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28 別れ

両親がどんな交渉をしたのかは聞かされなかった。だが、聖徒教会のこの国での影響力のできる限りの排除とアイリ達の保護は約束された。アイリ達、の中にはシモン(ラモン)も含まれていた。その代償として、母テラは神事の知識の提供をシモン(ラモン)は魔導具研究の提供が、トライドン神殿と三位一体教の二者から求められた。聖徒教会と事を構えるのは単一の宗教団体では難しいとの判断であり、また、トライドン神殿と三位一体教のいずれかに知識を独占させない為の安全策であった。


護衛と言う名目でブラフ・ルー・ヴィシュ・ザ・フィフスが三位一体教側から派遣され、トライドン神殿側では引退したダブリス市長が身元引受人として住居・仕事の提供をすることになった。


ここまでの詳しい情報は、当然、キャラバンの仲間には伏せられている。表向きは、乳幼児を抱え落ち着いて子育てしたいテラの希望を、彼女の踊りを気に入ったダブリス市長がパトロンとなり、ヴィエイラ共和国に住居を提供する、と言う話になっている。ルーは海賊貴族としてコルドー大陸の海岸沿いと内陸部の魔物調査に居残り、拠点をダブリスに置く、だ。


自分のせいだ、と泣いて謝るアイリに

「確かにアイリも理由の一つよぉ。ミルちゃんがお腹にいる時から、定住は考えていたのぉ。だけどぉ、あの頃のアイリは我儘で、お手伝いも期待出来なかったでしょぉ。キャラバンにいた方が色々な面で良いと思ったの。」

違うと言っても自分のせいだと考えてしまうのなら、きちんとアイリの責任もあるのだ、と伝えるべき、とテラは考えた。


「でも、今のアイリなら、自分だけじゃなくて、周りの人達の事も考えて行動出来ると思ったの。シモン達の事もそう。で、住むなら、精霊の多い所、魔力持ちが多く住む所って。この国は精霊は多いけど、聖徒教会の影響は強くない。アイリの希望にも叶うでしょぉ。」

「・・・うん、ありがとう、お母さん。」

「アイリだけじゃ無い。ユーリも精霊付きだし、ミルナスもきっとそうなるわぁ。春にダンの実家に呼ばれた時は上手く戻って来る事が出来たけど、今後の情勢次第では、拘束される可能性もある。精霊付きが減って来ているシャナーン王国を始めとする中央諸国とそこに根を張る聖徒教会は私達にとって危険。だから、海神祭後にキャラバンから抜けるのは、座長さんにはそれとなく伝えていたつもりだったのだけれど・・・。」

「「あれは、全くの不意打ちの反応だった。」」

父とルーが声を揃えた。

不思議ねぇ、と首を傾げる母に、これまでの座長さんの苦労が忍ばれた。


「シモンとラモンはね、彼らが私達と一緒にいる事を選んだの。でも、彼らの魔導具開発に必要な資金援助はしてもらえるし、ある程度の研究旅行は許されるのですって。」

「あの自称天才魔導師の作る魔導具には、私達も非常に興味があるのです。それに双子の片割れがしていると言う魔傷の研究は画期的です。魔物に傷付けられても早期に治療が可能なら、沢山の命が助かるのです。」

ルーの言葉に首を傾げる。自称天才魔導師はラモンとして、双子の片割れ、と言う表現でシモンを表すなら、別人になってしまうのでは?だが、他人の秘密を本人以外が話して良いはずもなく、アイリは口をつぐんだ。代わりに家族が被る不利益を教えてほしいと思った。

