。」と言う緩い取りなしによって、許されていた。ヨシュアとは旧知の仲だ。


「ヨシュアさん、ねーちゃんに会いたがってたでしょ。良かったねー。」

「シル、その言い方は誤解を生むよ。アイリ姉さんには、シモンさんも、ナキムさんも会いたがってたじゃない。」

一瞬にして真っ赤になったヨシュアに、ミルナスが助け舟を出した。


5年前、シャナーン王都で別れた後、ヨシュアはナキムのキャラバンに入れてもらい、2年間各地を回った。その後、ノルドベールのラモン・シモンの元で助手のような事をした後、一つの商会を立ち上げた。

その商会の設立には、驚くことに2つの国と1つの宗教団体から出資があった。シャナーン王国、ヴィエイラ共和国、そして三位一体教である。それを動かしたのは、姉カタリナ(カトリーヌ聖女)の庇護者である大聖女ダイアナの伝手を使ってシャナーン王国王太子アルブレヒト、引退して10年近いとは言えその出自から交易国家ヴィエイラ共和国に今なお発言権をもつ元ダブリス市長レオナール・ジ・ビエール、そして、海を越えたイーウィニー大陸にその名を轟かす海賊貴族ブラフの当主ブラフ・ルー・ヴィシュ・ザ・フィフス。わずか、13、4歳の成人前の少年に錚々たる人物が後ろ盾となり、立ち上げた商会が扱うのは、シモンの作る薬とラモンの作る魔導具。

二人とも自分の研究にのめり込むと周りが見えなくなり、心配したルーが費用負担を申し出たが、とても個人で賄える額ではない。スン村で研究していた時は、ヴィエイラ共和国の国費と完成した魔導具の売上で賄っていたぐらいだ。その時取り組んでいた研究は、二人ともに画期的だったが、研究費も馬鹿にならない金額だった。


たまたま立ち寄ったヨシュアは、敬愛する師匠達の苦境に、キャラバンを抜け、その手助けをすることを選んだ。

ルーの援助を個人としてではなく、三位一体教の教会としての援助に、古巣であるレオナールの私塾の仲間達に連絡し、引き続きヴィエイラの国家予算の一部を供出してもらい、アルブレヒト王太子にはノルドベールの地域振興費用として、こちらも国費から研究費を取り付けた。

そうして、続けられた研究から得られた成果は、ヨシュアの設立した商会で商品化され、その利益は三国に分配される。

一見、上手い方法のように見えるが、三国には三国の思惑があり、また、シモン・ラモンの研究が一国で独占するには危険な為、間に立って交渉するヨシュアにはかなりな精神的負担がかかっていた。しかし、思惑とは別に、ルーやカタリナ、私塾の仲間達やレオナールはヨシュアの味方となって、多方面で援助を惜しまず、別れた後でもナキムのキャラバンは商品の販売・宣伝を格安で請け負ってくれた。


そうして、ヨシュアの立ち上げたラファイアット商会は、これまでにない画期的な商品を扱う商会として、少しずつ知名度を上げていったのだった。

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