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50 ダイアナ大聖女のお茶会

帰国準備と北方連山へ向けての出発の準備は並行して行われた。結局、アイリにはシモンが同行することとなった。ルーが海賊貴族ブラフの魔物素材の買取や武器・防具・消耗品等の手配をしてくれる商会に大至急で人を派遣してもらうよう依頼し、シャナーン王国の北の国境で落ち合う様手配してくれている。

断られる可能性が高いと思っていたダイアナ大聖女からの返事は、意外にもすぐに返ってきた。“ご帰国準備でお忙しい最中の出席の御返事に感謝し、心ばかりの手土産をご用意させて頂きました”と。はっきりとカトリーヌ聖女が来ると明言しないのは、貴族的な言い回しなのか、どこかに遠慮しているのか。


ミルフォード公爵の別邸はいくつもあるが、その中でもシャナーン王都北西のそれは、小高い丘の上にあり、遠くに北方連山を望むことができた。

お茶会の日は、前日までの雨も上がり、薄曇りながら、この時期としては暖かな日だった。迎えの馬車を降りると、驚いたことに、ぬかるんでいると思われた門から玄関までの小径はしっかりと乾いた玉砂利が敷き詰められており、さすがの公爵家の力を見せつけられた。

その小径の奥に白亜の瀟酒な建物、玄関正面には黒服の執事らしき人物とメイドが数名、こちらが馬車を降りると同時に深く頭を下げて待っていた。


「ようこそおいで下さいました、こちらでございます。」

その声と同時に重厚な扉が左右に音も無く開かれる。吹き抜けの玄関ホールは色とりどりの生花が飾られていた。右奥の扉から、聖女の衣に身を包んだ女性が二人と神兵の制服の男性が一人現れた。

案内をしていた執事達が、無言で一歩下がって腰を折る。


「ようこそおいでくださいました、ブラフ・ルー・ヴィシュ・ザ・フィフス様。初めまして、わたくしはダイアナ・ミルフォード。ご多忙な中、来ていただけてとても嬉しく思います。」

「お招きイタダキ光栄にゾンジマス、ミルフォード公爵令嬢サマ。ワタクシの事は、ドウカ、フィフスとオヨビ下さい。コレはシモン・ラファイアット。ラモンは帰国準備の為、本日は、イカンながら、欠席トナリ、大変、申し訳アリマセン。」

今日のルーはブラフ伯爵令嬢として、イーウィニーの色鮮やかな民族衣装を纏っている。そんな時のルーはコルドー語をわざと片言で話す。堂々とした貴族の振舞いと相まって、普段の彼女を知る者達から見れば、ひどく芝居がかって見えた。


そんな事を知らないダイアナ大聖女は、ルーの片言すら、「流暢ですね」と褒め、笑顔を絶やさない。大聖女としての立場をその服装で明言していても、こちらもこちらで流石は大貴族である。

「初めまして、シモン殿。あなたの魔傷研究はわたくしどもも、大変興味を持っておりますの。今日は色々お話を聞かせてくださいませ。」

「・・恐れ多い、お言葉です、ミルフォード、公爵令嬢様。本日は、お招き頂き、光栄に存じます。」

ちなみに、シモン、と紹介したが、本当はラモンである。引きこもりのシモンに社交性を期待は出来ず、さりとて、傍若無人の極みであるラモンに、このお茶会自体を阿鼻叫喚の場とさせる訳にもいかない。出した答えが、顕現するのはラモン、何を話すか決めるのはシモン、の役割分担が出来上がった。返事が遅れたり、言葉が途切れ途切れになるのはその為だ。周りの人間は、なるべく、ラモンに話しかけないようにさせる事、を今日の目標においている。


「サンルームにお茶を用意しているの、こちらですわ。」

自ら率先して案内に立つダイアナの後にもう一人の聖女と神兵が従った。その二人の紹介はないのだが、ルーの側に控えるヨシュアの動きがぎこちない。アイリの位置から彼女がカトリーヌ聖女かどうかは、深く降ろしたベールの影で顔が見えないこともあり、はっきりしない。しかし、カタリナさんに似ているのは間違いなさそうだ。問い質したいのを必死に我慢しているのであろうヨシュアの気持ちを思うと、アイリも何とかして二人きりにしてあげられないものか、とは思うが・・・。


