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33 カトリーヌ・ドメニク

平民が聖女になる時、貴族の養子になる事は珍しく無い。アイリ自身がそうだったし、その際、名前も変えられる例があると聞いた事もある。カタリナさんもそうだったとしても驚くほどでは無い。では、もし、カタリナさんがカトリーヌ・ドメニク聖女だとしたら・・・。

カトリーヌ様に会ったのは、2代目アイリ。多分、大聖堂に連れて行かれて1年も経っていない頃。つまり、今年から来年にかけて。でも、その後見かけなくなって。噂で大聖女の試練に失敗して実家のある領地の聖堂に移られた、と聞いた。だけど、それを聞いた時、おかしな話だと思ったのだ。だって、カトリーヌ様は預言の御力持ちと言われていたのだ。自身に起こる事だとしても、どんな試練にしろ失敗するはずも無い。確かにそのものズバリを言いあてる類の預言では無かった。むしろ、どうしてこうした結果が、こうなるのか、と言った、バタフライエフェクト的な預言ばかりだったから、同僚の聖女達からは、“残念預言者“と半分呆れられていた。しかし、その預言は百発百中だった。


例えば、寄進が少ないと嘆く神殿長には神殿入り口に杖を置くことを勧めた、娘に良縁を望む子爵には子犬を飼う事を勧めた、破産寸前の商人には紅い帽子を勧めた。その結果は、新しい後援者の獲得、玉の輿の縁談、莫大な利益を生む鉱山の発見、など望んだ以上の結果を齎したのだ。参拝に来た老女が突然体調を崩し、杖を借りて帰った。実はその老女は某国の大商店の母親で、詳しく調べた結果、悪い病気が見つかり、早々に治療をして元気になった。これも聖徒教会のお陰、と今後の援助を約束された。子犬を飼って、散歩に言った先でたまたま知り合った人と観に入った劇場で侯爵家の三男と恋に落ちめでたく婚約、等。カトリーヌ聖女の提案が巡り巡って望みを叶えるのを、聖徒教会の関係者なら知っていた。

そんな唯一無二の聖女を大聖堂が手放すだろうか?

そして、カトリーヌ聖女がヨシュア達家族にシャナーン王都を離れる様に勧めたのが、本当なら。それは、言葉通りの“大聖女になるために平民の過去が邪魔“な理由などでは、決して無い。


嫌な感じがする。


大聖女の地位は最初から、アルブレヒト王子の婚約者であるダイアナ・ミルフォード公爵令嬢に決まっていた。今ならわかる。あの頃、溢れる魔物に世情は不穏となっていた。宥める為の対策として、大聖女の誕生を聖徒教会は王家に提案したのだろう。そして、アルブレヒト王子の婚約者のダイアナ聖女こそ王家の望む大聖女に相応しかった。シャナーン王国の王太子に大聖女の王太子妃が望まれていたのだ。

故に初代アイリは大聖女の試練と言う名目で魔人討伐に行かされたのだ。失敗する様に仕組まれて。次に予定されたダイアナの試練はアイリの結果を受けて、より安全で確実なものになったのだろう。貴重な聖女をこれ以上失う訳には行かない、と、理由付けされて。


いや、今は初代が死んだ時の状況を考えている場合では無い。

2代目アイリの時も、ダイアナはアルブレヒト王子の婚約者だった。あの時は魔物の被害は抑えられていたが、天候不順による不作や河川の氾濫など、王国の危機に繋がる要素はいつだって何処にだってあった。だからこそ、聖女の婚約者は必要だった。どのタイミングで大聖女にするかの時期を見計らっていただけで。大聖女の試練は聖徒教会の上層部が仕組んだライバルを除く為の罠。噂を流したのは出来レースを知っていた者。組織ぐるみだとしたら、試練自体が行われなかった可能性すらある。カトリーヌ様は初代アイリと違い、アルブレヒト王子との接触が殆どなかったから、無理矢理にでも殺す必要性は無いから。


「カトリーヌ様は、試練に失敗したんじゃ無い?」

何かあった?何があった?あの頃、聖徒教会が唯一無二の聖女を隠してしまうほどの何が?預言の御力なら誰もが欲しがるだろう。何処かに監禁されて力を使わされていたのかも知れない。他国に売られた可能性だってある。考えろ!考えろ!

