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53 それぞれの道

北方連山に行く理由がなくなってしまった。呆然とするアイリを何とか皆の元に連れ帰ったインディーは、取り敢えず、ムニに自分の見聞きした事を報告した。ルー自身はまだ、アルブレヒト王太子と歓談中で、シモンはダイアナ大聖女とカトリーヌ聖女、ヨシュアの四人で何やら身振り手振りを交えて珍しく楽しげだ。心ここに在らずのアイリを預けられる者がおらず、途方にくれる。ナキム達キャラバンは既に片付けを終え、退席していた。


椅子に座り、暖かいお茶を両手に包み込むようにカップを持ち、アイリはかつての恋人とその婚約者をぼーっと眺めた。

最初の人生と随分変わってしまった今世を思う。もう、クィンは聖徒教会に囚われることは無いだろう。それを良かったとは思うものの、これで彼女との繋がりが完全に断たれてしまった喪失感がアイリから気力を奪っていた。


周囲を映すだけの目に訝しげに首をかすかに傾げるアルブレヒトと驚いた表情でこちらを振り向いたルーが映る。しかし、それだけだ。次にアイリが意識したのは、頬に触れた温かい手だった。

《如何した少年?》

彼女の前に跪いてその右手をアイリの頬に当て、親指で瞼の下を優しく拭う。至近距離で見つめる青空色の瞳は心配そうに揺れていて、アイリはその時初めて自分が泣いていることに気がついた。

「だいじょぶ、デス。」

その青空から目が離せないままアイリは答えた。「友達、思い出した、だけ。」

アルブレヒトの瞳が柔らかく緩んだ。

《左様か。この地と彼の地は遠い。汝が友を恋しく思う気持ちは当然ぞ。》

「はい。」


励ますようにそのまま置かれたままの右手に思わず擦り寄りたくなって、アイリは自制した。

『こんな風にこの手に縋ってしまったから、初代はダイアナ様と対立したんだよね。同じ過ちを犯すわけにはいかないよね。』

王太子の後に、オロオロするルーと、ちょっと強張った笑顔でこちらを見遣るダイアナが見えた。

《殿下、婚約者のいる人は、いくら年下の子供にとは言え、初対面の者にこんなことをしては大問題ですよ。》

泣き笑いの顔で言えば、目を丸くして破顔された。左頬に添えられていた暖かさが去っていく。


《然り。》

そう言って立ち上がると、ダイアナを呼び寄せ、その手をキュッと握った。アイリの言った事を真面目に受け取ってくれた様だ。ダイアナの顔が少し赤くなり、彼女はアイリを見ると視線だけで感謝を伝えてきた。

《これで良いか?ところで、尋ねたい事がある。魔石を見分けると言うのは汝か?》

「見分ける?」

アイリは意図的にコルドー語を使った。海賊貴族のクルーたちやシモン、ヨシュアは当然、どちらの大陸標準語も聞き取ることができるが、ダイアナやハインリヒ、カトリーヌ聖女に関しては不明だ。だからこそ、変な誤解を生まないように、分からない人たちに通じるように話をしようとした。


少し難しい話になるのだろう、アルブレヒトも母国語に切り替えた。

「我らは、ある願いを叶えるためにそこの預言の聖女の力を借りた。聖女は“二種類の魔石のかけらを混ぜて市井で売る“よう告げた。そうして、先日、見事に魔物由来の魔石のみ買われていった。買ったのは、イーウィニー大陸の少年だと言う。王都に住むイーウィニー人がいない訳では無いが、これまでは殆ど手付かずで回収されていた魔石屑が、短期間に二度も綺麗に魔物由来の魔石のみなくなっているのでは、誰かが意図してそれを購入した、と考えざるを得ない。魔石が買われた時期とブラフ伯爵令嬢の魔物調査団が王都入りした時期は重なる。ならば、」

そこでアルブレヒトは言葉を止め、アイリを正面から見つめて言った。

「其方が、我らの求めし者か?」


“ある願い“とは何なのか、“我ら“とは誰の事を指すのか、“求めし者“に何を期待しているのか。幾つもの疑問は自分を見つめるその真剣な眼差しに頷けば、答えを得られるのだろう。しかし、アイリは視線をルーへと向けた。その視線を追うように、アルブレヒトもルーを見た。そして、しまった、と言う王太子にしてはちょっと情けない顔をした。つい、勢いに任せて普通に、いやそれ以上に早口で話をしてしまった。

