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3 精霊の輪くぐり

最初のうちは、もう少し頻回に更新した方が良いとアドバイスをいただきました。

『何故?』


2回目の人生は魔人毎串刺しにされた痛みもそのままに、ジリジリした夏の炎天下の聖堂入口の階段から始まった。


突然、胸を押さえて蹲った少女と駆け寄る少年は、一目でこの国の人間で無い事が明らかで、聖堂に出入りする人々は疎ましげな目を向けた。昨日からの3日間、この聖堂は一般に公開されている。聖堂内の精霊の間に安置されている精霊の輪をくぐる事が『誰にでも』許されるのだ。精霊の輪くぐりとは夏至祭の時にシャナーン王国で行われる精霊付きを見つける方法の一つだ。


この世界には精霊が満ちているが、それに「付かれる」事が出来る者は次第に減っていた。ましてや、精霊を見る事の出来る者となるとかなり希少と言わざるを得ない。精霊は魔力を好むと言われ、貴族階級の多くが魔力持ちだが、三世代前に比べても精霊付きの貴族の数は半分以下になっていた。これはシャナーン王国のみの話ではなく、少なくともコルドー大陸の全ての人間について言えた。

では、精霊の数が減っているのか、と言えば、そう言う訳ではなく、動物の精霊付き、所謂、魔物はここ数年の動向からも確実に増えていた。何故、精霊が人ではなく、動物に好んで付く様になったのかは、不明である。いや、元々、精霊付きとは縁の薄い平民にはあまり関係のない話ではあったのだが、精霊付きの減った貴族階級では、家の存続に影響する程、深刻になりつつあった。例え魔力を持っていても、その魔力を使うには、精霊に「付かれる」必要があるからだ。

貴族階級の精霊付きの減少を補う為、精霊付きの平民を見つける方法として考え出されたのが、精霊の輪くぐりであった。とは言え、一年中、誰彼構わず試してみる訳にもいかず、大勢が集まる夏至祭のイベントとして定着したのは、ここ20年余りの事であった。


精霊の輪は各領地に最低1つはある聖堂の精霊の間に安置された火・水・風・地の4大精霊の魔力が込められた宝玉を円形に組み込んだ門の様な聖具である。既に精霊に付かれている者が輪をくぐった時、同属性の宝玉が輝くのだ。


精霊付きと認められた平民は、貴族の養子に迎えられると宣伝された為、跡継ぎでは無い家庭の子供達は微かな期待を込めて、精霊の輪くぐりを楽しみにやって来た。それが新たな悲劇を生む事に思い至らぬまま。


胸の痛みが幻であっても、魔人と相対した時の恐怖や、その後の裏切りへの憎しみ、悲しみは決して幻ではなく、アイリは堪え切れず涙を流した。


「アイリ?」

オロオロと問いかける少年の声も混乱する彼女にには届かず、だが、やっと、このままではどうしようもないと思った彼が、アイリを強引に立ち上がらせ、抱き抱える様に階段下に連れて行った。

「何処か痛いのか?気分悪いのか?何とか言ってくれよぉ。」


泣き濡れたアイリの瞳に映ったのは、12、3歳の褐色の肌に洗い晒しの麻のシャツを着た黒髪黒目の少年が、彼女を人々の流れから庇う様に立ち、少しでも涼しくした方が良いのかと、解いたサッシュで風を送る姿だった。

誰だろう、と思う。昔、よく一緒にいた相手。でも、名前が思い出せない。


自分の両手を見る。日に焼けて荒れた手。爪も短く、所々に黒い物がこびりついている。艶の無いくすんだ金色の三つ編みが目の端に映った。


「私、どうなっているのかしら?」「魔人はどうなりまして?ここは何処でしょう?何故こんなに暑いのですか?今は、冬至ではなくて?アル様?そうですわ、アルブレヒト様は何処にいらっしゃるの?私、お約束通り、戻って参りましたわ。」


「は?」


見知った人間が他人の様に話す様は、炎天下の暑さの中でも、背筋が凍る恐怖をナキムに感じさせた。


「アイリ?大丈夫か?一度、おじさん達の所に戻ろうか?」


全く、理解出来なかった。2年以上前に死んだ筈の友人が、子供の姿で目の前にいるのだ。そして、自分の方がおかしな事を言っていると言う。

けれど、これが現実であればどんなに良いかとも思った。あんな悲しい現実ならいらない。自分は殺されていなくて、家族も生きていて。しかも、ナキム、そう彼はナキム。同じキャラバンの一つ年上で何かと自分に絡んでくる男の子だ。ナキムの見てくれから、自分も今は10歳ちょっとなのだろう。


それにしても、なんて暑さだろう。頭がくらくらする。気持ちが悪い。


反応の薄いアイリにナキムは、ここはランバード辺境伯の領都であり、そこの聖堂に精霊の輪くぐりに来た事、階段を登っている最中、突然しゃがみ込んだ事を顔色を窺いながら説明した。流石にいきなり泣き出して訳の分からない事を言い始めた、とは言わなかったが。


刺された胸の痛みは次第に収まっていった。周りを見る余裕も少し出てきた。いつの間にか、随分時間が経っており、日も傾きかけていた。


アイリはぐったりしつつも、ゆっくり立ち上がった。理由はどうあれ、ここは魔人の屋敷では無いし、自分も子供には戻っているが生きている。ひょっとして、何かに騙されて悪い夢を見せられていたのかもしれない。この2年あまり、ずっと夢なら覚めてほしいと願っていたのだ。その願いが叶ったのなら、何の不満があろうか。取り敢えず、今は、難しい事は考えられそうになかった。そろそろお腹も減って来たし、あんまり長い時間、キャラバンから離れるのは、安全とは言えない。


「さっさとくぐりに行こ。」


ぱんぱんとスカートの埃を払って、階段を登り始めたアイリに、ナキムはホッとすると同時に、「ちぇ、何だよ全く」と口の中で呟きつつ、追い抜きざまに頭を軽くこづいて抜き去って行った。


そうして、やる気無くくぐったアイリの周りで4大精霊の光がかつてない程に輝き、彼女はそのまま、家族に会う事も許されず、ランバード辺境伯の元に送られた。必死に彼女の名を叫び、手を伸ばしたナキムがどうなったのか、知らされぬまま、アイリはランバード辺境伯の養女にさせられたのだった。

数日後、彼女は王都の大聖堂に送られた。


これが、やり直し2回目の人生である事を納得するまでに、アイリにはしばらくの時間が必要だった。



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