聖徒教会が国の中枢と深く結びついて世俗の権力闘争に関わっている事はこの5年間で学んだじゃない。何も知らなかった前世とは違う。

あぁ、でも、思い出せない。それなら、

「カトリーヌ様を助けなきゃ。」


「おい、大丈夫か?」

しっかりと背中に回された腕が、自分の身体を支えていた。パチパチと何度も瞬きをして現世に帰って来る。呼吸が苦しい。足に力が入らない。自分を見下ろす、ガラスの様な淡い赤い瞳。少年特有の高い声。短く刈り込まれた白い髪。日に焼けた、だが発達途中の柔らかい四肢。

「あんた、病気かなんかか?シモン先生の所へ行くよ。」

強引にアイリを背負って、走るように歩く。

さっき出て行ったばかりのラモンの工房に隣接してシモンの研究室はある。この二つはドア一枚で行き来することが出来た。


「シモン先生!急患!」

ヨシュアの大声に慌ててシモンがやって来る。

「アイリさんじゃないですか!どうしたんです!?」

「わかりません。突然、待って!と叫んだ後、棒立ちになって、焦点は合ってないし、呼吸は浅いし。」

「アイリさん、アイリさん、聞こえますか?ヨシュアさん、そこのソファーに寝かせてください。」

脇の下で熱を測り、脈をとる。呼吸音と心音を確認し、視線が左右に揺らした指を追うことを確かめると、シモンはホッと息を吐いた。「取り敢えず緊急性は無さそうです。テラ様を呼んできてもらえますか?」

頷いた少年が出て行くのを待って、シモンがアイリに冷やした水を渡した。

「軽いショック症状の様なものです。前にも似た様なことがありましたよね。あの時は意識を失っていましたけれど、今回も、何かきっかけがあったのですか?」


5年前のダブリスでの海神祭の前日、自分の持つ魔石が血の色に染まっている、と知った時、アイリは2回目の死亡現場を思い出し、記憶の波に飲まれたのだ。今回も、失神こそしなかったが、甦る記憶は自分で抑えることが出来なかった。生きていた時より、冷静に振り返ることが出来るためか、当時には見えなかったもの、聞き落としていた音、が鮮明に思い出される。


「ヨシュアのお姉さん、カタリナさんの事、私、知ってるんです。今なら、まだ、助けられる、かも。」

シモン・ラモンはアイリが見かけ通りの10歳児ではないことを直感で理解していた。だから、この突拍子も無い発言を頭から否定する事は無かった。

「助ける?シャナーン王都の大聖堂にいらっしゃる聖女様ですよね。お顔を見る事すら難しいと聞いていますが・・・。」

「聖徒教会は、そうやって、聖女を世間から切り離して、真実を見えなくしてるの。私達は教会の良い様に操られて、教会と貴族社会の為だけにその力を使わされていた。」

「私達?」


「アイリ!」

タイミング良く、ダンが青い顔で駆け込んできたので、話は中断された。

「大丈夫だよ、お父さん。ちょっとぼーっとなっただけ、ね、シモンさん。」

「えぇーっ、あ、はい。特に身体に異常は無さそうです。しっかり水分を摂って、今日は休ませてあげて下さい。」

『後で、しっかり話してもらうぜ。』ラモンの無言の圧力を感じつつ、アイリはダンにお姫様抱っこをされて家に連れ帰られた。

途中でヨシュアとすれ違い、ありがとう、と手を振る。嫌そうに眉を顰められたのが、解せなかった。


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