37 契約精霊の変化
2度目のやり直しの出発点となった夏をアイリは無事に乗り切ることが出来た。そして、アイリの精霊達にも大きな変化があった。
その日、ルーがシャナーン王国にカトリーヌ聖女の情報を探りに行かせた者からの報告が届いた、とアイリとヨシュアを呼んだ。
「結論から言うと、カトリーヌ聖女、カタリナさんの情報は全く、得られませんでした。」
ルーの告げる言葉にヨシュアの肩からガックリと力が抜けた。
「アイリの言うとおり、聖女の情報は国民には殆ど知らされていないみたいです。お年寄りの話では、昔は今ほど閉鎖的では無かったらしいのですが。精霊の輪くぐりが神事化された頃から、聖女を市井で見かけることは減っていったそうです。」
「ただ、貴族層では逆に聖女との交流は進んでいる様ですね。聖女といえば、第一王子の婚約者も聖女で、この度、正式に大聖女に認定されたとか。」
「ダイアナ様が、大聖女に!?」アイリは叫んだ。
「?はい、報告書によるとダイアナ・ミルフォード公爵令嬢が見事、大聖女の試練を越えられた、とあります。王都は新たな大聖女の誕生にお祭り騒ぎらしいですね。」
「だって、ダイアナ様はまだ13?14?歳?」
「詳しいですね、アイリ。14歳になられたところです。第一王子も16歳と成人を迎えられ、立太式の日程も決まり、ご成婚へ向けても具体的に進み始めたそうですよ。」
これも前世では無かった事だ。なんだかんだとアルブレヒト第一王子はダイアナとの結婚を引き伸ばしていた為、初代も二代目アイリも死亡時点で、二人は婚約者のままだった。今世での二人の関係が良好な様子に安心したものの、チクリと心に痛みが走る。これ位は許して欲しいな、とアイリは目を閉じ、初代を優しく抱きしめたアルブレヒト王子を思い出した。胸元のお守りの魔石を握り込む。柔らかな黄金の髪と寂しそうな青空色の瞳。『さようなら、アル様。』
その時、魔石が励ますように暖かく熱を持った。
「アイリ!?」「!?」
ルーの驚く声とヨシュアの息を呑む様子にアイリは目を開けた。
目の前には半人半獣の姿をした精霊達が揃って彼女を見ていた。
遅くまで実験をしていた為、まだ眠っていた所をヨシュアに起こされたラモンは不機嫌丸出しでやってきたが、その光景に眠気を一瞬で吹き飛ばした。
「テラ様!これ!」
「どう見えてるのかぁ、教えてくれるぅ。」
そこにはテラやダンも呼ばれていた。
「どうなってるんだ。昨日までは・・・。」
「ラモーン。」
「あ、はい。はい、テラ様。四肢の拘束が外れています。四精霊全て。目と口はまだ塞がれてますけど。何したの、愛し子ちゃん。」
「何もしてません。」
自分でも何が起こったのかわかっていないのに聞かれても答えようがなかった。ただ嬉しそうに飛び回る上半身が人型の精霊の拘束が、例え全てではなくても外れた事は嬉しかった。
「あー、愛し子ちゃんにはどう見えてるの?」
「えーと、前まではみんな動物だったけど、火の子は上半身は男の子の馬で長い炎の髪をしてます。水の子は上半身女の子で下半身は綺麗な水色の鱗の魚、風の子は上半身女の子で腕じゃなくて緑の羽で尾の長い鳥、土の子は上半身男の子で黄金色の鱗の蛇、です。」
《お、そう思って見てみるとそう見えるな。》
ルーの伸ばした指の先に、ちょこんと風の精霊が止まった。ルーの火の精霊も剣から実体化して彼女の肩の上から興味深げに見ている。火の精霊はテラの所に行き、深々と膝を折って挨拶をしていた。水の精霊は、ダンの周りをぐるぐる泳ぎ回り、地の精霊はヨシュアの頭の上でとぐろを巻いて、何故か偉そうに腕を組んでいた。
「僕には見えません。でも、なんか頭が重いんですけど・・・。」
「あー、ヨシュアの頭の上に地の精霊が偉そうに座ってるぜ。」
ラモンにそう指摘され、慌てて自分の頭に手をやったヨシュアは、びくっと硬直した。
「何か、いる。」
「「「え!?」」」
