21 魔石
「どういう流れでそんな話になるのか、よくわからないわぁ。でも、だーめ。一緒に旅は出来ないわぁ。」母の答えはそっけなかった。
即座に否定され、ショックを受けたラモンはシモンに交代し、居住いを正すと理由を問うた。
「だって、私たちはキャラバンを抜けて、しばらくはここで暮らす事にしたから。」
「「「そうなの?!」」」
初耳だった。
「ごめんねぇ、アイリの話を聞いてから、相談しようと思っていたのにぃ、余計な邪魔が入ったからぁ。」ちらりとシモンを見て母は口角を上げた。
「その事も考えていたからぁ、今日の踊りに気合が入ったのねぇ。この国は聖徒教会の影響力が弱いし、いざとなったら、海から向こうの大陸に逃げることもできる。ミルナスが大きくなるまで、しばらく腰を落ち着けるのも良いかなぁと思って。今回の海神祭で座長に恩を返したら、離れるのも許されるかなぁ、と思うのよぉ。」
シモンが50歳以上?キャラバンを抜ける?どんどん話が広がって、アイリの頭の中で収拾がつかなくなりつつあった。詳しく聞きたいが、時間も限られている。
「でぇ、アイリの精霊の話に戻しましょうか?」
今までのシモン・ラモンの話は全く無視して、あっさりと母は話を切り替えた。あまりの興味のなさに、がっくりと項垂れるシモンにテラ以外の同情の眼差しが向けられた。
「お守りのペンダント、見せてくれるぅ?」
差し出された母の掌に、アイリはペンダントを乗せた。母は抱いていたミルナスを父に手渡し、ペンダントを持ちあげじっと見つめる。
「私の魔力が髪から消えてるわぁ。これじゃあ、いつ切れてしまってもおかしくないわねぇ。」そう言って、ミルナスのヘアバンドに触れ、小さく頷いた。魔力が消えているのは、アイリに作ったこの紐のみのようだ。
「この魔石からは四大精霊の魔力を感じる。本当ね、この小さな魔石に四つの属性が入ってる・・・。」
「あのぅ、アイリさんの契約精霊は消えたのではなく、その魔石に付いた、という事、ですか?」
復活したシモンがにじり寄って来ていた。
「えっと、最初は、赤い綿毛、火の精霊がその魔石の中に吸い込まれて、その後、次々、他の子達が入って行って・・・。あの、シモンさん、魔石の中の精霊の様子って見えてるんですか?」
「ええーっ、ごめんなさい。精霊の本質が見える、っていうのはラモンの言う事で、私には見えないんです。今、代わり『見えねーよ』ますね。」
『見えねーってんの。俺はしばらく引っこんでるから、シモンがちゃんと調べてやれよ、こういうのお前、得意だろ。』
「「・・・。」」
「見えないそうです。」申し訳なさそうにシモンが言い、しかし、次には食い気味に言葉を続けた。
「このお守りが、テラ様がご家族の守護になるように作られたものなら、火の加護が込められたものですよね。火の魔石がテラ様の加護の力を吸収した。だから最初に火の契約精霊が取り込まれた、と。」
非常にわかりやすい説明だったにも関わらず、テラにあっさり否定された。
「それは違うわぁ。その魔石は地の魔力が微かに残る程度だったのよぉ。だから、火の加護をつけてこの子の魔力を隠すのに丁度良い、と思ったの。」
「!?それはありえなくは無いですか?この魔石の成り立ちからして、複数の属性を取り込むなんて事は不可能では?」
「・・・不可能、では無いから、ここにこれがあるのでしょう。」
物思いに耽りながら、テラは魔石を持ち上げた。アイリに断りを入れてから、シモンはそれを観察する。「確かに。四属性全てが綺麗に同居している。何です、これは?打ち消し合うでもなく、混じり合うでもなく。精霊として上位だから?それとも契約の影響?」
ブツブツと呟くシモンを無視して、アイリは母に尋ねた。
「魔石の成り立ちって、どう言うことなの?」
前世では何も思わず、これが魔石だと渡された物をそう信じていた。だが、今の母とシモンの話を聞く限り、それとは別の魔石がある様に思えてならない。
「一般的に言われている魔石は、魔力の付与された石、の事ねぇ。でも、普通の石が魔力を受け取れる能力っていうのはそんなに多く無いからぁ、ちょっとの魔力で一杯になってしまうのぉ。だから、魔力が枯れる度に付与する必要があるわぁ。普段の生活に使っている火の魔石とか水の魔石、光の魔石とかね。普通に売られているし、魔力充填専門のお店もあるわね。」
嬉々として、シモンも加わった。
「頻繁な魔力充填は何かと不便です。一度に大量の魔力の入る魔石を作ろうとなるのは自然の流れですよね。過去に色々と実験を繰り返して、貴石になら多量の魔力が蓄えられることがわかりました。すると今度は一つの貴石で何種類もの魔力を使いたい、と欲が出るのです。が、貴石と言うのはその時点で属性を帯びているので、別の属性を付与しようとして壊れてしまう事が続きました。そこでやっと、高価な貴石を壊してまで、別の属性を付与する必要は無い、と結論が出たのですよ。魔力の属性は色で一目でわかるので、付与時に間違え無ければ良いだけですからね。赤い宝石は火の魔力、と言うように。王族を始めとした貴族が多くの色の貴石を持つのは、財力と魔力の象徴と言えますね。」
「?でも、私の持っていた魔石は赤いのに地の魔力を持ってたの?それに地、だったら魔力の色は黄色だから、トパーズ?そうは見えなかったけど。」
アイリの手の中に帰ってきた魔石を改めてじっと見ても、宝石の様には見えない。
母とシモンは顔を見合わせ、最終的に口を開いたのは母だった。
「他にも魔石と言われる物があるわ。魔物から採れる魔石ね。元々、石に魔力を付与すると言うのはこの魔物から採れる魔石を人工的に作っているのよ。魔物と精霊の関係はわかる?」
「人以外の生き物に精霊が付いたのが魔物?」
「そうね。動物に付いた精霊は体の中に入り込んで出てこなくなる。それは、精霊が物と結びつくと安定するからなの。入り込む先は心臓。だから、魔物から獲れる魔石は精霊の宿った心臓、と言う事。魔力を持った命、とも言えるわ。それ故、魔物から獲れる魔石は強い力を持っているし、貴重なの。アイリの魔石は、その‘魔石‘よ。」
そして結論を告げた。
「魔物から獲れる魔石は精霊そのものだから、属性は一つなの。」
魔石の説明は納得がいくものだった。成る程、傭兵や冒険者が必死になって魔物を狩るわけだ。魔物の魔石は高額で取引される。2代目アイリが、魔物討伐に行くのが喜ばれたのは、聖女の力の正体が何であれ、魔石回収には有効だったのだから。回収できなかった時の、落胆にも納得がいった。しかし、
「それでも魔石の色と魔力は一緒だよね。地の魔石が赤かったのはどうして?」
「・・・これは血の色よ、アイリ。染みついてしまった血の色。だから、あれは、赤くても火属性では無かったの。」
吐き気がした。目の前に血の海に横たわる親友の姿が浮かび上がった。自分も肩から脇腹にかけて、灼熱の痛みが走ったのを覚えている。声にならない悲鳴をあげて、アイリは気を失った。




