4 対策を練ろう
頑張ります
『3回目の今は、5歳からのやり直し。だけど、聖女の力は最初から使える。ううん、ひょっとして気がついてなかっただけで、2回目の時も使えていたのかも。そうじゃ無いと、いきなり聖女認定なんて有り得ない。やり直す前の記憶があるんだし、魔力も持って戻ってる、と考えるべき?』
夜には子供は早々に自分達の馬車に戻される。小屋をかけている期間は、冬季や悪天候で無い限り、大人達はテントで子供達は馬車で夜を過ごす。宿を取る事は殆ど無い。大人は交代でキャラバン全体の見回りをするのだ。他所者に対し、良からぬ事を考え、行動を起こす者は何処の土地でも必ずいるのだから用心するのは当たり前だ。
隣で眠っている姉と弟の顔を見て、アイリは過去2回の人生で起こった出来事を振り返っていた。手元に仄かな魔力の明かりを灯し、思いつくままに小さなノートに書き出していく。
1回目
15歳:魔物の群れに襲われ、皆、死んでしまう。聖女の力が目覚める。大聖堂に引き取られる。アル様に会う。
18歳:魔人討伐に行き、死ぬ。
「何か、つまらない人生?うーん、後、思い出せる重要そうな人も、書いておこう。うっかり会わない様にしなくちゃね。」
さすがに誰かに見られた時に困るから、名前の一部だけ。
アル様、ダイ様、・・・・
え!?これだけ?う、気を取り直して、2回目
2回目
10歳:前世を思い出す。精霊の輪くぐりで聖女の力がバレる。大聖堂に強制連行。
12歳:クィンちゃんと会って親友になる
17歳:各地で暴動発生
18歳:王都で革命、死亡
あれ?
ま、今はこれで良いや。後からじっくり思い出そう、とアイリはノートを隠すと眠る事にした。
ランバード辺境伯領はシャナーン王国の東に位置する為、東からの旅人はほぼこの地を経由して王都へ向かう。アイリ達の様な彷徨い人への差別意識が低い事から、キャラバンは毎回、同じ村々を回るルートで王都へ進んでいた。両親より上の世代では、村に知り合いもおり、時には屋根の下で眠る事も出来た。
馬車の後ろでのんびりと雲を見上げながら、弟のミルナスが寝かされた籠を左右に揺らして、アイリはこれからどうすれば良いかを考えていた。
『目標は18歳より長生きする事。取り敢えず、聖女の力は隠す。絶対、聖堂には近寄らない。後、シャナーン王家にも。15歳からは要注意。死亡原因に繋がる事件がきっと起こる。でもそれは一つじゃない。だって、2回目では、魔物の大量発生は起きなかった。聖女の皆と頑張って魔物討伐に行ったからだと思う。でも、その代わりに蝗が隣国の畑を全滅させて、難民がシャナーンに逃げ込んで来て、疫病が流行って。暴動。革命。』
ふぅ、とアイリは溜息をついた。2回目の人生ではランバード辺境伯の養女にされてから、家族とは連絡が取れなくなっていた。王都で暮らしていたせいもあるが、手紙が聖堂関係者によって、止められていたのだ。それを知ったのは、家族が疫病で死んだと知らされた時。何年分もの手紙の束と共に受け取った知らせに、アイリは心の底から聖徒教会を憎んだ。自分が送った手紙すら出されていなかった。両親は姉や弟は、返事を寄越さない彼女に、それでも、自分達は元気でいるから心配しない様に、アイリも無理をせず身体を労わる様にと書いて寄越していた。
思い出すとキリキリ胸が痛む。目の奥が熱くなる。
ぶんぶん頭を振って、涙を振り払う。大丈夫。今回は、5歳からのやり直し。10年あれば、2回目以上に色々出来るはず。
「先ずは味方を作る。」
「なあにぃ、味方って。」
言葉にしていたらしく、母が繕い物から顔を上げて、こちらを見た。
「うーん、ナキム以外の友達?出来れば女の子がいいなあ。」
見上げるように振り返って、アイリは答えた。実は心当たりはあるのだ。これから向かう王都に一人、北方連山の麓に一人。どちらも簡単にはいかないのは分かっている。
先ず、王都の心当たりはダイアナ・ミルフォード公爵令嬢。アルブレヒト王子の婚約者の聖女。1回目の人生で、似非勇者にアイリを殺させた女性だ。何故そんな彼女を味方にしたいのか。単純な話、彼女には力がある。権力も財力も聖女の力も。そして、知恵があり、少なくとも前世ではシャナーン王国の民を愛していた。
冷静に客観的に考えたなら、初代アイリは周りから見て嫌な女だった。いきなり現れて、王子に大切にされ、世界中の不幸を一身に背負った様な態度で溢れる魔力の制御もろくに出来ない危険な存在。多分、アイリと魔人を戦わせ、弱った所でとどめを指すのが、似非勇者に与えられた使命だったのだろう。残念ながら、魔人が強すぎて倒す事が出来ず、封じる方針に切り替えざるを得なかったのだが。それは、アイリしか知らない事実だ。
2代目アイリは大聖堂でダイアナや他の聖女と過ごす内に、次第に初代に見えていなかった事に気がついていった。陥れられた事は許せないが、恐らくアイリがいなければ、ダイアナ自身が魔人討伐に行っただろうと信じられる程に、彼女は世界の為に動く人間だった。苦手意識はあるが、味方に付ければ、頼もしい事この上ない。
そして、北方連山の麓には2代目アイリの親友クィン・リーの村がある。王都に連れて来られてからずっと悲しんでいた彼女を故郷から引き離す事はしたくない。彼女が聖女候補と推薦される前に接触して、なんとか阻止しなければ。その上で彼女と彼女の一族に協力を頼むのだ。クィン自身は優れた薬師だったが、一族は騎馬の民で、赤ん坊は歩くより馬に乗るようになるのが早い、と言われ、人馬一体の見事な武術を披露する戦闘民族でもあった。
「お母さん、王都の次は何処へ行くの?」
「王都に着いてもいないのにぃ、もう次の話ぃ?」と母はクスクス笑った。
「だって、王都じゃ、友達作るの難しそうだし。」
「そうねぇ、アイリは行きたい所はあるのぉ?」
「今は思いつかないかなあ。でも、北の方へは行ってみたいかな。」