「でも、お母さん。お母さんはそのせいで、したく無い事をさせられたりはしないの?お父さんは?お姉ちゃんだって舞台頑張って来たのに。」


「お父さんは、家族がみんな揃って、笑っていてくれれば良い。その幸せを作る為なら何だってするよ。」

「私は、お母さんが、世界一の踊り手だと思ってるから、お母さんが側にいて、教えてくれるなら、別にキャラバンにいる必要も無いわ。」

「ですって。アイリはどうなの?」

本当に素敵な家族だと今なら、胸を張って言える。泣きながら、何度も頷く。

「私、今まで、自分勝手で我儘でごめんなさい。もっともっと一杯勉強して、もっともっと強くなる。みんなを必ず守るから。」


『一体、この子は何と戦おう、と言うのだろう。』大人達はしゃくりあげるアイリを見つめ考える。


「お母さんもお父さんと一緒。家族が笑って健康でいてくれるのが一番。それに、お母さんの神事の知識と言っても大したものじゃ無いのよ。昔、これは覚えておいた方が後で役に立つよ、って教えてもらっただけなの。今じゃ、色々失われたり、曲解されたりしてるけど、根本は変わってないから。」

教えてくれた“誰か“を思い出しているのか、テラの表情はとても優しく、愛しさに溢れていた。父の少し複雑そうな表情に気がついた母は、「昔の事よ」と言って、優しく口付けた。


ルーが居住まいを正して、頭を下げた。

「あなた方のことは、この私の名に誓って、他の何者にも害させません。三位一体教との約定と言うだけでなく、あなた達の友人と思って信用していただけると嬉しいです。そうは言っても、あなた方にすれば、権力を持って取り込んだ、と思われても致し方ないと思います。信用はこれからの行動で勝ち取りたい。何卒、よろしくお願いします。」

異国人とはいえ、爵位を持つ人間が、平民、しかも彷徨う者に頭を下げたのだ。いい加減な覚悟では無い事が伺えた。


「ルーさんは、お兄さんや当主さんに命令されたの?」

「それは違います、アイリ。私が、あなたたちを守りたいのです。テラ殿の一歩も引かない堂々たる交渉にも、感銘を受けました。この人がこんなにも必死に守るものを、私も守りたいと思ったのです。それは、今、間違いではなかったと、実感しています。どうか、私にあなたたちを守らせて下さい。」


キャラバンとの別れが近づいて来る。これまで、何度も引き抜きの話があったにも関わらず、一座に留まっていたテラが子育てを理由に定住を選ぶ事を咎める者は誰もいなかった。たった、一人を除いて。


退団が決まった時、一番激しく抵抗したのは、ナキムだった。

「今までだって、ちゃんとやれていたじゃないか。これからだって、大丈夫さ。何だよ、金かよ。贅沢な暮らしがしたいのかよ。俺達とあちこち旅出来るのが楽しいって言ってたじゃないか!」

主張が通らないとなると次はアイリを無視したり、嫌がらせをする様になった。子供の寂しい思いの表れ、と大人達は肩をすくめ、アイリに謝ってくれる。中身は28歳のアイリもナキムの心情は理解するのだが、5歳のアイリには地味に堪えた。轡を外して可愛らしさが増したピノに触れさせてもらえない。服に虫や草、泥を付けられる。食事の時に睨んで来る。聞こえるように悪口を言う。他人が咎めると余計、意固地になり、嫌がらせがエスカレートする為、もはや、お手上げに近かった。シモンやルーが取り持とうとしても全て空振りに終わった。


キャラバンには次の目的地があるのだ。気持ちの整理は付かずとも、時間は容赦なく過ぎて行く。

キャラバンがダブリスを離れる日はすぐにやって来た。

市壁の門に立ち、最後の別れの挨拶をしている時もナキムは頑なにアイリを見ようとしなかった。そして、かつての仲間達がそれぞれの馬車に乗り込むべく散って行った後、漸く、座長が背中を押した時、

ナキムが叫んだ。

「絶対、許さない。絶対、許さないからな。」

「いつかきっと、俺とピノでこの一座を世界一にしてみせる。そうなってから、また、入れて欲しいなんて言っても、絶対、許さないんだからな。」

アイリを睨みつけて叩きつける様に叫ぶと、走って行ってしまった。

呆然とするアイリ達に、遠くから「忘れるなよー。」と言う声が微かに聞こえてきた。ユーリは母の胸に顔を埋めて泣いている。アイリの身開いた目からは涙が次々こぼれ落ち、遠くに去っていく馬車の群れが霞んでしまうのだった。

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