39 未知の魔物考察
炎天下を避け、夕方から明け方まで、主に夜間に砂漠を進む。魔物の出現は夜間の方が圧倒的に多いが、ルー達は手練れだ。魔物の近接を許すことはほとんど無かった。翌日のオベリスク調査を控え、その日は早めにキャンプを張った。
オベリスクは手が届きそうな近さに見えたが、これでも、砂漠トカゲで4時間は走る距離にある。この辺りですら、魔力が肌に刺すように感じられる。
商会関係者、ブラフ海賊団からも数人の護衛を残し、使い魔達とはここで別れる。その為、地の精霊の力をかり、巨大な砂のドームを作り、砂漠トカゲ車ごと覆った。もし、魔物に襲われても、この中なら安全だ。
明朝早くの出発に向けて、皆準備に余念がない。
封印の魔導具は装着している間、装着者の魔力を体外に漏らさない。外界の魔力の影響も遮断するため、装着するとホッと息をつく余裕ができた。
《魔力が封じられて、落ち着くなんて、変な話だな。》
ルーは自分の剣に付与されている火の精霊の様子を確認しながら、そう言った。《アイリは大丈夫か?ヨシュアはどうだ?》
アイリはボウガンの鏃の手入れを終え、次に槍を引き寄せた。ボウガン本体には風の精霊に、槍には火の精霊に付いてもらっている。水と土の精霊は魔石の中で待機だ。
《四人とも問題ない、って。》
「僕は魔力の有無に左右されないから、いつも通りです。」
黙々とヨシュアは魔導具の三節棍の手入れをしていた。分解し、部品を磨き、魔石の魔力残量を確認し、再度組み立てる。腰には、2本の短刀。
私塾の授業で、魔物との実践経験も積んでいるおかげかヨシュアも落ち着いていた。
《未知の魔物って、結局出て来なかったね。》穂先を磨きながらそう言ったアイリに、ルーが肩をすくめた。
《それはどうかな。》
「?」
ヨシュアも手を止め、海賊貴族次期当主を見た。
《アタシらが調査に来たのは“未知“の魔物、だ。普通に襲ってくるとは限らないし、ひょっとしたら、もうどこかですれ違っていたかも知れない。そうと気付かなかっただけで。》
《えー、でも、気付かなかったら、調査にならないよー。》
そりゃそうだ、とルーはそれは楽しそうに笑った。
《“未知“のものに対して、予想を立てるのは危険、って事さ。アタシらブラフ海賊は海での魔物狩りを得意にしてる。海の生き物は陸の生き物より遥かに多様だ。これまで見たこともない生き物も毎年発見されている。そんな生き物が魔物化した奴を狩らなきゃならないことも多い。そんな時に、そいつがどんな行動をとるか、なんて予想を立てて裏をかかれたら全滅だ。下手に予想なんか立てずに、その場その場で最適と思った行動をする、臨機応変、って奴だ。》
『うぅ、苦手かも。』視線を泳がすアイリに対して、ヨシュアは大きく頷いた。
《あ、わかります。何が出て来ても対応できるよう、余裕を持っておくように、と言うことですね。》
「あー、俺様、それ得意。」
後ろから抱きつくようにヨシュアの肩に両腕を回して、ラモンが現れた。
《馬鹿もの、お前の場合は、いい加減、適当、行き当たりばったり、と言うんだ。》
ルーの罵倒もへらりと笑って聞き流して、「でもさー、未知の魔物、って聞いたら、どんなの想像する?」
《ラモン!話を聞いていたくせに、先入観を持たせるような事を聞くな。》
「いやいや、お嬢さん、それこそ、どんな先入観を持っているか知る為だって。はい、愛し子ちゃん。」
突然、話を振られたアイリは慌てながらも、今のルーの話と合わせて、考え考え、これまでの魔物と違うものを思い描こうとした。
《まず、ルーが言ってたみたいに、発見されていない生き物の魔物、私はこれしか考えてなかった。でも、それ以外、となると・・・。》
「知ってる魔物でも行動パターンが全く異なると別種・未知の魔物と勘違いされる事もありませんか?」
「おっ、流石、ヨシュア。いいねぇ。」
尊敬するラモンに褒められてヨシュアは嬉しそうだ。
《行動パターン。ふむ。ありそうだな。目撃証言の時間や天候なども洗い出してみよう。》
「ほれほれ〜、愛し子ちゃん、負けてるよ〜。」
「むむ、勝ち負けじゃないもん。」
口ではそう言ったものの、一度固まってしまったイメージはそう簡単に崩れない。ラモンの揶揄うような視線に追い詰められて、もう、どうにでもなれ、とアイリは一番ありえなさそうな例を挙げた。
「植物や鉱物、昆虫の魔物!!」
《・・・いやー、いくらアイリの言うことでも、流石にそれは賛成できないな。昆虫は、精霊より小さいし、植物は移動出来ない。鉱物は生き物ですらないぞ。》
《だよねー。》
優しくルーに慰めてもらいながら、アイリは爆笑するだろうラモンをジト目で見上げた。しかし、そこには・・・。
「ラモン先生?」
ヨシュアの肩に腕を回したまま、硬直するラモンの姿。数秒の後、
「ちょっとー、もう、愛し子ちゃんたら、何、それ。超天才的発言。そうだよなー、今まで魔物化していないからって、出来ないとは限らないじゃん。やっべー、何それ、すげぇこと思いついた。」
一人でぶつぶつ言いながら、ラモンは立ち上がると足早に去っていった。もうその目には、アイリ達は映っていなかった。
《シモンさん、明日、起きられるかなあ。》
多分、何か魔導具のヒントをアイリの言葉から得たのだろう。きっと、今晩は眠らずに取り組むつもりだ。残された三名はこっそりシモンを思って溜息をついた。
翌朝、彼らは2台の車に分乗し、オベリスクに向かう。
《皆、準備はいいか?ここからは、魔力は基本使えない。忘れるなよ。ラモン、お前の魔導具が頼りだ。真面目にやれよ。》
「へいへーい。みんなちゃんと魔導具持ったー?具合悪くなったらすぐ教えてねー。」
一睡もしてないんです、と目の下に隈を作ったシモンは早々に引っ込み、テンションの上がりきったラモンが、とび跳ねるように動いている。
《よし、出発!》
ルーの号令と共にアイリ達は出発した。




