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20 シモン・ラモンの秘密

テラの踊りが全ての話題を攫った海神祭初日の夜、誘われた食事やパーティを全て断り、テラは家族と夕食を囲んでいた。座長はテラに代わり、お偉いさんとの食事会に出席し、他のメンバーもそれぞれが贔屓にしてくれているパトロンと交流していた。


「お母さん、すっごい綺麗だった。」

もう何度目になるのかわからない言葉を、家族全員からもらい、テラはいつもの様におっとりと微笑む。

「ありがとうねぇ、これもみんなのお陰よぉ。ユーリも綺麗だったわぁ。アイリもミルナスもよく我慢したわねぇ。勿論、あなたもよぉ、ダン。」

ミルナスを腕に抱いて、テラはダンの頬に唇を寄せた。


家族の馬車の横にテーブルをだし、地面に敷物を敷いた上に各々が座って皿を引き寄せての食事だ。小さく火を興し、串に刺した魚も焼いている。父は軽く酒も入っている。

「明日から、もっと人が観にくるね。私も木戸賃集めや軽食売りの手伝いするね。」

初日は免除されていたが、明日以降はそう言うわけにはいかないだろう。噂を聞きつけて更に人が集まるのは明らかだ。

「そうねぇ、どうしようかしらぁ。」テラも思案顔だ。「ちょっとやりすぎちゃったわねぇ。サボっちゃおうか。」

「「「「ええーっ!」」」」

重なった声は、家族の人数より多かった。


馬車の向こうから姿を現したのは、ラモン・ラファイアットだった。

ガタン、と音を立ててダンが立ち上がる。そのまま、殴りかかろうとするのを、テラが裾を掴んで止めた。アイリは思わず、身体が固まってしまい動けない。ユーリはびっくりして、家族の顔を見回した。


「自ら出てきたのは評価してあげる。」

火に映し出されたテラの顔は、表情が消え、作り物の美しい人形の様だった。

ラモンはアイリに向き直り、その場に膝をつくと頭を下げた。

「先日は、俺の思い込みだけで、キツイことを言ってすまなかった。ひどく傷つけたと聞いた。本当に申し訳ない。」

「謝って済むと思ってるのか!」ダンの声が響く。

ラモンは頭を下げたまま、続けた。「どう償ったら良い?」

ぶんぶんと音がする程、首を左右に振って、アイリは父と母を見た。


「償ってもらう様な事は何もされて無いです。私の精霊がそんな状態だったなんて知らなかったので、教えてもらって助かりました。言い方は、・・・かなり、心にグサグサ来たけど・・・。だから、謝ってもらったので、良いです。」

「そんな状態だった()()()

!?精霊がいない!?解放したのか?一体どうやって?」

アイリの言葉に、ここへ来て初めて顔をあげ、彼女を見たラモンは、驚きに声を失った。

「お前に関係は無い。償いは要らないとこの子が言うから、この件はこれで不問とします。謝罪が済んだなら立ち去りなさい。」

いつもと違う威厳に満ちた母の強い口調に、アイリは元より、父も姉も驚いて母を見た。

身体を起こしかけていたラモンは、苦しげに顔を歪め、再び膝をつくと頭を下げた。

「申し訳ありませんでした。謝罪を受け入れていただき、ありがとうございます。」

「ですが!」「去りなさい!」

「テラ。」

意外にも、頑なな母を止めたのは、さっきまで殴る気満々だった父だった。

「幸い、今ここには、俺たち家族以外誰もいない。何があったかよく知らんが、精霊がらみの事ならば、ゆっくり話をするチャンスなんじゃ無いのか?俺たちに聞かれたくないなら、向こうへ行っている。」

