42 火と風の精霊
フェラ砂漠の未知の魔物の正体はスライム、しかも寄生するタイプとルー達は結論付けた。元々、詳しく調べる時間的余裕はないため、今回の報告をもとに再調査が必要なことは始めからわかっていたことだが、ラモンの魔力封じの魔導具が魔力酔いの予防に効果がある事が証明された。一方、魔力が封じられた時の戦う手段が課題として残された。
腕に自信のあるブラフ海賊団の猛者達である。当初は刀の一本あれば、魔物退治など容易い、とたかを括っていた。勿論、実力は十分なのだが、スライムとの遭遇の時には驚きもあって、全く動けなかったのだ。結果、アイリに、11歳の少女に助けられる事となった。
魔力に頼らない武器と防具、移動手段が必要だった。そして、そのどれもがラモンの魔導具に頼らざるを得ないだろう。今回、迅速な離脱が可能だったのも、散々遊び倒した一人乗りの“砂漠の船“のおかげだったのだから。
そのラモンは実はしばらくなりを潜めている。今、表に出ているのはシモンで、ずっと車の中で、集めたスライムの肉片入りの砂を調べていた。ほとんど食事も摂らず引きこもってばかりのシモンを心配したヨシュアが覗きに行くと、今度はヨシュアが戻って来なかった。流石にこれは不味いだろうと、数人がかりで様子を見に行けば、散らかった車内を懸命に片付けるヨシュアとその横で、ブツブツ言いながら、何かを混ぜ合わせ、切り刻み、凍らせ、そしてメモを取るシモンの鬼気迫る姿に、そっと扉を閉めて帰ってきてしまった。
最終手段として、ルーがシモンをそっと気絶させて(ルーはシモンには優しい、ラモンなら殴り倒していた)、ヨシュアを解放した。
目を覚ましたシモンが、ヨシュアに平謝りに謝った後、嬉々として研究経過を話し始めた時、ルーは静かに肩を叩いて、首を振った。
スライムとの遭遇の後、強行軍での脱出中にアイリは目を覚ました。そのまま、他の人と交代して見張りを務め、ずっと眠っていたから、と見張りを続けた。周囲は気を遣いながらも、なるべく普段通りに接しようとしていた。シモンには会えなかったが、ルーにはぎゅっと抱きしめられ、ヨシュアはポツリと「おはよう。」と言ってそっぽを向いた。
目が覚めた時、アイリは自分がどこか変わっただろうかと考えた。眠っていた時もこれまでの様に前世を思い出すことは無かった。ただ、拘束の解けた火と風の精霊をこれまでよりも身近に感じる様になっていた。
この子達は、火と風の精霊は、お母さんの精霊だった。あの惨劇の中、死の直前に母は自分の精霊にアイリを託した。本来、契約者が死んだ時、契約精霊は解放される。だから、あの二体は、テラが死んだ後、アイリを守護する義務は無かった。そうしてくれたのは、彼らがテラを愛していたから。その娘、家族と仲間を失いたった一人になってしまうアイリを心配してくれたから、アイリに付いていてくれたのだ。そして共にやり直しの生を送ってくれている。
でも、初代は気が付かなかった。当然、二代目も知らなかった。ただ、知らずに、知ろうともせずに、守られてばかりいた。今世のアイリが、事実に気がついたから、火と風の精霊の拘束は外れたのだ。契約を結び直し、新しい名前を与えた事で、メテウスとウィンディラはアイリーンの契約精霊となった。だが、それを知った事でまた一つ疑問が出てきた。今のテラの精霊と彼らとの関係だ。元々は同じ精霊のはずなのだが、もう別の精霊と考えて良いのだろうか?
そして、土と水の精霊は?名付けたのは二体のみ。母が付けてくれた精霊は本当は四体だった?その可能性は低いとアイリは考える。何故なら、スライムに襲われるあの瞬間に顕現したのが、火と風の二体だけだったから。前世の契約者の死の原因となった魔物に対し、元とは言え、契約精霊が黙っている程、絆は弱くないから。それならば、この子達は母以外の誰かの契約精霊だったのだろうか?自分で探しにいかなければ、答えは見つからない。そしてきっとその答えは、聖女になった初代アイリが死ぬ直前までの出来事にある。何故なら、2代目アイリがやり直した時には、四属性全ての精霊持ちだったのだから。
念のため、ラモンに精霊の様子を教えてもらおうと思うが、それも、もう、確認の為の作業に過ぎない。最初に精霊が拘束されている、と聞かされた時に比べると、気にならなくなっていた。
スライムは、怖かった。
どうしてあの時、足が動いたのか、本当に不思議だ。
ただ、鷹を飲み込もうと広がった姿に、前世で馬車に覆いかぶさっていたあの夜のスライムが重なった。キャラバンの仲間たちの命を馬車毎飲み込んだ。声を出すことなく、消化されていく。鷹の後はルー達が狙われる。ラモンもヨシュアも。アイリを仲間だと言ってくれたブラフ海賊団の人達も。お母さんは、スライムは貪食だ、と言った。目に入った命を狩り尽くす、と。
嫌だ、と思った。守りたい、戦わなくちゃ、と思った。今、この手には武器があって、食われるにしても、黙って食われるなんて、許されないと思った。スライムの倒し方は母が身をもって教えてくれた。なら、やるしかない。
正直、精霊達が助けてくれなければ、そして、スライムが逃げていかなければ、今、ここに生きてはいないのだろう、と思う。
何故、スライムは追って来なかったのだろう。“寄生“のスライム、そう名付けられたフェラ砂漠のスライムの特性かもしれない。そういえば、最初に襲われていた鷹も消化吸収されてはいなかった。シモンが研究しているらしいので、何かわかったら教えてくれるだろう。
そんな事を考えながらも、旅は進み、その後は大きなトラブルもなく、フェラ砂漠を超えた。今後、この砂漠越えルートは閉ざされることになるだろう、とルーは言う。スライムと言う脅威をどう捉えるかは、各国政府に委ねられるとして、冒険者や傭兵達に調査依頼、討伐依頼が出されるだろう。炎天下、足場の不安定な砂漠、魔力を封じられての戦い、どれも簡単に解決する問題ではなく、入念な準備が必要だ。
ルーは、イーウィニー本国のみならず、レオナールにも緊急連絡を送り、国としての対策が必要と報告をあげ、同行していた御用商人もヴィエイラ共和国国主と商業ギルドに同様の書簡を送った。
フェラ砂漠を抜けたところで当初は護衛任務は終了のはずであったが、スライムの件は、シャナーン王国にも報告すべきと判断した一行は、情報の重要さを鑑み、共に王都を目指す事となった。




