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45 工房街

《それで?ラモンは?》


ルーの機嫌は依然、悪い。

アイリはあの夜ラモンが魔力封じの魔導具を通じて連絡をしてきたが、どうやらこれには、盗聴・通信機能もあるらしく、初めてそれを知らされて、ルーが“ブチギレた“とムニから聞かされた。

《おかげで、大変っすよ。》

一番、ラモンと仲の良い、“砂漠の船“の操縦もできるインディーがぼやく。取り敢えず、ルーの開けた穴を誤魔化すために小細工をし、ラモンを“しばき“に行ってきた、との事。

その時、今日、この工房街で落ち合う話もつけてきたらしい。


事件のあった翌日は一日のんびりと宿で過ごし(衛兵隊の聞きとりはあったが)、一行は旅の疲れをとった。フェラ砂漠のスライムの問題は、商業ギルド経由で王城に報告され、ルー達の手を離れている。念の為、急な呼び出しが来る可能性も考え、宿には留守番を残し、王都散策と称して、アイリ達は出掛けていた。


出掛けた先は、様々な工房が立ち並ぶ一画である。


北方連山へドラゴン調査に行くなら、ここで冬の装備を整える必要があった。ヴィエイラを発ったのが秋の始まりとは言え、熱砂の砂漠を旅するための装備と冬山では、考える必要もなく別物だ。防寒具はクィンの村辺りで揃えるとして、先ずは北へ向かうに足る暖かい服が必要だった。


この工房街は、武具工房、防具工房、魔道具工房、錬金工房などが集められており、その中に服飾工房もあった。貴族のドレスなどは、貴族街に大きな店舗があるが、仮縫いや仕上げ一歩手前まではここ、服飾工房で作られている。


落ち合うのは防具工房の辺り。流石に連れ立って移動するのは目立つので、ある程度、長い時間を同じ空間にいても不思議ではない工房を選んだ。


合流までに時間があった為、一行は興味の向くままに色々な工房を覗いて回った。その中の一つ、魔石工房の入り口に、籠いっぱいの小さな魔石が売られていた。


アイリは、籠の前にしゃがみ込むと、魔石を覗き込んだ。

「あー、どれでも好きなのを好きなだけ選んでくれて構いませんよー、って、言葉通じてる?」

工房の棚を整理していた店員が声をかけてきたが、客が外国人と気付くと、途端に及び腰になった。ルーを見上げると、《アイルはわからないふりをしておけ。アタシが通訳する。》と言った後、続けた。「アー、ワタシ、コルドーのコトバ、ワカリマス。コレ、ミンナ、魔石?ネダン、一緒?」


ホッとした表情の店員はまだ幼い、と言って良いぐらいの青年で、ひょいと近くのザルを取ると、「クズ魔石だからな、大した魔力は残っちゃいない。それでも良けりゃ、このザルに入れて、持ってきて。重さで値段つけるから。」

《魔石が欲しいなら、ちゃんとしたのを買ったらどうだ?》

《うーん、これは、ラモンに、と思って。》

《ラモンに?》

鼻の頭に皺を寄せ、露骨に嫌な顔をしたルーに、店員はびくりとした。

「あー、お客さん、わざわざ、外国から来てくれたから、安くしますよ。」

《うん、ラモンなら、きっと、これぐらいの大きさの魔石でも色々作れると思うんだ。それに、この中に、魔物から取った魔石もあるし。魔物の魔石って、心臓でしょ。どんなに小さくても、命のかけらだと思うんだ。だから。》

《・・・そうか。》

《魔物の魔石とそうでない魔石と区別がつくのか?》

《うん、何となくだけど。でも、そう思うだけかも。》


そう言って、アイリはいくつかの魔石を拾い上げた。

結局、籠一杯の魔石のカケラから、8つの魔物由来の魔石を見つけた。大きさも属性も様々なそれを、アイリは店員のところに持って行き、差し出した。

「はい、ちょっと待って。これだけで良いの?銀貨3枚になるけど、これから寒くなるから、火の魔石とかもどう?」

ルーをチラチラ見ながら、セールストークも交え、青年は厚手の布袋に入れてくれた。


《銀貨3枚?安くない?》

振り返るアイリに頷いて、ルーは支払いつつ尋ねた。

「オー、アリガトございマース。魔石はココでしか、手にハイラナイ?」

「あー、これは、孤児院から委託されて置いてるんで、多分、他の魔石工房には無いんじゃ無いですか。明後日にはまた入庫予定ですよ。」

「ソレはイイ話、キキマシタ。デハ、また、キマス。」


その後、何件かの魔石工房を回ってみたが、魔物の魔石の値段は、どこも、親指の爪ぐらいの大きさであっても、銀貨5枚はした。ある店では、旅行者と見てその倍、銀貨10枚をふっかけられた。