殆ど魔力を持たないヨシュアはこれまで精霊を見ることは出来なかった。そして、今も見えていないらしいのだが、触る事が出来た?そういえば、最初に四精霊が出て来た時も、ヨシュアは何かに驚いていた。
「ちょ、ちょー待ち、ヨシュア。おま、触れるの?」
「どうしましょう、ラモン先生。何か、ツルッとした肌触りの長い物が僕の耳に・・・」
地の精霊は、今は腹這いになって、その蛇の下半身をヨシュアの頭から下ろし左の耳にくるりと巻きつき、その穴に尻尾の先をまさに入れようとしていた。
「こらっ、悪戯はやめなさい!」
アイリの声に、地の精霊はゴロンと仰向けになり、尻尾を上げると了解と言うようにひらひらと振った。
「愛し子ちゃーん、これどうやって収拾付けるのさー。」
周りを見ると、風の精霊はダンの髪の毛を引っ張って鳥の巣のようにしていたし、水の精霊はルーの火の精霊と追いかけっこをして、あちこちで水蒸気が上がっている。火の精霊だけはテラの前を動かず、身振りで意思疎通を図ろうと必死になっていた。
アイリとしても、今度こそ、の気持ちを込めて、精霊達に呼びかけ、魔法を使おうと、念じていたのだ、が、結果は、何一つ変わらないままだった。
「そんな事言われてもー。お母さーん、助けて!」
アイリの火の精霊に集中していたテラは、娘の助けを求める声に、視線をあげ、久々の自由に好き勝手をしている精霊達に気がついた。同時にアイリの火の精霊も、同僚の振舞いにその前足を踏み鳴らした。
「あらぁ、元気なのは良いけれどぉ、ちょっと、元気が良すぎるかしらぁ?」
その声には軽く魔力が乗せられていた。ピタリと精霊達の動きが止まる。そして、次の瞬間、ものすごい速さで、アイリの精霊達は魔石に潜り込み、ルーの火の精霊も彼女を突き飛ばす勢いで剣に戻った。
「さて、ゆっくり話を聞かせてちょうだいな、アイリ。」
にっこり笑う笑顔に、アイリも一緒に魔石に潜り込みたくなった。
どうして集まっていたか、から始まり、報告書の内容、精霊達が飛び出してくる直前の様子まで一通り話をして、アイリは、拘束が外れた原因にふと、思い至ってしまった。
『多分、2度目のやり直しの時を越えたからなんだ。そして、アル様にさよならが言えたから?』
しかし、それをみんなの前で言うことは出来ない。
『誤魔化すしかないけど、嘘つくのって嫌だなあ。』
そんな思いに反応してくれたのか、半人半馬の火の精霊が、改めて魔石から出てきた。大きさは手のひらに乗るぐらい。そのまま、テラの前まで進むと、やはり、恭しく一礼をして、アイリを振り返った。それを合図に、ゾロゾロと他の精霊たちも現れる。横一列にテラの前に並ぶと、きちんと頭を下げた。
その様子をテラは目を細めて見つめた。
「会話は、無理なのねぇ。でも、まずは、おめでとう。体の拘束が取れて嬉しいのはわかるわぁ。これからも、娘の事、よろしくお願いねぇ。」
明らかにホッとして四精霊は今度はアイリに向き直り、一礼し、ダンやルー、ヨシュアにも頭を下げた。
「どうだ、ヨシュア、見えるか?」
「いえ、皆さんの視線から、恐らくそこにいるのだろうとは思いますが、僕に姿は見えません、ただ、」
「ただ?」
「気配、とでも言うのでしょうか?違和感?何かそこだけ、空気が濃い様な?」
「で、触れる、と。」
「本当に触れるんでしょうか?」
ヨシュア自身疑問に思っているようなので、アイリは火の精霊を呼んだ。「どう?」
恐る恐る伸ばされた手は、ほぼ正確に火の精霊に向かっていた。が、ズボッとその指は精霊の体を突き抜けた。
「おわっ!」ラモンの叫び声で、慌ててヨシュアは手を引っ込めた。結局、ヨシュアが触れることが出来たのは、何故かアイリの地の精霊だけだった。
カタリナの行方は知れず、精霊も見えず、これまで知っていた事の確認しかできなかったヨシュアは意気消沈して帰っていった。それは、やはり魔力を使えないままのアイリにしても同じ事だった。更に、四肢の拘束の解けたアイリの四精霊をユーリに鑑定してもらった所、形は変わらず、光の強さが強くなっているだけ、との結果にガックリしたのだった。