サンルームに繋がる扉の前で、ダイアナは神兵にこの扉を守護するように命じた。そして、ルー達を振り返る。

「実は、もうお一方お招きしている方がいるのです。皆様のお話をとても楽しみにしていらして、お会いできるのを心待ちにしていらっしゃるわ。」


ガラスで柔らかく透過された秋の日差しの中、その人の黄金の髪はキラキラと眩く輝き、秋の澄み渡った空の高さを思わせる青空色の瞳は柔らかくこちらを見つめていた。口元に浮かぶ自然な笑みが、ダイアナに向けられている事に、アイリの胸はちくりと痛んだ。かつて二代前の人生で、この人を愛し、その為に死地に赴いた事が思い出される。今世で2回目の邂逅。

アルブレヒト・フィラ・シャナーン、今はこのシャナーン王国王太子となった16歳。ダイアナ・ミルフォード公爵令嬢・大聖女ダイアナの婚約者である。


「ディ。」

甘く呼びかけて左手を伸ばし、立ち上がる。それに合わせるかのようにアイリを含めルー達は一斉に跪いた。その手に当然のごとく自らの手を乗せて、幸せそうに微笑み振り返るダイアナが紹介した。

「こちらはアルブレヒト・フィラ・シャナーン王太子殿下でいらっしゃいます。」

入って来た者たちをゆっくりと見回し、その目が一瞬アイリの所で止まったような気がしたのは、願望がなせる技だろうか。

《お初にお目にかかる。ブラフ・ルー・ヴィシュ・ザ・フィフス殿。アルブレヒト・フィラ・シャナーンと申す。貴殿らと会い見えるのを楽しみにしておった。》

そして、王太子の口から放たれたのは、見事な発音のイーウィニー公用語だった。少し、嫌、かなり年齢の高い人が話す言葉だったのは別として。


ルーとシモンの二人は、ダイアナ大聖女とアルブレヒト王太子と同じテーブルにつき、それぞれの隣に補佐のムニと侍女役のヨシュアが控え目に座っていた。

《コルドーの大国シャナーンの次期国王陛下がこれほど見事なイーウィニー語を操るとは、驚きです。アタシはこの通り海賊言葉しか話せないので、情けないやら、恥ずかしいやらです。》

勿論、そんなことはない。国付きでは無いとは言え、ルーはブラフ伯爵家の令嬢として、きちんとした教育を受けてきた。ただ、海賊言葉が性に合っていると言うだけで、当然、貴族として相応しい言動は出来る。あえて、貴族言葉を使わないのには訳があるのだろう。

《否、我のイーウィニー語は本で学んだものだ。其方の言う老人の話す言葉と言う意味、得心がいく。聞き苦しいかも知れぬが、言葉は使ってこそ、上達するもの。暫く相伴してくれぬか。》


にこやかに交わされる少し不思議な会話に、その他のクルー達とテーブルを囲むアイリは、そっと息を吐いた。

きっとここは交渉の場で、これは駆け引きなのだろう。王太子と未来の王太子妃が自分達をここへ招いた意味。向こうが何を知りたいのか、こちらはどこまでなら、手の内を見せるのか。立場は相手の方が上だが、それは、下手に出る理由にならない。交渉の手腕という意味では、遥かにルーの方が上だとアイリは思った。そこは経験の差がものを言うのだろう。


ルーは自分の手札をいくつも伏せたままで話を進めていた。ラモンの不在は、新開発の魔導具への追求を躱すには必須だった。それでいて、魔力の多いイーウィニー人に魔力が感じられない、と言及された時に、魔力封じの魔導具を見せるなど、情報を隠してはいませんよ、というアピールもしてのけた。

また、自分がコルドー語を母国語と同様に話せることを秘し、王太子のイーウィニー語が古語に近いことを指摘していた伏線を生かし、スライムとの遭遇、どうやって退けたのか等の答えにくい問いには、単語の意味を理解できていないふりをして曖昧に濁した。但し、《スライムは恐ろしい魔物です。今回は、見逃してもらえた、とアタシは考えてます。》と興味本位で中途半端に関わって犠牲を増やすことだけはしない様に心の底から忠告することを忘れなかった。そして、それは、きちんとアルブレヒト王太子には通じていた。

《ご忠告感謝する。国王陛下には我からも慎重に、と伝えよう。》


お茶会は和やかな雰囲気の中、過ぎていった。

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