5 両親の秘密
アイリとクィン・リーが初めて会ったのは、お互いが12歳の時だった。10歳で聖堂入りしていたアイリは2回目の聖女教育と言う事もあり、その頃には程々の実力を示しつつ、なるべく目立たない様に気を付けながら生活していた。
クィンは北方訛りを鼻で笑われ、綺麗な銀髪の三つ編みも田舎臭い、と馬鹿にされていた。大聖堂には主に貴族の精霊付きが集められ、聖女教育を受けていたから、アイリやクィンの様な平民は、意地悪の対象になりやすいのだ。少し考えれば、何故わざわざ、その様な所で平民の聖女候補を教育する必要があるのか、その実力を評価しての囲い込みとわかりそうなものだが、いかんせん、貴族の甘やかされ奢った少女達には、その思慮は無かった。
回廊の隅で空を見上げて涙を堪えていたクィンを見かけた時、アイリは何も考えずに駆け寄っていた。同じ様に家族から無理矢理引き離された異民族の2人の少女が仲良くなるのに、それ程の時間は必要無かった。
アイリはキャラバンで各地を旅していたから、この大陸で話される言葉は大体、聞き取る事が出来、挨拶程度の簡単な会話も出来たから、クィンにシャナーン語を教えつつ、内緒話を北方語でする事も可能だった。
一見、引っ込み思案の地味な子に見えるクィンだが、その薬草の知識は部族一で、騎馬民族としての武術(馬上での弓・槍)も人並みに使えた。こっそり、槍の使い方をアイリは習っていたりもしたのだった。
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「北、ねぇ。ミルちゃんがもう少し大きくなるまでは難しそうねぇ。」と母は眠っている弟を籠から抱き上げ、母乳をあげようと前をくつろげながら言った。
「それに王都にはしばらくいる事になるかもねぇ。」
「?どうして?」
愛しげにだが少し困った様にミルナスを見つめて、美貌の踊り子は語った。
「ダンのご両親がねぇ、ミルちゃんに会いたいんですって。アイリには、まだ教えて無かったかもだけどぉ、ダンはねぇ、実は、シャナーンの貴族なのよぉ。」
知っていた。正確には初代アイリが大聖堂に引き取られた後に、アルブレヒト王子と恋仲になってから、色々調べられたのだ。アイリ自身が知らなかった事実が幾つも出てきた中に両親の出自があった。
父は本当の名をドミートリィ・ナザレクトと言い、シャナーン王国の伯爵の三男だった。跡継ぎでも無く歳の離れた末弟は、騎士団に入り、南の大森林に魔物討伐に遠征した際、大怪我をしてその地に留め置かれた。そのドミートリィを治療したのが、南の森の紅蓮の魔女と呼ばれていた母であった。母がキャラバンで踊り子をしているのは、本当の姿・力を隠す為で、母の魔力は治癒魔法に限らず、その髪色からも予想される様に、強力な火魔法の使い手だったのだ。アイリが保護された時、焼き尽くされていた魔物達は、母が魔法で戦った結果だった。
ミルナスは父と同じ金の髪と緑の目をしていた。直系男子がいないナザレクト伯爵家がミルナスに会いたい、と言うのは、どろどろした貴族的政争絡みのきな臭さを予感させた。
「お母さんとユーリ姉さんとアイリは?」
物を知らない5歳児のふりでアイリは無邪気を装い尋ねた。母を困らせたい訳では無いのだが、この国の貴族には、思う所がある。
「アイリったら、全然、びっくりしないのねぇ、お母さんがっかりぃ。」
「!えーと、そんな事無いよー、すごい、驚いてるって。ワー、ビックリダヨー、シラナカッタナー。」
母の紅の瞳がチカリと光って、こっちを見た。
うん、確かにわざとらしいです。すみません。5歳児のふりは流石に2回もやり直して人生経験を積んできた心には無理があります。
アイリの中に何かを観たのか、紅蓮の炎を思わせる豊かな髪をかきあげ、母テラは軽く息を吐いた。
「まぁ、良いわぁ。私達はお留守番よぉ。だから、その間にもう一つのとっておきを教えてあげるわぁ。きっと、アイリも大興奮よぉ。」
「もしかして、お母さんとお父さんの馴れ初め?聞きた〜い。」
今度こそ顔を輝かせて、アイリはがばりと立ち上がって、母ににじり寄った。どうやって知り合って、恋をして、どうしてキャラバンと行動を共にする様になったのか、両親の出自を聞いてから、知りたくて知りたくて仕方が無かったのだ。きっと、物語の様な大ロマンスに違いない。
『馴れ初め、って。5歳児はそんな言葉知らないし。恋バナも5歳児じゃ無いでしょ。』
偉大な魔女は心の中で溜息をついた。