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57 帰還の理由

【あなた達、魔人の精霊だったの?】

下半身が魚の青い少女オンディットと下半身が黄金の蛇の少年アスクレイトスは大きく頷いた。

【どうして・・・?】

そこからは、話が複雑になりすぎて、詳細は身振りではどうにもならなかった。結論から言えば、土と水の精霊は、何らかの理由によりアイリの中に取り込まれ、一緒にやり直しのルートに乗った、という事だ。魔人と相対しなければ、この二体の精霊の拘束が外れる可能性は低い。それにひょっとしたら、このやり直しの人生の理由もわかるかもしれない。


正直言って、聖徒教会の聖女認定より、避けたい状況だけれども。


今のアイリは初代より戦うことは出来るだろう。だが、魔人と戦って勝てる気はしなかった。出来るなら戦いたくない。負けるからと言う理由の他に、アイリには、魔人討伐が正しいものだったのか、わからなかったからだ。今の聖徒教会の正義が歪んでいる事はもう、誰の目にも明らかだ。魔人を倒せば手に入れることができるだろう魔石は、その辺の魔物とは比べ物にならない程、貴重な物のはずだ。大聖女の試練、と銘打って、伝説級の宝を集めている。そう考えるのは穿っているのだろうか?


今世で、ダイアナ・ミルフォードが受けた大聖女の試練は、北方連山に住むと言われるドラゴンの鱗の採取だったとルーから聞いた。いくつか提示された試練の中で、ダイアナがそれを選んだのは、数年前から交流のあったクィン・リーの村から申し出があったからだ。ノルドベールに定住を決めた時、クィンたちの祖先はドラゴンとある種の不可侵条約を結んだ。お互いの領分を決して犯さないことを誓ったその証にドラゴンは自身の鱗を一枚与えた。

税の支払いに苦労していた時期に、救いの手を差し伸べたダイアナとアルブレヒトに恩義を感じた村人達は、宝として守っていた鱗をダイアナに差し出した。銀鉱石の採掘量が先細り、ならば、と育てた寒冷作物も期待した程の価値が無いと判明した。傭兵稼業でギリギリ何とか暮らしていた所に降って沸いた増税。村を捨てるかという時に現れたのが、第一王子とその婚約者だった。

二人がノルドベールに興味を持ったのは、その地が有名な馬の産地だったからだ。ひと目見てその馬達を気に入った第一王子は、すぐに乗れる馬の他に自分と婚約者用に二頭の子馬を購入した。それを王都シャナーンで育てるべく、一人の少年とその妹を雇い、村人には第一王子ご用達を謳う許可を与えた。そこから、村の経済は回り始める。村人が暖を取っていた燃える石や価値のないと思われていた植物は、その数年後に現れた風変わりな天才によって、宝の山に化けた。これらの全てが、在位20周年記念祭で当時の第一王子がたまたま声をかけたたった一人の少女がもたらした事から始まっていた。アイリが結果的にクィン・リーや故郷の村を救っていたことを本人は知らない。


そうしてダイアナ聖女の手に渡ったたった一枚のドラゴンの鱗が、その後に引き起こした騒動は、聖徒教会の暗部を衆目の元に晒した。欲にまみれた聖職者達の手によって、鱗はあっという間に削り尽くされ、今はもう跡形もない。改革を試み大聖女となったダイアナはその醜聞をきっかけに聖徒教会と距離を置く事を宣言。今に至る。


失われつつある魔力を掻き集めるべく動く聖徒教会は、これまで手を出さなかったフェラ砂漠の魔物や魔力だまりの中に立つオベリスクにも食指を伸ばしている。今回のルーのシャナーン行きは、表向きは新しい家畜の提供であるが、裏の、本来の目的は、聖徒教会への対抗策の協議にあった。


そこに来て、“魔人誕生“の噂である。全く手がかりの無かった“魔人“の情報を入手し、残り二体の精霊の拘束を解くために、アイリも船に乗り込んだのだった。

そして“魔人“が現れたのなら・・・。“勇者“も出てくる可能性が高い。あの男だけは許せそうにない。せめて、一発殴らないことには、殺された初代に申し訳ない、と思うアイリだった。


ダブリスの港は、5年前と変わらぬ賑わいを見せていた。一時期、停滞した中央諸国との貿易も、“砂漠の船“という高速移動手段の登場で北回り、南回り両ルートとも中央ルートと同じか、もしくはそれより早い日数での移動が可能となったことで、盛り返していた。南のダマルカント公国からの商人も以前より多く見かけるようだ。

東の農業国ウィト王国もイナゴ被害の援助を受けた関係もあり、イーウィニー大陸との交易の割合を増やしていた。


そんな雑多な港に降り立った一行を迎えたのは、ヴィエイラ共和国御用達のフランク商会で、あの5年前に共に砂漠を越え、それに続く極秘のノルドベールとの取引を通じて、ブラフ海賊貴族との信頼関係を深めていた。その中に一人、見覚えのある人物が、隠れるように立っているのをアイリは見つけて大きく手を振った。


「シモンさん!」

「ええーっと、アイリさん?お久しぶりですね。」

どんなに有名になっても、引きこもり体質は変わらないのだろう。相変わらず前髪で目元を隠し、猫背で落ち着きなく立っている姿から、すごく頑張って迎えに来てくれたのがよくわかる。しかし、

《シモンおじしゃ、パパは?》

そう娘に言わせるのはいかがなものか。まだルーが荷物の検疫でこの場に来ないうちにさっさと出て来て欲しい。

「ええーっと、パパは恥ずかしがってて、って。いい加減慣れてよ、ラモン。」


グン、と後に引っ張られるようにシモンの体が真っ直ぐ伸びた。

「あー。」

と前髪を掻き上げながら、その指の間から、アイリの抱っこする可愛らしい幼女をチラリと見た。

《おう、マリ、良い子にしてたか?》

《うん!》

満面の笑みで体ごと両腕を伸ばす幼女をアイリはさっさとその父親・ラモンに押し付けた。


ブラフ・ルー・ヴィシュ・ザ・フィフスとラモン・ラファイアットがいつの間にそう言う関係になっていたのか、いくら中身は30過ぎのおばさんと言えど、実年齢10歳かそこらのアイリには知りようが無かった。しかし、それはブラフ海賊団の面々にも言え、歩くより先に船に乗っていたようなルーが、帰国途中の船旅で、船室に篭る程に体調を崩して、嘔吐を繰り返しているのを、心配しながらも“陸に長くいすぎた“などど冗談にしていたぐらいだった。唯一、アイリの母テラだけは、4度の出産経験もあり真実に気づいていたが、あの性格から《病気じゃないわよぉ》とのほほんと笑いながら、世話を買って出ていた。

本拠地に辿り着き、《何か、お前太ったな。》と兄ブラフ・ガルに、いつもの調子でお腹を殴られそうになった時、初めて、ルーは自分が妊娠していることを告げたのだった。《冗談だろ?》と顔を引き攣らせて笑うガルに、良い笑顔で、我が母が精霊をけしかけていた。

そのお腹の子の父親について、ルーは自分が当主に就任するまで、無言を貫いた。しかし、その頃には、アイリを始めとしたスン村で5年間を共に過ごした者達には、わかってしまっていた。

マリと名付けられた女の子のくるくるの巻き毛と灰色の瞳が父親譲りである事に。いつも喧嘩ばかりしているのに、ふとした時に気がつくと二人並んでいた事に。

そして、心配もした。あの自分勝手な、自称天才魔導師は、このことを知っているのだろうか?と。


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