《これって、魔物の魔石なのに安すぎだよね。》

《カケラだし魔石の違いに気が付かないんじゃないか?孤児院からの委託とも言っていたし。アタシもじっくり見ないと区別がつかん。》

《わしらには全く、そこらの石と言われてもわからないのもありますぜ。特に魔力のほとんど残ってないやつは。》

そうなんだ、と袋の中の魔石を覗き込む。

《魔力を再充填したら、結構、使えると思う。ラモン、喜んでくれるかな。》


『おう、俺様がどうしたって?』

《!?だから、突然、声をかけるな!》

いきなり、叫んだルーにびっくりして見上げると、魔力封じの魔導具を握りしめ震えていた。

『いつまで経っても、防具屋に来ねーから、連絡したんだっちゅーの。』

カッと赤くなってルーは声を低めた。《どこの防具工房だ?》

『表に魔獣の革鎧が並んでる店。』

そして、また、遠話は突然切れた。《あンの野郎・・・。行くぞ。》

怖い、ルーってば、怖いです。大股でガシガシ歩くルーをアイリは走って追いかけた。後で、ムニやインディー達がため息をつくのがわかった。


目的の防具工房の前でルーは待っていてくれた。ラモンと喧嘩になっていなくて良かった、と思う反面、彼女の顔が、仮面のように表情を失っている事に、アイリは気がついた。

《ルー?》

《ムニ、アイルを連れて待機。インディーと他2人、アタシについて来い、他は散開してアイルの護衛。》

それは、間違いなく海賊貴族次期当主の命令で、皆は無言で頷くと、アイリはふわりとマントに包まれて、すぐ隣の裏路地に引き込まれた。

カラン、と防具工房のドアにつけたドアチャイムが鳴る。

アイリは息を詰めて、気配を絶った。


しばらくして、もう一度鳴ったドアチャイムと共に、聞き知った声が聞こえてきた。

「じゃあ、来週、また、来るわ。もうちっとマシな鎧用意しとけよなー。」

「ちょっと、ラモン、黙れよ。すみません、ごめんなさい。よく言っとくので。」

「失礼します。」

防具工房から出てきた3人組は、口論しながら、アイリの潜む路地の前を通り過ぎる。

「もう、ラモン、一体何がしたいのさ、防具工房を見たい、って言うから、わざわざ連れてきたのに、何なのあの態度。喧嘩売ってるの?」

「けっ、あんな防具じゃ、重いだけで、役に立たない、って本当のことじゃねぇか。魔力付与すらしてないって馬鹿にしてンのかちゅうの。」

「ラモン先生、魔力付与は普通の防具職人には出来ないんですよ。あなたが特別なんです。」

「おう、俺様は天才魔導師だからな。」

「そういうことを言ってるんじゃねーよ、馬鹿ラモン。」

「ああん、ガキンチョ、誰に物言ってんだ。」

「もう、こんな道の真ん中で喧嘩はやめて下さい。」


陰から、アイリはナキムをそっと観察した。

身長はヨシュアより拳一つ程高い。横幅も随分広くなった。まだ幼さの残るヨシュアに比べ、日に焼けて、全体に筋肉がついた体格のナキムは同い年であるにも関わらず、大人びて見えた。その足元には白い猿の魔物。今は首輪にロープを付けられナキムに従っていた。

そのピノは、隠れているアイリを見つけると、一瞬立ち止まったが、ナキムがラモンに食いついて足早に移動するので、振り返りつつも去っていった。


去って行く後姿を見続けていたアイリは、ルー達が店を出たことに全く気が付かなかった。時間を置いて、ムニが移動を促した時、初めて、自分が長い間、そうしていた事に気がついたのだった。


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