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52 クィン・リー

見間違えるはずがない、と思った。自分がクィン・リーを見間違えるはずがないと思っていた。

銀色のおさげ髪の少女は初めて会った時は泣くのを堪えて怒った様な顔になっていた。今の彼女の様に嬉しそうに、楽しそうに笑ってはいなかった。その見上げる視線の先、彼女によく似た少し年上の少年も、口元に笑みを浮かべていた。

声をかけそうになり慌てて飲み込む。

二人の子供達が向かった先は厩舎だった。


訝しげに振り返った少年が、それでも、その服装から今日主人が招いた客人の一人と気が付いて、アイリに向かって頭を下げた。クィンもこちらを振り向いて同じように頭を下げたが、その体は、少年の後にこっそり移動していた。


「あの、」

あまりに思いがけない出会いに言葉が出て来ない。

二人はその場を動かない。自分も動けない。何の用だろう、と不信感がその顔に浮かぶのを見て、更にアイリは慌てる。

「馬、見て、良い、デスカ?」

片言を装うのが、精一杯。馬を見てどうするのか。そんなアイリに助けの声がかけられた。

《どったの、アイル?なんか面白いもんであったか?》

《インディー》

ホッとしたアイリの表情に、追いかけて来て良かったと彼はしみじみ思った。アイリを一人にしないようにルーからはきつく言われていた。キャラバンの公演の余韻に浸る間も無く顔色を変えて駆け出していった彼女が不審に思われないように、自分も目立たぬように後を追うのはなかなかに難しかった。きっと、中庭では仲間達が二人の不在を悟られぬように色々してくれているのだろう。

厄介事か?と思いながらも、今日も色々起こるなあ、と少し遠くを見る。ルーがこの少女に入れ込みすぎないように見張っててくれ、というのはルーの兄からこの任務に就く際に言われた事だった。『まあ、意味無かったっすけど。』

『一番にムニさんが攻略されてたしなー。』今では、アイリの祖父的立場を誰にも譲らないブラフ海賊団の元特攻隊長、彼は今、真面目な顔をしてお嬢の隣にいるのだろう。


《おー、馬いるじゃん、馬。でっけー。おら、アイル、馬だぞー。》

ヒョイとアイリの脇を抱え上げて、厩舎に近づくインディーにクィン達はギョッとした。

「ダメです、お客さん、急な動きは馬がびっくりする。」少年は慌てて進路に立ち塞がった。

《あ?ダメ?ざーんねん。》

持ち上げられているので、馬の顔が近い。真っ黒な毛並みに額に白い星のある綺麗な馬がアイリをじっと見ていた。その奥にはこちらも見事な馬体の青毛の馬。一家の馬車を引いていたミチとは体格が全然違う、走ることを至上として育てられた騎馬民族の馬。『これって・・・。』

「大丈夫よ、夜空、疾風。」

クィンが二頭に声をかけながら黒馬の首元を優しく撫でる。頭を下ろしてクィンの顔にゴシゴシと擦り付けるように夜空と呼ばれた馬は甘えた。


「馬、綺麗、立派。」《だよねー。》

蕩けるような笑顔を見せるクィンからアイリは目が離せない。

大きな声を出さない、こちらの言う事を聞いて勝手に色々触ろうとしない等々、散々注意事項を伝えて、頷くのを確認してから少年は、アイリとインディーが馬達に近づくのを許可した。

「この馬はアルブレヒト様とダイアナ様の馬です。子馬の時からお二人が育てて、僕と妹がお世話を任されているんです。」

少年は誇らしげに言った。

『クィンちゃん、お兄さん居たんだ。』

前世であまり故郷や家族の事をクィン・リーは話したがらなかった。親友なのに、と思ったこともあったが、自分もこれが2回目の人生であることを黙っていたのだから、仕方がない。


「馬、兄妹?」

「よく分かりましたね!夜空が姉で疾風が弟です。二頭とも村で一番の速くて力のある父親から生まれた自慢の子達です。」

「ご飯、あげてみる?」

クィンがおずおずと兄の影から声をかけた。自分にかけられた声に固まったアイリにインディーは、ポンと彼女を下ろし、満面の笑みを見せた。

《餌やりさせてもらえよ、アイル。》


クィンから半分に割ったリンゴが手渡された。ナキム達が使ってたリンゴかな、と他の事を考えて、その手元だけを見る。働き者の手だが、手荒れもなく、子供らしい柔らかい肉付きの手だった。着ている服も清潔で、客が来るからと間に合わせに揃えた物ではない。

「怖くないよ。」見本を見せるようにアイリに声をかけて、クィンはゆっくりリンゴを持つ手を持ち上げて、夜空に差し出した。かぱり、と馬の口が開く。馬車馬のミチの世話もしていたので、アイリも直接餌を与えた事はあるが、インディーは初めてなのだろう、露骨にびびってもらったリンゴを落としかけた。


「夜空。」声をかけて腕を伸ばせば、賢そうな黒い濡れた瞳がじっとアイリを見返す。初代アイリの時代、アルブレヒト王子の移動はもっぱら馬車だった。「第一王子が馬に乗る事などないよ。」そう言っていた。今世、彼は自分専用の馬を飼い、毎週のようにダイアナと遠乗りに出かけている、と言う。

《夜空、ご主人様の事、好き?》黒馬は大きく首を縦に振って、アイリの手の中のリンゴを咥えた。


クィンにアイリが何を言ったかはわからなかっただろう。しかし、彼女はアイリに「白夜もあなたのこと、好きだって。」と嬉しそうに笑いかけた。

泣きそうになった。

《クィンちゃん、今、》「幸せ?」「?」

「あなた、仕事、楽しい?」

「とっても。大好きなお兄ちゃんと大好きな馬達のお世話ができて、家からはちょっと離れてるけど、今年の冬はお母さんが来てくれるし、お父さんもお祖父ちゃんもお金に困ることないし、ダイアナ様は優しいし。美味しいものも食べられるし、冬は寒くないし、」


「クィン、そんなに早口で言っても、解らないんじゃ・・・。」

楽しそうに話すクィンの顔を見ていた少年の顔が泣きそうに歪むのを見て、兄が慌てて間に入った。

勿論、全部、聞き取れてる。クィンが今、どんなに幸せか、よく分かった。だから、きっと・・・。

アイリは大きく目を開けて、こぼれそうになった涙を乾かそうとし、それでも溢れてしまったそれを頭を大きく振って飛ばした。

「ごめん、なさい、途中、よく、解らない。」

「でも、楽しそう、良かった。」

泣き笑いのようなアイリの表情に、兄妹はどう反応したら良いか途方に暮れ、会話を全て理解していてもやはり、どう反応して良いか分からなかったインディーは取り敢えず、《戻るか?》と尋ねた。

アイリは頷く。そして、クィン達に言った。「さようなら。ありがとう。どうか、幸せに。」


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