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32 ヨシュア

テラの神事に関わる研究会が開かれるときは、一部の塾生達も聴講が可能となることがある。ある時、トライドン教、聖徒教会、三位一体教の教義の共通点や違いについて、講義後の雑談で話題になった。

三位一体教によると、世界は魔力で出来ていて、そこから精霊が生まれる。精霊は魔力がある限り絶え間無く生まれるが、物質に固定化されなければ、また魔力に還って行く。精霊が宿った生き物は総じて魔力のある物=魔物、であり、魔物には善も悪も無い。世界に揺蕩う魔力の流れを読みその流れに従って生きるのが、三位一体教の理想とされる。


トライドン教では魔力や精霊に関する言及はあまり多くない。海神トライドンの眷属は精霊付き=魔物であり、圧倒的に水の精霊が多い。精霊を怒らせると海が荒れ、漁や航海が出来なくなり、生活が立ち行かなくなる。そのせいか、精霊が見え、心を通わせる事ができる者が尊敬され、最初の貴族や神官はそういった者達だった。故に今でも、熱心な信者には精霊付きが多い。


『聖徒教会の教えとは全然違うね。』興味深く聞きながらアイリは思った。

聖徒教会では、天にある神を唯一として崇め、その天の神の御心に従う者が聖徒として救われる、と説く。聖女はその聖徒の中でも天の神に直接恩寵を与えられた特別な者、“天の御使い“である。恩寵とは魔力であり、精霊に干渉する力、その力を持って世界を癒やし、災いを鎮め、不浄を狩る。


『つまりは都合の良い何でも屋。』

尊ばれているように周りから見えても、聖女達には自由はなく、神官から命令された仕事をこなしているだけで、そこに天の神に対する信仰心は存在しない。勿論、中にはいるのかもしれないが、前世のアイリやクィンは元より、ダイアナ・ミルフォード公爵令嬢だって信仰心から大聖女を目指したとは、思えなかった。ダイアナはアルブレヒト王子の婚約者として大聖女の地位が必要だったのだ。彼女は、聖女の役割を蔑ろにすることはなかったが、その役割自体を至上とは考えていないのだから。


「聖徒教会は中央諸国の王族や支配階級と密接な繋がりを持っている。政教分離はどこの国でも政治家にとって頭の痛い問題だが、聖徒教会はそう言った意味で、政治家をしっかり取り込んで、これまでは政教合体に成功していた。昨今の中央諸国での魔力枯渇による精霊付きの減少が公になる前までは。」

そう言ったのはレオナールで、ちらりと視線をアイリとヨシュアに寄越した。


自分はわかるが、ヨシュアは?

彼は口唇を噛み締めていた。アイリが見ている事に気がつくと、物凄い目で睨みつけられた。慌てて顔を前に戻す。それまでアイリはヨシュアの事は無口だが、ラモンの魔導具に目を輝かせ、戦闘訓練に熱心な男の子、ぐらいの認識だった。両親は小さなパン屋をシャナーン王都で営んでいたが、2年前にヴィエイラ共和国に移住して来た、と聞いている。どうやら事情はあるらしいが、詳しくは知らなかった。レオナールの私塾に入ってからは、あっという間に、頭角を表し、アイリ達に追いついた。友人を作る気が無いのか、一人でいる事が多く、話かけづらい雰囲気を纏っている。それでも、ラモンの工房にいる事が多く、私塾の中では、一番親しくしているようだ。

