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44 シャナーン王都初日

一方、宿に一人残ったルーは、先程受け取ったメモを不機嫌に眺めていた。アイリからカタリナ=カトリーヌ聖女の話を聞いて、密かに調べさせていたシャナーン王国の調査の最新報告だ。やはり、と言うか、状況は、夏の初めより悪化していた。

この年の“精霊の輪くぐり“で魔力持ちと認められた者の数は、昨年の2倍近くになっていた。その殆どが平民で、これまでは、祭の行事の一つとして希望者のみ参加できるものだったが、今年は、神殿の入り口に“輪“が設置された為、神殿内に入る者全員が“精霊の輪“をくぐったのが、増加の原因と考えられた。そして、魔力持ちと認められた者の、ほぼ全員に神殿は、“洗礼“を与えていた。その内の何人が聖女候補となったのか、そこまでは報告書は書かれていない。調べられなかったのだろう。夏至祭に紛れて、神殿内に潜入しようとした協力者は、本殿に近づく事すら出来なかった、と言う。


『アイリを連れてくるべきではなかったかも知れない。』


ここまで聖徒教会がなりふり構わず、魔力持ちを集めているとは想像外だった。こんな状況で四属性の契約精霊持ちとバレたら、いかにイーウィニー海賊貴族次期当主の侍女とは言え、正式に聖徒教会から、アイリを聖女に認定するから引き取りたい、と言われてしまえば、国際政治上、断れない。


だから、ルーはアイリをイーウィニー人の少年に見えるように変装させた。

聖徒教会の選民意識は、他国人を下に見ている。イーウィニー人の魔力がコルドー人より多い事を決して認めようとしない。更に、他宗教の信者であれば、もう教会に足を踏み入れる事すら拒否するであろう。例え、何かの事故で、アイリが身につけている魔力封じの魔導具が壊れてしまい、精霊が顕現したとしても、有無を言わさず聖徒神殿に連れ去られることは無いはずだ。苦肉の策だったとは言え、オベリスクでの出来事以降、塞ぎ込みがちのアイリに笑顔が戻ったのは嬉しい誤算だった。


しかし、ナキム。彼の背景はラモンが探ってくるはずだ。探索に長けた部下も数人貼り付けておいた。後は、報告を待つのみだが・・・。


6年。


ナキム達のキャラバンと別れてから、6年の年月が経っていた。その間、キャラバンは何度かヴィエイラ共和国を訪れる事もあり、最初の何年かはスン村まで足を伸ばしてくれる者も数人いた。しかし、その中にナキムはいなかった。単純にアイリの事など忘れてしまっていたのかも知れない。5歳の幼児が11歳の少女になったのだ。この6年と言う歳月は大人の時間より子供の時間の方が何倍も長く感じられるものなのかもしれない。


《忘れているのならば、それが一番だ。》


思わずそう呟いていた自分の声が耳に届いて、ルーは苦笑した。自分もアイリを笑えない。同じ様に心の声が外に漏れていた。


ラモンの遠話の魔導具を使い、いくつかの中継点を介して、フェラ砂漠の未知の魔物についての報告は、ヤパン海の群島にあるブラフ海賊貴族の本拠地に既に届けていた。当主の意向も近いうちに届くだろう。シャナーン王国内では魔力封じの魔導具以外はなるべくラモンの魔導具の使用を控える様に全員に通達していた。その為、本国からの連絡は、西の国境からは、早馬を使う事になる。

場合によっては、ドラゴン調査は中止になる可能性もある。時期的にもこれから北方連山に向かっても、着く頃には彼の山は人の立ち入りを拒む雪に覆われている頃だろう。アイリの願いは叶わないかも知れない。少女のがっかりしながらもそれを見せないように気を使うだろう様子が容易に想像できて、ルーは気が塞ぐのだった。


市場を満喫したアイリ達が、帰ってきたのは宿の夕食前。散々、買い食いをしたにも関わらず、食事を頼む男たちに目を丸くして、アイリはルーにお土産の花茶を渡した。酒酒、と騒いでいても、実はこの旅の間、彼らは、殆ど飲酒をしていなかった。どんなに少量でも、アルコールが勘を鈍らせることを、彼らは実体験で知っているからだ。楽しく、カップをぶつけていても、中身はお茶や水だったりする。そんな彼らに少しでも美味しいお茶を飲んでもらいたいと、見た目にも楽しい花茶を選んでみた。

