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31 契約精霊

この5年間の魔力修行の成果で、最近になって、アイリの契約精霊は、時々、魔石から現れて、姿を見せるようになっていた。魔石に付いた時には毛玉に見えていた契約精霊達は、今や、彼女には動物に見えている。踊るように飛び回る風の精霊は、綺麗な緑の長い尾羽を持った鳥で、水の精霊は青い鱗の美しい魚、地の精霊は琥珀色の蛇で、火の精霊は灼熱の炎の鬣を持つ馬だった。

但し、姿を見せたからと言って、アイリが自由に魔力を使えるようになったわけでは無かった。相変わらず、威力も範囲も狭く限られ、あまり役に立つレベルとは言えなかった。種火程度の火は起こせるし、蝋燭の炎を吹き消す位の風なら吹かせられる。以前は出来なかった土人形の作成(但し掌サイズ)や水の生成もコップ一杯なら可能になった。四大精霊の全属性は使えるのだ。

しかし、アイリには前世の記憶があった。初代は聖女になってからだが、業火と暴風を自在に操った。二代目は、治癒魔法を得意としたが、隠していたものの、四大魔法も他の聖女達に引けを取らないレベルで使えた。精霊達の姿が変わった時、自分も前世の様に魔力を使えると期待していなかったかと言えば嘘になる。しかし、現に、精霊達は、好きな時に現れて、好きな事をしてまた、魔石に戻って行く。アイリの危機を察して現れることはあっても、彼女の意思で呼び出す事は出来ず、彼女は魔力を使えないままだった。


一度、ラモンには彼らがどう見えているのかおっかなびっくり聞いた事がある。鼻の頭に皺を寄せて、「拘束はそのままだけど、デカくなった。」と答えられて、かなり落ち込んだものであった。しかし、その言葉の後で、アイリの精霊達が、ラモンを攻撃していたので、その表現が、精霊達の気に入らないこともわかって、ちょっと溜飲が下がった。


魔石から出てくるようになり、姿も変わったので、ラモンの言うところの“精霊の本質“も変わったのを期待していたのだが、彼曰く

「魔力は強くなってんじゃねーの。でかい=強いで合ってると思うしな。テラ様の竜なんて、俺様には家サイズに見えてるぜ。だから、きっと拘束されてる理由は、魔力がどうこうってのとは、違うんじゃねーの。」とのことだった。


アイリ自身は契約した覚えがないのに、契約精霊がついている。

この矛盾と精霊の拘束が無関係とは思えない、と言うのがシモンと母、ルーを交えて検討して出した推論だった。


「精霊との契約、と言うのが、どうも良く私にはわからないのですが、」

知り合って間もなくの頃、ルーと精霊の関係を尋ねた時、彼女は不思議そうに首を傾けた。イーウィニー人は魔力が多く、大抵が精霊付きである。生まれて間も無い赤ん坊の周りに宝石や魔石など、精霊が気に入って()()()くれそうな物を置いておくと、赤ん坊の魔力に惹かれた精霊が、その贈り物が気にいれば、それに付いてくれる。コルドー語にピッタリした言葉がないので、と断った上で、これをルーは“住む“と表現した。そこには精霊契約にあるような名の交換はなされない。

「でも、私は自分の精霊には名前をつけていますよ。その方が、親しみが持てるでしょう。」


精霊との契約は名前の交換が必要、その定義で言うなら、ルーと彼女の精霊は契約で結びついていると言えない事も無い。そもそも、契約精霊とそうでない精霊は何が違うのか?