「あなたが『貴方がたに』そんな事をする『してもらう』必要は無いわ『ありません』。」

見事に母とラモンの言葉が重なった。

ふっと緊張が解けた。


「ありがとうございます。」ラモンがまた、頭を下げた。この青年と知り合って、こんなに彼が丁寧な言葉と態度で人と接するのを初めて見た。

そして、昨日の出来事をラモンは自分の視点から話し始めた。途中、父は何度か拳を握りしめていたが、口は挟まず、最後まで聞いていた。ユーリは安心させる様にアイリの手を握ってくれていた。


「そして、今日、テラ様の踊りを見て、貴方たちには全て話して、助けを、助力をお願いしたいのです。」

「助け?」

「はい。テラ様と愛し子ちゃんはもう知ってると思いますが、俺、ラモンとシモンは一つの身体に二つの人格があります。」

目を見張る父とユーリの前で、ラモンの雰囲気がガラリと変わった。

「ええーっと、納得していただけるでしょうか?」

声のトーンだけでなく、座っているその姿や顔の表情一つとっても、演技とは思えなかった。入れ替わったそのままシモンが話を続けた。


「私が生まれたのは、ここからはるか南の国で、大森林を抜けた先の今は滅びた小国です。その下級貴族の長男でしたが、親から大切にされた記憶はあまりありません。私が生まれた時には、国はもう、ボロボロで、どこにも逃れる才覚の無かった父は、自暴自棄になっていた、と聞いています。5歳になるかならないかの頃、お恥ずかしい話ですが、食べる物にも困っていた私は、森へ木の実を取りに行き、魔物に出くわしたのです。一緒に来ていた家の者が、見つけた時には、辛うじて息をしているような状態だったそうです。魔物に襲われて生きて伸びる者は殆どいない。それは今も昔も変わりません。ですから、両親は医者も呼ばず、私は既に死んだ者として、跡取りを弟に変える手続きをし、葬儀すら済ませてしまいました。でも、私達は生き残った。」


シモンが一息付いたタイミングでユーリがお茶を差し出した。「有難うございます。」とはにかむように笑い、シモンは続ける。


「“魔傷“と言う言葉をご存知でしょうか?魔物に付けられた傷の事を言うのですが、魔物に襲われて、致命傷を負わなかった者でさえ死んでしまうのは、この魔傷に残る魔力による後遺症が原因と僕達は考えています。後遺症には色々なものがあるのですが、私の場合、それが、新たな人格の誕生、ラモンと言う、独善的で攻撃的な人格、人間社会において排除される人格破綻者『おいおい、言い過ぎ』の誕生でした。」


「私たちにとって幸いだったことに、魔傷を負った年齢が幼く、大怪我をして廃嫡された事もあり、この人格破綻者人格破綻者(ラモン)は子供の癇癪、と解釈された為、大人達から大目に見られた、という事。また、丁度亡国のドタバタで暴れる子供に構っている余裕が無かった事、が、あげられるでしょうか。命に関わる大怪我から、ようやく起き上がれる様になった頃、私とラモンはお互いの存在に折り合いをつけることが出来るようになっていました。」


「まだ、ガキだったが、俺の性格は戦うのに向いていた。国が滅びてからは、傭兵団や盗賊達に混じって、雑多な事に手を出して、あちこちを旅した。その間に、魔傷について色々実験もして、今の結論に達したわけだ。主にシモンが。」

話しているうちにかなり緊張が解けたのか、ラモンに切り替わった途端、彼は胡座をかいて、ぐびっとお茶を飲み干した。


「俺達、いくつぐらいに見える?20歳ちょっとってところだろう?でもな、実際、生まれたのは今から50年以上前だ。俺の時間とシモンの時間は不思議な事に別々に過ぎるんだよ。だから、なるべくお互いの歳が離れない様に、表に出る時間は揃えるようにしているんだ。」

「ここダブリスに住むようになって7年ほどになる。いい街だが、そろそろ潮時か、と思っていた時に、テラ様に会った。どうか、俺たちもキャラバンに入れて欲しい。一緒に旅をさせて欲しいんだ。」

ガバッとラモンは頭を地面につける程、深く下げて頼んだ。


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