「通訳してもらえますか?ブラフ伯爵令嬢。」


《アイルが買って来た魔物の魔石は、どうやら王太子殿下の何かの試験だったみたいだな。見事に釣られてしまった訳だが、どうする?》

ルーはかなり海賊訛りを強めて話した。アルブレヒトの語彙力なら分からないとの判断だ。

《どうって・・・。》

アイリはアルブレヒトを見、ダイアナを見、ヨシュアを見、カトリーヌを見、シモンを見、そして、心配そうにこちらを見る海賊クルーたちを見回した。

やり直しを繰り返して、自分は今ここにいる。後7年、18歳で死なない為にこれから自分は何をしたら良いのだろう。アル様は自分に何を期待しているのだろう。


《彼らの“求める者“って何だと思う?》

《全く、見当がつかん。交渉するにも材料が足りない。》

《なら、それを集めるしかないね。》

《アイリっ、アイル!却下だ!》

情報が足りないなら、集めれば良い。どのみち、ルーは帰国しなければならない。ならば、ここに残ることが出来るのは、情報を集めることが出来るのは自分しかいないでは無いか。そう結論づけたアイリが、口を開きかけた時、

「えぇーっと、」と戸惑った様な気弱な声が静かな部屋に意外に大きく響いた。


「アイルに魔石を集めるように頼んだのは、私、なので、お探しの人物は、私、では?」


「はあ?」

何言ってんだコイツ、と言う顔を全く隠さずにハインリヒはシモンを見た。

意外な人物の乱入に、思わずアルブレヒトも振り返った。ヨシュアの横で皆んなの注目に縮こまるシモン。隙をついて、ルーはアイリをアルブレヒトから引き剥がした。その耳に《残るとか言うなよ。》と脅すような台詞にも関わらず、不安が滲む声が注がれた。


「えぇーっと、預言の聖女様の言葉は、“二種類の魔石のかけらを混ぜて市井で売れ“ば、殿下たちの“願いが叶う“のであって、“求める者が現れる“では無いのですよね。」

はっとして、皆、カトリーヌ聖女を見る。

「すみません、私の預言はいつもいつも中途半端で。ですが、この出会いが王太子殿下の問いかけに対する答え、とは感じます。」

小さくヨシュアに頷き、アルブレヒトに向かって頭を下げる。


アルブレヒトの肩から力が抜けた。

「そうか、個人ではなく、組織、いや、国?三位一体教?そう言う繋がりが私の願いには必要、と言うことか。」

「アル様。」

「大丈夫だ、ディ。」

《ブラフ伯爵令嬢、面倒をかけた。これに懲りず、我と友誼を結んでくれぬか?》

握手を求める王太子の手をしばらく見つめ、ルーは首を振った。その態度にハインリヒが気色ばむも、アルブレヒトは手を上げてそれを制した。

「ブラフ海賊貴族の友誼が数時間で得られるはずも無い。度重なる無礼、申し訳無い。その場の口約束で手を取られるより、誠実な対応、感謝します。」


大国の王太子が他国の一貴族、しかも海賊働きで叙爵された伯爵家の娘に謝罪するなど、本来ならあり得ない。ハインリヒが卒倒しそうになっているが、それに苦笑して、アルブレヒト王太子は右手を伸ばす。

《貴女の信に足る実績を示した後、再びお招きしたいが如何?》

「喜んで。」

差し出された手を、ルーは今度は拒まなかった。


ミルフォード公爵家別邸を後にし、一同は揃って、滞在する宿に送られた。予定では出立は明朝だったが、馬車が見えなくなるとルーはすぐに出立する、と告げた。


「俺らは、最初の予定通り、ノルドベールに行くぜ。」

「俺様は“燃える石“を手に入れて、魔石を使わない動力源を作り上げなきゃならないからな。」

「えぇーっと、私は馬丁さんの村に口伝で伝わる薬の事を知りたいので・・・。」

ラモン・シモンは王太子に目をつけられたと言うのに、予定は変えない、と言う。

「だから、愛し子ちゃんはテラ様の所へ帰れ。こっから先、ガキのお守りをしながらは進めない。」

有無を言わせぬ同行拒否だった。アイリとしても北方連山に行ったところで、肝心のクィンが既にシャナーン王都で幸せに暮らしているのでは、行く意味が無い。何とも格好がつかないが、ルー達と帰ることに強い抵抗は無かった。今日、起こったことが重大・多様過ぎて、気持ちの整理がついていないまま、と言うのも大きい。


「僕もここでお別れです。ナキムのキャラバンを追いかけて、入れてもらおうと思います。」

「ヨシュア?」

この宣言には皆驚いた。

「お姉さんは?カタリナさんはどうするの?」

「姉は、ダイアナ大聖女が守ってくれるでしょう。それにあの“吹く風と共に団“と一緒にいれば、年1回は姉に堂々と会うことが出来ますし。キャラバンと共に世界を見て回りたいんです。子供だったアイリに出来て、今の僕が出来ないなんて事はないでしょう。」

堂々と宣言された。


そうして、彼らの道は分かれていった。

アイリとルーは西へ、イーウィニー大陸へ。シモン・ラモンは北、北方連山麓のノルドベールへ。ヨシュア、ナキムはキャラバンとしてコルドー大陸各地を回る旅へ。

彼らが再び合間見るのは、5年後、アイリ、16歳の春である。

お読み頂いてありがとうございます。第二部、終了です。今後の展開に興味を持って応援して頂けると嬉しいです。

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