「そうですね、精霊契約した方が、より強い魔力を引き出せる、と言われています。」

『聖徒神殿は“精霊の輪くぐりで“市井に埋もれた魔力持ち“を見つけて、“洗礼“で精霊付きにしてるんだ。』

シモンの答えにラモンが割って入った。強制的に精霊付きを作り出す為の素体選び。それが、精霊の輪くぐりの本当の目的、だと言うのだ。


精霊の輪にはいくつもの精霊が封じられている。それらが魔力の強い子供が近づいた時に助けを求めて、閉じ込められたオーブの中で暴れるために、それが輝くと考えられる。神殿はその子供を引き取り、“洗礼“で神殿名と精霊を与える。こうやって成立した精霊付きは、聖女とは別に聖徒神殿の忠実な僕となる。何故なら、精霊付きとなった者も精霊も契約名を神殿に握られ、逆らえなくなっているからだ。


『聖徒神殿の神兵ってのは、大抵、そうやって作られてる。兵士自体は、ろくに精霊が見えてやしないから、魔力が使える、ありがたい、ってなもんだけど、そいつに縛られてる精霊ってやつは、』

そこまで言って、ラモンはアイリを見た。

『愛し子ちゃんの精霊みたいに、拘束されてる。』


「自然にある精霊にとって、名前とは個として存在する為に必要不可欠なもの。なので、契約者に名前を付けてもらう、と言うのが、精霊にとっての存在証明になるのではないでしょうか?一方、オーブに取り込まれてしまった精霊は、その段階で何かに縛られてしまっている。それが仮名で、個として存在する為だけの番号の様な名前を与えたと考えられます。“洗礼“はその精霊の仮名を人間と強制的に結びつける為の

再命名式的な儀式なのではないでしょうか。」

シモンが締めくくった。


「じゃあ、私の精霊達が拘束されてるのって、意図せず名付けられた、って事?」

『それが、一番可能性が高いな。大体、愛し子ちゃんは、精霊の名前に心当たりがないんだろ。』

アイリは頷いた。


「ちょっと待って下さい。名付けってのはそんなに効力が強いのですか?それに、契約精霊は契約者からは離れられないのですか?」


聖徒神殿はそうまでして、精霊付きを作って何をしようとしているのか。ルーはキナくささを感じて、これは当主に報告せねばならない、と心に刻んだ。一方で、精霊との関係が自分の知識と根本から異なっている為によくわからない事が次々出てくる。その都度、疑問に思ったことを、尋ねているとラモンがイライラしてくるのだが、申し訳ないと思うが、理解しないことには、全く話が見えてこない。アイリやシモンは立ち止まって考えることが出来てありがたい、と言ってくれる為、話の腰を降りつつも検討は進んだ。その間、テラは物思いに耽っているかのように、じっと黙っていた。『番号の様な仮名。名前を付けてもらう存在証明。その通りね。シモンもラモンも本当によく研究しているわ。』


「私の契約精霊は、火と風だけれど、この子達は、ずっと一緒にいるわぁ。他の属性の子達は、頼めば魔力を貸してくれるけれど、いつの間にかいなくなっているわねぇ。」

「私にとって、精霊はお友達だからぁ、お互いを名前で呼ぶのは当たり前、なのだけれどぉ。それを契約と言ってしまうのは、違うと思うのぉ。ただ、名前はぁ、その人個人の根幹を示すものと思うからぁ、通称の他に精霊に教えても良い名前をうちの子達には付けてあるのぉ。」

自分には、精霊と契約するための精霊名がある、と母は今世の5歳の時に教えてくれた。それは、初代アイリがあのスライムによる惨劇の夜に母から呼ばれた名“アイリーン“。


『はあ?それじゃあ、テラ様、もしかして愛し子ちゃんの契約は』と勢いこむラモンにテラはにべもない。

「それがねぇ、アイリの精霊名を告げてもこの子達は、変わらなかったわよぉ。」

つまり、“アイリーン“で呼びかけても魔力は使えなかった。と言うことは、彼女は“アイリ“でも“アイリーン“でもない別の名で精霊契約しているのだろうか?


しかし、契約である以上、彼女が契約した精霊の名をアイリは知っているはずなのだ。が、それがさっぱり、思い出せない。この歪な契約の形が拘束になってラモンには見えているのではないか?と言うのが、現時点での結論だった。

では、どうすれば、アイリは精霊の名を思い出す事ができるのだろうか?もしくは、もう一度教えてもらうことができれば、それこそ、再契約可能なのではないか?


結局の所、「とりあえず、精霊達が魔石に“住んで“魔力を取り戻したなら、良かったんじゃなぁい?」と言う、テラのふんわりとした言葉で、問題はまた、先送りにされたのだった。

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