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24 海神の贈り物

次々と演者が歌や踊りを披露し浮舞台から去っていく。そうして、最後の演者としてテラは現れた。

今回の海神祭で一番注目を集めたテラの演目は、伴奏すら無い、完全な踊りのみだ。初日から纏っていた海の藍から空の碧のグラデーションの衣装ではなく、初めてみせるシンプルな袖のない真っ白なドレス、紅蓮の髪は豊かに波打って肩から流しており、剥き出しの両腕に真っ青な薄絹の大判のストールを巻いていた。

ストールを大きく広げ、舞台に跪く。その腕をゆっくりと請い願うように海に伸ばしながら上体を起こした。そして腕を大きく左右に迎え入れるように広げつつ、立ち上がり、ゆっくり、静かに踊りは始まった。


ほぼ浮舞台の中央に立ち、小さく一歩前へ、添えるように二歩目。更ににもう一歩前。一度、両足を揃え、腰を軽く落とし、そのまま踵をつけたまま右足を右へ90度方向転換。二足一歩で滑る様に移動。その間、両腕はゆっくりと輪を描く様に大きく動き、上体も大きく反っていった。非常にゆっくりした動きの為、全く派手さは無い。けれど、のんびりとすら見えるゆっくりした動きが、全くぶれないのはかなり筋力が必要な事は踊りを生業とする者、そして、一流の武芸者には驚嘆を持って受け入れられた。が、


「意外に地味、ですなぁ。」

「これが伝説の舞姫ですか?」

御座船の上では、コソコソと小声で囁く、招待客の声も聞こえてきた。

座長は表情を上手く隠していたが、その心は不安で揺れていた。ちらっとダブリス市長を見ると、連合国主となにやら頭を寄せて会話中である。「嗚呼あ、テラさん、頼みますよう〜。」


一方、宗教家の内二人は、身を乗り出し、食い入る様に舞台を見つめていた。

「おや、御二方は随分ご熱心にご覧になっておりますな。」

最初から、義務で参加している聖徒教会ダブリス神官長が呆れた様に尋ねた。

「そうですな、非常に興味深いです。」

「ワタシも彼女のお話がキキタイです。」

顔も向けずにトライドン神殿神殿長と三位一体教の司教が答えた。

「左様、あの足運び、拝殿時の古式の足運びに良く似ておる。」

「オー、我らの口伝ニモよく似たモノが伝わってマス。三位一体神は天・地・海の三神。海の神トライドン信仰ト共通スルものガあるのかも知れませんネ。聖徒教会さんはいかがですか?」

「!なっ、無礼な。我らが聖徒教会は唯一無二の天の神を信仰するもの。異国の神と共通点などあろうはずが無い。失礼する。」

そう言って、聖徒教会神官長は席を蹴って立ち去った。他の神の神事に参加するなど、社交辞令でしか無い。良い機会とばかりに席を立つ神官長に、やれやれと肩をすくめる者が多い中、同行していたシャナーン王国の使者は、気まずげに深々と一礼をすると、神官長を追って船を降りて行った。


外野の喧騒を他所に、浮舞台の上で、テラは静かに踊り続けた。やがて、海面に一組のイルカが現れた。イルカは海神の使いと言われており、ヴィエイラ共和国では大切にされている。イルカは浮舞台の周囲をぐるりと周るとまた、沖へ泳ぎ去った。その出現に吉祥を見た者も多かっただろう。

しばらくすると、イルカはまた、現れた。今度は次から次へ何頭も。そうしてテラの踊りに合わせるかのようにゆっくり浮舞台の周囲を回った。そして、テラが舞終わると同時に、何頭ものイルカが一斉にジャンプをしたのだ。晴れ渡った海と空の間に水飛沫が上がり、光を弾いて、七色の虹をかけた。

この様子は、遠くの桟橋や岸壁にいる観客達にも見る事が出来た。その奇跡の光景は、多くの人に彼女の踊りが、海神に届いたことを信じさせるに足るものだった。


奉納を終えた演者たちは御座船の甲板に用意される簡単な宴の席で労をねぎらわれる予定になっていた。踊り終わったテラは疲労困憊で、遠慮するつもりでいたが、海神の神殿長と三位一体教の司教に是非にと言われていると、座長が申し訳なさそうに迎えに来てしまえば、無理に断ることも出来なかった。


甲板では、未だ舞い踊るイルカの群れに貴人達も手すりから身を乗り出して、この光景を驚嘆の表情で見ていた。テラたちが現れると、踊り手の多くが感嘆の視線を寄越したが、一人の歌い手とその雇い主が、これみよがしにテラを侮辱し始めた。

「あのような地味な踊りが、伝統の海神祭の最後を務めるなど、あってはならない事だと思うのだがね。全く、旅の踊り子など、前評判ほど当てにならないものは無い。緊張で足でもすくんだのかね?イルカの群れなどという偶然がなければ、退屈で収まりがつかなかったではないか。イルカに感謝するべきだな。」

「ほほほ、もしそんなことになるのでしたら、また、わたくしが歌を献げますわ。」


美しいが派手な容姿の歌い手は、隣国ダマルカンド公国の有名劇場専属歌手で、第一公子の愛人と密かに噂されていた。招待に応じたのは弟の第三公子だが、彼はまだ幼くイルカに夢中だ。幼き公子の出席だけでは失礼だろうと言って、第一公子は愛人を“国一番の歌い手“と海神祭の最終日に捩じ込んで来たのだ。確かにその容姿も歌声も衆目を集めるものではあったのだが・・・。


ヴィエイラ共和国の南、南部大森林との間にあるダマルカンド公国はここ数年、軍事増強に力を入れており、イーウィニー大陸との海上貿易でも共和国と利権をめぐった衝突も起こしていた。第一公子と第二公子の間での後継者争いも本格化して来ており、正直、ヴィエイラとしては出席したのが第三公子でホッとしていたのだ。後から送り込まれた第一公子派の歌手が海神祭に花を添える目的だけで送り込まれて来たのではない事は明らかだ。

彼女達はテラを侮辱した後、他の貴人達の元へ、まるでこの場の主役のように堂々と移動して行った。


「失礼、君達に紹介したい方々がいるのだ。」

呆気に取られるテラ達に、軽く眉を上げて彼方を見遣ったダブリス市長が、神殿長と司教の下に誘った。

「オー、近くデお会いスルト、マスマスお美しいデスネー。初めまして、ウツクシイヒト、ワタシは三位一体教の司教ヲしているガーネ・ラクシとモウシマス。」

「まこと、海神様の御心に叶う素晴らしい舞であった。儂は今日、この場に立ち会えた事を一生の宝にしよう。」

手放しの歓待に座長は引いてしまったが、テラはふんわりと笑って頭を下げた。

「皆々様に、海神様の恵みのあらんことを。」

その時、甲板に歓声が上がった。

見ると、波間に大量の魚影が見え、海鳥がそれを狙って次々とダイビングをしていた。跳ねる魚の鱗が光を弾いて銀色に輝く。

「大変です、イルカに追い立てられた魚の群れが湾内に入り込んでいます!ものすごい数です!」

突然の大漁の海の恵みに、歓声が嵐となって、岸壁から海へ押し寄せた。


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