《これ、お茶なんだって。お湯を注いだら、この鞠みたいなのが、少しずつ解けていって、花が開くように広がるんだって。そうしたら、飲み頃、らしいよ。》


宿の人に頼むと、大きめの玻璃のボウルを貸してくれた。その中に、鬼灯に似た茶葉の団子を入れて、熱湯を注いだ。

やがて、一枚、また一枚、と外側の葉がゆっくり開いていき、中心の鬼灯の実に当たるお茶の葉団子も捻れながら解けていく。

透明な玻璃の器のおかげでその様子がとても良く見えた。

《綺麗だな。》

感心したルーの声に、話には聞いていたものの初めて見たアイリも頷いた。お湯は花開く茶葉を中心に次第にオレンジ色を濃くしていった。立ち上る香気はふくよかだ。

《うん、美味しい。》

ルーがお茶好きなのは、初めて会った日に、航海に色々なお茶を持っていく、と話していた頃から知っていた。喜んでもらえて良かった。周りの海賊達も茶碗に分けてもらい、味見をしては頷いているので、皆の好みにも合ったのだろう。

《保存が効くし、嵩張らないし、軽いから、船旅でも大丈夫かな?も一つ、団茶って言うのも買ってきたんだ。これは、お茶の葉を蒸して固めたものらしくて、硬いパンみたいで・・・》

楽しそうに話すアイリに、楽しそうに聞く仲間達。シャナーン王都の初めての夜は何事もなく更けていった。


アイリが眠った深夜、ルーは宿の外で、王都中に散らした仲間達から報告を受けていた。

《お嬢、宿の周囲に不審はありません。あの猿を連れたあんちゃんは、城壁外のキャラバンに戻りました。見張りは付けてます。シモンの旦那とヨシュアも一緒です。》

《あの二人も?》

《どうやら、ラモンのバカたれの考えの様です。》

ふむ。

ヨシュアが元の家の近くに戻るのは反対だった。そう言う意味では、王都城壁外と言うのは悪くない。更に、偶然で片付けるには、いささか不安の残る幼馴染との再会。その背景を探るにも、しばらく行動を監視させてもらえるなら、ありがたい。

《そうか、お前達の見たところはどうだ?唯の偶然だと思うか?》

《胡散臭さは拭えませんが、ユーリとあの猿の少年の兄は連絡を取り合っている様ですから、こちらの動きを予想していた可能性はありますかと。》

《ユーリと?ああ、そう言えば、キャラバンに思い人がいたんだったか。全く、ユーリは少し危機感に欠けるんじゃ無いのか?》


「あー、今日の事は本当に偶然だ。」


突然、魔力封じの魔導具から、ラモンの声が聞こえてきて、ルーは驚いて息を呑んだ。

《ラモン!お前!》

わなわなとルーが震えた。


「何だよ。俺様の魔導具には追跡の魔法が組み込んであるのは、もう知ってんだろ。今更、何驚いてんだ。」

《違う!!何でここの会話がお前に聞こえてる!そして、何故、お前の声がこっちに聞こえる!》

「ふっ」

《ふっ、じゃない!どこにいる!出て来い!》


本当に、ルーをここまで怒らせるのは、ラモン以外にはいない。


《お嬢、声が大きいです。》

周囲を見回しながら、影に潜んでいた部下が、背後を守る様に現れた。《それにあのアホはここにいません。》


「あんまり長い時間、魔導具使いたく無いんだっけ。手短に言うと、俺様達は、ナキムのキャラバンとしばらく一緒にいっから、よろしくって事で、じゃ。」

《・・・》


しばらく待っても、魔導具からは何の反応は無かった。どうやら一方的に話して、遠話の為の魔力を切った様だ。はぁーっと、長く細く息を吐いて、ルーは気持ちを落ち着かせようとした。が、失敗。手近に落ちていた石を拾うと力一杯、地面に叩きつけた。ドゴンと言う低い音と振動が、周囲に広がり、石は粉々に砕け、石畳は浅く抉れた。


《お嬢・・・。》

《・・・すまない。》

後は片付けておくので休んで下さい、と肩をすくめた部下に言われ、ルーはトボトボと宿に戻っていった。


翌日、宿の裏手に壊れた巨大な樽が落ちていた。昨夜の物音はこれだったのだろう、と宿の者達は納得したが、誰が、何を、何故夜中に運ぼうとしたのか、と首を傾げた。この件は、王都の衛兵隊に報告され、イーウィニー人に対する嫌がらせの可能性を疑われたが、特に被害が無かったことから、大事にしないように海賊貴族次期当主から直々に申し出があり、早々に調査は終了となった。

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