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56 初代の記憶

アイリは、この5年間で、始めてコルドー大陸に帰る。本当は今回もギリギリまで悩んだ。向こうでするべき事が考えつかなかったからだ。クィン・リーは聖女にはならなかった。今も幸せに故郷とシャナーンを行き来しながら、両親と兄と暮らしている、と聞いていた。カトリーヌ聖女はダイアナ大聖女の側近として保護され、時々、ヨシュアや両親とも連絡をとっているらしい。そのダイアナ大聖女は来年、とうとうアルブレヒト王太子と結婚する。


もう、アイリの知っている世界では無かった。歴史は変えられた。ならば、死んでしまった過去の自分にもう別れを告げても良いのではないだろうか。だから、わざわざ前世で死んでしまった土地に行く必要はない。何かの拍子に、回避したはずの死が巡って来るかもしれない。ふと、不安になる。今年は、最初の人生で、家族をキャラバンの仲間達を失った年だ。南の大森林。収穫祭の終わり。その時その場所でスライムに追われた魔物達の暴走は起こるのだろうか?

二代目の時は、大聖堂の奥深くに囲われて、入手できる情報が限られていた。それでも、魔物の大量発生のような大事件は起きていなかったはずだ。それは、積極的に魔物を狩ったせいかもしれない。今世ではどうなのか?確かめたいような、確かめるのが怖いような、中途半端な気持ち。

そして、フェラ砂漠のスライム。あいつが魔物の大量発生を引き起こしたのと同じ個体なのかはわからない。だけど・・・。


フェラ砂漠の魔物及びオベリスク調査は、ラモンの魔力封じの魔導具や魔力だまりの影響を受けない武器や防具を持ってしても、なかなか進展していなかった。聖徒教会の協力が得られなかったことがその理由の一つに挙げられる。衰えたとは言え、聖徒教会の影響力は強く、不浄の地と断言したフェラ砂漠に、聖女の派遣は許可されず、高名な学者達も、教会に睨まれることを忌避した。だからと言って、ルー達のような他国の人間がフェラ砂漠に立ち入ることも良しとしなかった為、まともな調査団が組めなかったのだ。

それでも、オベリスクを中心として魔力が集まっており、その魔力に惹かれて魔物が集まっている事は間違いがない、とされた。集まった魔物同士の争いで淘汰された魔物は、そこらで遭遇する魔物とは桁違いの強さで、その中でもあのスライムは群を抜いている事。どうやら、オベリスクの中には、そのスライムを超える強さをもつ魔物がおり、それがヒト型の“魔人“だ、と言うのが、アイリにもたらされた最新の情報であった。

“魔人“それが、今回、アイリにコルドー行きを決心させた最大の理由である。


初代アイリの直接の死因は、“勇者“による裏切りだが、そのきっかけは、“魔人征伐“にあった。

完全に封印の解けたアイリの契約精霊二体、火の精霊メテウス、通称“テス“と風の精霊ウィンディラ、通称“ウィン“。彼らは元々は母テラの契約精霊だった。スライムを道連れにした炎の魔法を行使する前に、テラがアイリの身を案じて残してくれた精霊達。二度の転生をアイリと共に繰り返したために、本来のテラの精霊とは、異なる形をして存在している。


フェラ砂漠でスライムと遭遇し、その時に、完全復活したのは二体のみ。水と地の精霊は、アイリを守る防壁となってくれはしたものの、彼女との契約は求めなかった。復活した火と水の精霊とは、会話も可能となり、彼らにこれまで起こったことを聞くことができた。それは、初代と二代目アイリの人生を外側から見たどこか物語のような話だった。


【私は、ホント最初のあんたは大っ嫌いだったから、紅蓮の魔女(ガイア)には頼まれたけど、真面目にやる気は無かったわけ。】

ウィンってば、拘束されていた時は清楚で儚げな感じだったのに、素はこんなはすっぱなのね。アイリはかなり意外な精霊の性格に引いていた。

【ちょっと、聞いてる?】

【あ、はい。】

【だってー、あんたって、この世の不幸は全部自分が背負ってますーって顔してて。婚約者のいる王子にベタベタまとわりついて、ホント見てて鬱陶しいったら無かったわー。】

【・・すみません。】

【それでもー、魔人の巣窟にあんた一人で行かせるわけにはいかないから、一緒に付いて行って、途中の魔物達を蹴散らしてあげてたんだけどー。そのおかげで、最後の最後に間に合わなかったの。】

