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46 王太子のブレーン

アイリ達が魔石工房を訪れた翌日、孤児達が店にあったクズ魔石の籠と新しい籠を交換に訪れた。

「こんにちわー。」

「おっ、今日わ。今回は、少し売れたよー。」

「えっ、ほんと!?」

「はい、魔石の代金、銀貨5枚。」

「ありがとう!」

気をつけて帰れよー、と見送った店員だが、またこれ不良在庫だな、と首を振った。その翌日、先日のイーウィニー人が再び魔石工房を訪れ、クズ魔石を購入して行ったのは、彼にとって驚きだった。その直後、

「にいちゃん、魔石売れた?」珍しく孤児院の子が孤児院の院長先生と一緒にやって来た。

「ああ、今さっき、10個程買って行った子がいたよ。」

「子?」

「あ、はい、外国人の、イーウィニーの男の子が。」

興味深そうにクズ魔石の籠を覗き込んでいた孤児にしては年齢の高い少年が、しばらくして真剣な顔で院長先生に何事か囁いた。

「大変申し訳ありませんが、一度、この魔石達を持ち帰ってよろしいでしょうか?」

丁寧に頭を下げて帰っていく院長先生達に、店員は首を傾げた。「ここ数日は、魔石絡みで不思議が事が起こってるなあ。」


その日の夜。

「面白いね、カール。」柔らかい声の持ち主が、トントンと軽く膝を叩いた。

「魔物の魔石を見つけることのできる子供。まさに殿下が探していた人物なのでしょうか?」

答えたのは昼間、孤児院院長と魔石工房を訪れていた少年。

「かもしれないね。ハインリヒ、今、このシャナーン王国に滞在中のイーウィニーの方、と言うと、ブラフ伯爵令嬢の調査団だけだったかい?」

ハインリヒと呼ばれた青年は、手元の資料から一束、取り出した。

「仰る通りです。本来は北方連山のドラゴン調査が目的でしたが、ヴィエイラ共和国の御用商会フランク商会の護衛を兼ねてフェラ砂漠越えルートで我が国に7日前に入国されています。その際、砂漠に出現するという未知の魔物と()()遭遇しております。フランク商会からは、魔物の報告が商業ギルド経由で提出されており、現在、国王陛下を始め、参議たちで協議の最中なのは、殿下もご存知の通りです。」

「すると、かの御仁はスライムに直接相対している訳だね。流石は、海賊貴族と呼ばれる豪のもの。私とそれ程違わない歳から、魔物討伐の直接指揮を取られていただけのことはある。」

「彼の者は貴族とは言っても、守るべき国も民も持たない、所詮は海賊。我が君とでは、在り方が違います。比べる必要はありません。」

主人の言葉ではあったが、自己否定するようなニュアンスが含まれているのを敏感に感じ取り、右腕を辞任する側近は即座に強い口調で否定した。


ここはシャナーン王城の一画、第一王子宮。

当然、その宮の主人は第一王子アルブレヒト・フィラ・シャナーン、16歳。つい先日、立太式を終え、正式に王太子となった。大聖女となったダイアナ・ミルフォード公爵令嬢との関係も良好で、仲睦まじく二人で遠乗りに出かける姿も頻回に目撃されていた。


ハインリヒとカールは、共に5年前からアルブレヒト王子の側付きをしている。ハインリヒは地方男爵の次男で、王子より3歳年長。くすんだ金髪と水色の瞳をした見るからに鍛えてなさそうな優男だ。事務方のサポートを任されており、冷静沈着を心がけてはるが、非常に感情が豊かで、それを誤魔化したくて嫌味な感じの眼鏡をかけている。表面上の付き合いしかしなければ、それは見事に仕事をしていた。

カールはクズ魔石を扱っている孤児院の出身で、今回のように市井の情報収集や裏仕事のまとめ役をしている。清廉潔白な第一王子の影の部分を一手に担っており、王子より1歳年下だが、その育ちと仕事柄、ハインリヒより遥かに大人の対応ができる。日に焼けた小柄ながら筋肉質の体に人懐こい表情と焦げ茶色の巻き毛、青灰色の瞳は、人に警戒心を抱かせないが、王子と孤児院院長以外には王子の婚約者であるダイアナや命を預け合う同僚のハインリヒにも決して心を開いていなかった。