「聖徒教会は唯の人攫いだ。」

そう小さく呟いた声は確かにアイリの耳に届いた。


「あー、ヨシュアは、姉ちゃんが聖女なんだよ。」

『ラモン、そう言った事は本人の了解無しに、他人に教える事では無いですよ。』

「そーかー?隠してる訳でもねぇだろ。聞けばちゃんと答えるぜ。ちゅーか、2年だぜ、2年。愛し子ちゃんが聞きに来るのに、2年。相変わらず、他人に興味ないのなー。」

『ラモン!』

うぐぐ、と詰まるアイリに、申し訳なさそうに眉を寄せたシモンが慰めの言葉をかけた。

「すみません、アイリさん。ヨシュアさんはラモンの魔導具にはとても興味があるらしく、よく、工房へ来てるのですよ。ですが、その時もじっと作業を見ているのが殆どです。ラモンがしつこく話かけてようやく二言三言口を開くぐらいなのです。」

「えっと、シモンさんの事は?」

「勿論、二つの人格に一つの身体、は知っていますよ。シモン、には興味無いですけど。」

『あいつはあまり魔力は多くないからなー。だから、魔力を効率よく流して動かす、俺様の魔導具に惹かれるんだと思うね。後、あいつ他人も嫌いだけど、自分の事はもっと嫌いだぜ、きっと。だから、一人がいいんだよ。中途半端に首突っ込むと、愛し子ちゃんだけじゃ無く、あいつも傷つくって事、よっく、考えてから行動しろよな。』

「ラモン・・・」

「良いのよ、シモンさん、本当の事だから。わかった。ありがとう、ラモン。」

ますます、シモンの背中が申し訳無さで丸くなるので、アイリはラモンの工房を後にした。


ヨシュアは自分と同じ10歳だ。2年前にヴィエイラに来た時には、姉は一緒じゃ無いはず。シャナーン王都で聖女認定されたなら、行き先は大聖堂?2代目アイリが大聖堂に連れて来られたのは、今、この夏。二人は同じ時期に大聖堂にいた可能性が高い。パン屋の娘と言う事は平民出身だから・・・。とアイリは一緒に学んだ聖女の顔を一人一人思い浮かべた。だが、ヨシュアと似た年上の聖女となると、該当する人物が浮かばない。「大聖堂じゃ無いのかなぁ。大聖堂に平民出身の聖女は元々少ないし。あー、状況が変わってるから、聖女も別人なのかなぁ。」


「聖女が、何だって?」独り言のつもりが、近くに誰かいたらしい。しかも、その誰かは、さっきまで話題に出ていたヨシュアだった。

「う、あ、う、な、なに言ってるの?あー、今日の夕食は何かなー。」

じーっと睨まれて居心地が悪いことこの上ない。それでも、ごまかし笑いを浮かべてアイリはその場を立ち去ろうとした。が、ヨシュアはそんなアイリの腕を取って引き止めた。「さっき、レオナール様、あんたも見てた。何で?」


「私達家族も聖徒教会から逃げてるから。」「も?」

「ヨシュアの家もそうなんじゃないの?お姉さん、聖女だったって聞いたよ。」

「何で過去形?姉ちゃんは今も聖女だ。」「え?じゃあ何でヴィエイラに来たの?大聖堂から逃げて来たんじゃないの?」

「あんた馬鹿だな。大聖堂から逃げられる訳ないだろ。僕らは王都から出て行けって、姉ちゃんに言われたから、そうしただけだ。」

「出ていけって()()()()?どうやって?大聖堂は平民の聖女と家族の接触は手紙ですら許さない。直接会う事なんてそれこそ不可能。どうやって()()()()の?」

「あんたこそ何言ってるんだ!神官が来たんだよ。金持って、これで王都から出ていけって。平民だとバレると大聖女に選ばれないからって!カタリナ姉さんは変わってしまった。聖女になんかなる前はあんな人じゃなかった!」

「カタリナ?」

大聖女候補のカタリナ聖女?大聖堂にカタリナと言う名の聖女はいなかった。でも、

「カトリーヌ・ドメニク?」「?」

髪は、薄い茶色だった。だけど、染める事は出来る。眼は?あぁ、同じだ。目の前の少年と同じ透き通った薄い赤。もしかして・・・?

「待って、待って、待って!」

記憶が溢れて来る。


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