【あんたは魔人と一緒に串刺しになってるし、ホント焦ったわ。】

人の死ぬ場面を毛繕いしながら話さないで欲しかった。

ウィンの隣で、彼女に対し怒りをアイリに対し謝罪を示しながら、テスも言う。

【主と魔人が共に倒れた後、巣窟が崩壊を始めたため、あの“勇者“達はとどめを刺さずに逃げ帰りました。私とウィンディラは主の中に入って傷をふさごうとしたのですが、魔人から溢れる魔力でうまくいかず、そうこうするうちに、気がついたら、時を超えていた、と言う次第です。】

【それで、あんたは、あの時の事をどれぐらい覚えてるのよ。】

毛繕いをやめて、ウィンは真剣な顔をしてアイリを見た。


なるべく思い出さないようにしていた。共に戦う仲間に後ろから刺された恐怖。投げつけられた言葉のもたらした痛み。


【主、無理はしなくて良いですよ。】

テスの言葉に、2、3度大きく深呼吸を繰り返し、ゆっくりアイリは口を開いた。

【覚えているのは、魔人の強さ。ただでさえ、まともに魔力を使えない私じゃ、太刀打ちできないことはすぐにわかった。だけど、アル様と約束した。魔人を倒せば、私がアル様にふさわしいと誰もが認めざるを得ない。アル様と一緒にいるために、私は魔人を倒さないといけない。】

【私が全力で魔人を抑えている間に、勇者が攻撃する手筈になっていたの。確かに、攻撃はしたけれど、加護を多重掛けした勇者の剣は、私毎魔人を貫いた。それは魔人の意表も突いたから、致命傷を負わせることに成功したのだろうけれど・・・。】

聖剣ごと体当たりをされ、勢いのまま魔人に衝突した。それまでのただ虚なだけだった双眸が、あの時初めて驚きと呼べる感情を浮かべたのを、意識が薄れ行く中、アイリは確かに見たと思った。その魔人の驚いた表情は、まるで普通の青年のようで。


アルブレヒトがその髪と瞳の色から昼の王子なら、魔人は夜の王だった。射干玉の髪と射干玉の瞳、縦に裂けた紅い虹彩。その立ち居振る舞いは、どことなく気品があり、一言も言葉を交わさなかったけれど、その身開かれた瞳には知性があったと思う。


【倒すのは無理だと思ったから、弱らせてから封印するつもりで、封印の魔法を構築している途中だったの。でも、あんな事になってしまったから、封印はできていないと思う。あの程度ではきっと魔人はすぐ復活する。あの後、世界は、アル様はどうなってしまったんだろう。】

【はぁ、自分が死んじゃった後のこと心配してどうすんのよ、全く。それに、今よ、今。問題は、今のあんた。わかってる?】

【うう・・。はい。】

【封印の魔法・・・ひょっとして、それが中断された為に、術者に跳ね返って、私達精霊にかかってしまったのでしょうか?】


テスの言葉に何故か大きく頷いたのは、まだ、拘束が完全には解けていない土と水の精霊。ウィンディラは【やっぱり、あんたのせいじゃない!!】とキーキー鳴いてアイリの周りに竜巻を起こした。


【単なる思いつきだったのですが・・・。】

申し訳無さそうにメテウスが、ウィンディラの竜巻でボサボサになった髪のアイリに謝罪した。

そのきっかけとなった土と水の精霊に向かい、テスは尋ねる。

【あなた達は何か知っているのですか?】

二体はまた、大きく頷いた。この二体はまだ口と目の拘束が外れていない。会話は不可能だが、身振りでのコミニュケーションは可能だ。あの5年前のフェラ砂漠でスライムと対峙した時に、拘束が外れる前の火と風の精霊と話ができたのは、あの膨大な魔力だまりのおかげだったらしい。そして、火のメテウスと風のウィンディラは共にアイリの母、テラ=ガイアの精霊だった為、スライムとの因縁が深かった。では、土と水は?あの後、アイリの真名を持って二体に名付けてみても、何も変化は無かった。この二体、水のオンディット、土のアスクレイトス、とアイリと因縁のあるもの。この話の流れからすると、それは・・・。

【魔人?】

信じられない、とアイリは呟いた。

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