「ハインリヒ、カール、ブラフ伯爵令嬢とその一行に会いたいな。出来るか?」

「我が君、“出来るか?“ではなく、“やれ“と仰っていただければ、私もカールも、ご命令を叶えるべく動きます。」

「会ってどうなさるおつもりなのですか?それによって、こちらも準備を致します。」

性格の違いがこの対応の違いにも現れている。片や主君の願いをどこまでも叶えようとする思考、片や主君の本心を探ろうとする対応。

「会って、スライムの話を聞きたいだけだよ。父上達の会議の結果が出るまではまだまだ時間がかかるだろう?海賊貴族どのにしても、ヴィエイラの御用商会にしても、そう長い間王都に留め置くわけにはいかない。ただでさえ、他に目的があっての旅だ。会議の結果がどうであれ、近々、出立されるに違いない。その前に、ね。」

それにうっすらと笑みを浮かべる王子。


会って話がしたいだけなら、この王子宮に呼びつければ良いだけではないか?しかし、それだけではないのだろうことは、流石にそば近くに使える二人には察せられた。魔石の話の流れからの“会いたい“なのだから、本当に会いたいのは、魔物の魔石を見極めたイーウィニー人の少年、なのだろう。王子宮に呼び出した所で、そんな身分の低いと思われる子供を連れてやってくるとは思えない。


「ミルフォード公爵家の別邸をお使いになられますか?」

「あそこでしたら、殿下がお忍びで来られても、誰も不思議には思わないでしょう?」

その時、近くのソファに静かに座っていた女性が立ち上がった。

「ディ、頼めるかい?」

ディと呼ばれた女性は言わずと知れた、大聖女ダイアナ・ミルフォード公爵令嬢。いかに婚約者とはいえ、深夜に近い時間に男性だけの部屋にいるのは、貴族令嬢でなくとも褒められたものでは無い。

しかし、この場にいる者で、その様な事を気にする者はいなかった。彼らは5年前から、この国を良くするための“同志“だから。身分・年齢・性別に関わらず、この国の凝り固まってしまった社会に風穴を開けるべく、アルブレヒト王子の元に集まった“同志“。彼らはその中心グループだった。


「わたくしの大聖女就任祝いを三位一体教のブラフ・ガーネ・ラクシ・ザ・フォース 司教様から頂いています。その御礼にブラフ・ルー・ヴィシュ・ザ・フィフス伯爵令嬢をお呼びするという名目なら、角も立たないでしょう。」

「それに、ミルフォード公爵家が入国書を発行している旅芸人一座が、噂の調査団の技術者と知り合いのようで、彼らは一座の元に滞在しております。そちらを介して、招待状をお渡ししましょう。」

「それは・・・断りにくい、ですね。」少し引き気味のハインリヒに対し、カールは「流石は、ダイアナ様です。では、確実に招待に応じてもらえるよう、2、3便宜を図っておきましょう。」とにこやかに笑った。


「ミルフォード公爵家が入国書を発行した旅芸人一座?」

「ええ、アル様。」思いを込めてダイアナは頷いた。


それは6年前、現国王の在位20周年記念式典で訪れた王都の一画。小さな女の子が生まれて間もない赤ん坊を背負い、大きな飼い葉桶を抱えて、それでも楽しそうに歌いながら、動物の世話をしていた。

子供だけ、と不用心に思い、大人が来るまで見守ってやろう、と動いたのは何故だろう。

あの頃の自分は、何もかもに憤って、しかし、それを表に出せずに、鬱屈していた。ただ綺麗なだけの演劇など見る気も起きず、平民の娯楽なら、もっと熱い何かでこの身の焦燥を燃やしてくれるのでは、と微かな期待を込めて、市井に降りてみた。

その時、出会った幼女は、貴族に対して震える程緊張しながら、必死に馬の説明をしてくれた。その必死さが愛しいと思った時、素直になれた。やりたい事をやっても良いんじゃないかと思えた。側にディがいてくれる事に気がつけた。

思えば、あの子供と会えたから、今の自分とダイアナの関係、ハインリヒやカールとの出会いにつながっているのだ。

「そうか、あの一座。あの子はまだいるのだろうか。」

呟いた言葉は口の中に消えていった。



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