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26 海賊貴族ブラフ・ルー

海賊貴族ブラフ伯爵家次期当主ブラフ・ルー・ヴィシュ・ザ・フィフス。

イーウィニー大陸西岸に国付きで無い貴族がいる。なぜそんな事が可能か。イーウィニー大陸のほぼ全域で信仰されている三位一体教が叙爵したからだ。ブラフ家当主は三位一体教の司教も務める。


今回、海神祭に招待された司教が現当主ザ・フォース。その護衛を兼ねて、次期当主が同行していた。それは異例の事態と言えよう。

海賊貴族の仕事は主に海の魔物の討伐である。

コルドー大陸では少なくなって来ている精霊付きであるが、イーウィニー大陸では未だ多くの人が精霊付きの魔力持ちだ。魔力の強い者も多く、長距離攻撃可能な魔法を使える者たちが、海や空の魔物を狩っている。

ここ数年、出現する魔物の数と凶暴性が増している、と言う報告が多く上がっていた。そこで、今回、海神祭に招かれたのを機会に、コルドー大陸での現状視察を兼ねて、海賊貴族のトップ2が派遣されたのだ。


航海途中に出くわした魔物は実はそれ程多くはない。噂は噂でしかなっかったのか、と思いかけたところで、奇妙な現象に気がついた。現れる魔物の行動がこれまでとは異なり、何かの目的を持って動いている様なのだ。軍、とまではいかずとも統一された意志の様なものを感じる。


漠然とした不安を感じつつダブリス入りした一行は、海神祭に参加する当主と、陸に降りて陸と空の魔物の実態を調査する次期当主に分かれて行動した。そして、魔物の勢力増大がここコルドー大陸の方が被害が甚大である事、それを抑えるための対策が殆どなされていない事に愕然とした。特に危機感のないのが、シャナーン王国を始めとした中央平原の国々であった。海神トライドンを信仰する海沿いの国々は海の魔物の動向が変わりつつあることに気がついている指導者も多かった。ここヴィエイラ共和国のように独自に調査をしている国もある。


が、中央諸国は定期的に冒険者や傭兵が魔物を狩るため、魔物の変化に気付いていない様だ。危機感のなさに呆れながら、それでも祭りの最終日に間に合うようにルーは戻ってきた。海神祭初日に観た美しい踊り子の踊りをもう一度観るためだ。そして、今日、その踊り子の子供の危機を救う事が出来た。

「初日に、あなたのお母さんの踊りを見てね、最終日の演者に選ばれたと聞いたから、頑張って調査を切り上げて帰って来たんですよ。けれど、よく見えなくてね。残念と思っていたら、あなたを助けることが出来ました。縁を結べ、と三位一体神の神意に違いないと思いませんか。」

満面の笑みでアイリを抱っこしてルーが言う。


「でも、ルーさん、言葉わかってるのに、知らないふりって、酷い・・・。」

「あはは、すみません。言葉が通じないふりをする方が、素の情報が手に入るでしょう。逆に見るからに異国の人間が、自分達の国の言葉を流暢に話せば警戒しませんか?」

それが癖なのか片眉を上げて、ルーはラモンを見る。

「お陰で彼の面白い話も聞けましたしね。」

嫌そうにラモンは視線を逸らした。


結局、彼らは市壁外のキャラバンの宿営地でお茶を飲んでいる。ルーが荷物の中から取り出したイーウィニー大陸のお茶だ。澄んだ濃い青の不思議な香りのお茶だった。

「このお茶には、このお菓子が合うんですよ。」

そう言って出したのは、突起が一杯ある砂糖菓子。親指の先ぐらいの大きさでほんのりピンクに色がついている。「日持ちがするから、航海には欠かせない甘味なんです。」

ほら、とアイリの口の中に2、3個放り込む。

「ん、甘い。」


そんな和やかな雰囲気の中、ルーは訪れた幾つかの異国の話や、出会った海の魔物の話などを、わかりやすく話してくれ、アイリ達はお返しにキャラバンの芸を見せたりなど楽しく過ごしているうちに、日も傾いてきた。


父がソワソワしだし、母の帰りが遅い事に気がつく。周囲はまだまだお祭り騒ぎが続いているが、もう戻ってきても良い時間だった。

仲間達が不安げに顔を見合わせ、ルーも何事があったのかと首を傾げた。

「様子を見に行ってくる。」と父が宿営地を出こうとした時、「俺様の魔導コンパスならテラ様の大体の方向はわかるぜ。」とラモンが同行を申し出た。やや強ばった表情で父は頷き、二人は宿営地を後にした。

「大きな騒ぎが起こっている気配は無いから、大丈夫ですよ。」ルーは優しく言い、アイリを抱き締めた。


二人が出て行ってから程なくして、ガラガラガラと馬車の音が近づいてきた。街道に飛び出したアイリの目に立派な馬車がこちらにやって来るのが見えた。

「ルーさん?」

ルーの眉間に皺がよる。

「あれは当主の馬車?」

「当主、って海賊貴族の?」「そう。そして三位一体教の司教。」

アイリの肩に置かれた手に力が入った。「大丈夫。何があっても私がアイリを守るよ。」


馬車は宿営地の前で止まった。そこから、母テラと父ダン、そして座長が降りてきた。続いたのは、赤銅色の肌にスキンヘッド、見るからに戦士然としたイーウィニー人の壮年の男性。そして最後に、三位一体教の青い聖職者のローブに身を包んだ老人だった。


「お帰りなさい、お母さん。」

アイリは母に駆け寄った。テラは疲れている様だったが、柔らかくアイリを抱きとめた。

「ただいまぁ、アイリも大変だったわねぇ。お父さんから聞いたわぁ。よく頑張ったわねぇ。」

「お父さんとはぐれてからすぐにルーさんに助けてもらったから、全然、大丈夫だったよ。」

ルーを紹介しようと振り向いたアイリの目に驚くべき光景が写っていた。


《こんのお、大馬鹿モンがあ!司教様ほっぽり出して、何やっとるんじゃあ、われぇ》

《痛い、痛いって、兄者。ちゅうか、今日の護衛当番は、兄者じゃろ。アタシはフリーじゃ。》

《連絡はいつでも出来る様にしとけ、言うちょろうがぁ。》

《連絡?そんなもん一個も来とりゃせん。》

《それを不思議に思わんかーい!》

ゴン、と音がする程の、ゲンコツがルーの頭に落ちた。

「身内が騒がしくて申し訳ありませんな。」

これまた、流暢なコルドー標準語で、三位一体教司教兼海賊貴族ブラフの当主はやれやれと、アイリ達に謝罪するのだった。

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