48 帰国命令
突然の、しかし、フェラ砂漠のスライムを報告した以上、全く予想出来ない事では無かった帰国命令。シャナーン王国で足止めされている現状、時期的にもこれから北方連山へ向かってのドラゴン調査は難しい。
ならば一度帰ってこい、と海賊貴族当主ブラフ・ガーネ・ラクシュ・ザ・フォースは言った。勿論、そこにはテラを連れて、の文言が含まれている。
当主の命令は絶対だ。ルーは帰らねばならない。多少、何やかやで時期を遅らせる事は可能だろう。しかし・・・。
《アイリ、済まない。アタシは北には連れて行ってあげられそうにない。》
帰国命令を受けて、調査団の副責任者のムニを筆頭にクルー達は慌ただしく準備に動き出した。取り残されてしまった形のラモンとヨシュア、アイリにルーは心から申し訳なさそうに謝罪した。
『こういう所、本当に大好き。』
お荷物でしかないアイリをここまで安全に連れて来てくれたのだ。感謝こそすれ、謝られる事など無い。
アイリは目を閉じて、自分の心に聞いてみた。自分はどうしたいのか?
クィン・リーを聖徒教会から逃すためにここまでやってきた。ルー達の助けが無くなるのは、本当に痛い。あてにしていたと言っても良い。
ここからは本当に一人だ。しかし、一人でもやろう、と思っていたはずだ。目の前で困り顔で立っている女性にずっと守られてばかりではいられない。
アイリはルーにぎゅっとしがみつくとその胸の中で呟いた。
《ありがとう、ルー。私は大丈夫。一人でもちゃんと出来るよ。だから、心配しないで。》
《アイリ・・・》
「あー、気持ちよく浸ってるとこ、悪りぃんだけどよ。俺様達の事はどうしてくれンの?」
『ラモン、あなたって人は』シモンのツッコミが入るが、無視。
「あー、空気読むとか無いから。サクサク、色ンな事、決めなきゃならんでしょ。俺様達は俺様達で好きに動いていいのかよ。」
「あの、ルーさん。帰る前にお願いがあります。ミルフォード公爵家のお茶会の招待を受けてもらう訳にはいきませんか?」
姉かもしれない人に会えるまたと無い機会なのだ。これを逃せば、一から伝手を作らなければならない。ヨシュアも必死だ。
帰国命令を盾に招待を断ろうと考えていたルーは、ヨシュアの言葉に首を振ろうとし、見上げるアイリの目にも同じ懇願を見つけて、開きかけた口を閉じた。
《帰国しなければいけないのでお招きには応じられない。しかし、折角のお招きなので参加したいと思うが、帰国延期の言い訳に、預言の聖女のお言葉が欲しい、って言うのは、どう?》
そしてその提案に目を丸くした。
「おっ、成程、こっちはわざわざ帰国を伸ばしてまでお茶会に参加してやんだから、それ相応の対価を示せ、って事か。この後、北に向うなら、そんな強気には出られなかったけど、帰るんならアリだな。愛し子ちゃんてば、意外と策士。」
面白そうに手を叩くラモンを睨み、期待を込めて待つヨシュアを見て、ルーは考える。そして、友人としてではなく、調査団の責任者としての意味を込めて、コルドー語で告げた。
「わかりました。アイリの案で行きましょう。ですが、ヨシュア。もし、この非常識な申し出が受け入れられず、お茶会が流れても、これ以上、私達はカトリーヌ聖女に関して、協力はできません。それは了解して下さい。そして、アイリ。」
アイリの高さに腰を屈めて、しっかり、目を見てルーは問うた。
「ここから先は自分一人で行く、と言うんですね。私はあなたのお父様から、あなたの事をくれぐれも頼む、とお願いされて、それを引き受けました。ですから、本当は、あなたを残して帰国などしたくはありません。お父様の私達への信頼を裏切ることになっても、それでも、行く、と言うのですか?」
前世でクィンが聖徒教会に聖女として売られたのは、税金が納められなかったからだった。クィンの村は北方連山の麓、通称ノルドベールにある、名馬の産地と銀鉱山で知られていた。元々はコルドー大陸を東西に横切る北方連山に沿って、馬を駆る遊牧民族だったのが、数百年前にシャナーン王国近くの山中にドラゴンが住み着き、魔物が激減した時、その地に根を下ろした一族だ。銀鉱山は年々産出量を減らし、代替産業として色々模索していたが上手くいかず、大人達は傭兵業で村を支えていた。しかし、それにも限界があり、ある年、とうとうどうにもならない事態にまで追い込まれた。
その時に、たまたま、徴税に来ていた役人が魔力感知能力を持っており、クィン・リーの聖女の素質に気がついた。王国では精霊付きが減少していることは周知の事実であり、たとえ辺境の生まれであっても、精霊付きは貴重。2年分の税金免除と引き換えに、クィンは聖徒教会に引き渡された。
以上が二代目アイリがクィンに聞いた身の上話の一部だ。
クィンの献身がもたらした2年の年月で、彼女の村は息を吹き返す。しかし、それをもたらしたのは、神と悪魔の植物と呼ばれる麻薬の原料だった。
クィン・リーがその若い人生を革命で失う直前、彼女の心は壊れかけていた。故郷に残した家族に託した彼女の研究の産物。植物学、薬学に詳しかった彼女が、魔法に頼らない医学の為に研究した植物が、彼女の手を離れ、本来の鎮痛剤としての働きではなく、幻覚・興奮剤、麻薬として裏社会で取引されている現実を。そして、自らの家族がその利益でしか生き残れない現実を知ってしまった為に。
だが、アイリは知っている。クィンの村が生き残る道がもう一つある事を。奇しくも、それも、彼女達の命を奪った革命で明らかになったことではあったが。
アイリは今回その道をクィン達に伝えるつもりだった。未来を知っている自分だから考えついた、言わば、卑怯な方法だ。だが、未来の知識を使わずに、など、やり直しの人生を始めた時点で不可能なのだ。5歳児らしく無かったアイリは、その言動で、彼女の人生だけで無く、家族や知人の人生まで変えてしまっているのだから。
アイリと出会わなかった、最初の人生でのルーは今頃は何処で何をしていたのだろう。間違い無く、シャナーン王都にはいなかった筈だ。
シモンは?ラモンは?ヨシュアは?
だから、今更だ。
「ごめんなさい、ルー。お父さんには、私がちゃんと謝るし、ルーが悪くないときちんと説明する。だから、行かせて欲しい。・・・でも、帰国の前に信用のおける商人を紹介してもらえるとすごく助かるの。できれば、魔道具に詳しい人で。」
「魔道具?」
その単語にラモンが反応した。
「迷惑かけっ放しなのにごめんなさい。そう、聖徒教会が嫌った、魔力を使わない動力源。それがあの北方連山の知られざる財産。それを買ってくれる商人に同行してほしいの。」




