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2 3度目は5歳から

本日、2話目

アイリ達旅芸人のキャラバンはコルドー大陸のほぼ中央に位置するシャナーン王国に向かって川沿いの道を西に進んでいた。このベストーリィ川は遥か東から穀倉地帯を育みながら西に向かって緩やかに蛇行しながら流れている。この先一座の馬車で1日の距離にある地点で北から流れる急流サイ川と合流し、オーム大河と名を変え、南下する。この川がシャナーン王国の東の国境となる為、二つの川の合流地点には建国前から強固な砦が建設され、今も現役の見張り台として使われていた。北方連山から流れ出るサイ川は左右の硬い岩盤に阻まれ川幅が狭く、雪解け水で下へ下へと穿たれた為、深い谷を形成しながら流れてこの地に至る。その為、橋脚を立てることが困難で、木製の吊り橋が架けられていた。国々の乱立していた建国期には、その吊り橋を落とす事で、東からの侵入を防いでいたと言う。吊り橋は戦いの度に落とされては架けられを繰り返していたが、平和な時代においてはその不安定さから、大勢の移動には不向きで、利用者は限られる。今では、砦より少し下った緩やかなオーム大河に立派な石橋が架けられ、その先がここランバード辺境伯領の領都となっていた。今その橋はシャナーン国王即位20年式典に向かう人や荷物でごった返しているのだろう。


アイリ達のキャラバンは、敢えて吊り橋を使い、混雑を逃れ、要らぬトラブルを避ける事にしたのだ。旅芸人は定住地を持たぬ彷徨える者達である。稼ぎになりそうな祭りがあれば向かい、戦いの気配が迫れば、さっさと出て行ってしまう。冬には南に下り、雨季には西の砂岩地帯に移動する。旅の途中で魔物や盗賊に襲われる危険といつも隣り合わせであっても、己の技一つで世界を渡るキャラバンは、街に定住し土地に縛られたごく普通の人間には異質の者と見えたであろう。疫病が流行れば、彼らが運んできた、人死にが出れば、彼らが犯人、と断定される事など、当たり前。その分、国境での身元調査も簡素な彼女らに苛立ちの視線が突き刺さるのも、お決まりの日常風景だ。

さすがに不安定な吊り橋を通る者は少なく、争い事も無く、アイリ達は無事にシャナーン王国ランバード辺境伯領に入ったのだった。


ランバード辺境伯領はシャナーン王国の中でも、身分差別の比較的少ない土地と噂されていた。実際、領境でも侮蔑の視線やあからさまな妨害は無く、すんなりと滞在許可が降りた。在位20周年式典で浮き立つ村々を回って、音曲や寸劇、占い、外国の珍しい小物の店など、雑多な娯楽を扱うアイリ達のキャラバンは、行く先々の村でそれなりの人気を集めていた。父の仕事は主に小屋の設営や公演中の見回りなどの裏方だったが、母は象牙色の肌にルビーの瞳、豊かにウェーブした紅蓮の髪の美貌の踊り子としてキャラバンの稼ぎ頭で、その美しさだけでも一目見たいと小屋の前には、人の列が途切れる事は無いほどの人気だった。4歳年上の姉のユーリも母譲りの可愛らしさで子役として舞台に立っていた。一座が小屋をかけた時、何もせず遊んでいる余裕などは、乳飲み子ですら無いのだ。だから、5歳のアイリは弟のミルナスを背負って動物の世話係だ。

やり直しではない本来の人生では、アイリは動物の世話が大嫌いで、母や姉の様に華やかな舞台に立ち、人気者になる事を夢見ていた。それが努力の成果である事を考えもせずに。甘えていたと思う。だから、今は、3度目は、せめて与えられた仕事はしっかりやろう。


そう言う真摯な気持ちで接すると、動物達もアイリに協力してくれる様に思えた。威嚇して歯を剥き出していた馬車馬は、ブラシをかけると気持ち良さげに尻尾を揺らし、悪口ばかり叫んでいたおしゃべりオウムは感謝の言葉を話した。背中の小さな弟さえ、大人しく眠っている。


「不思議。何だか、みんな優しいね。」

嬉しくなって、道化の猿に食餌のリンゴを差し出すと、猿はお客さんにする様に頭を下げた。餌やり、水替えをしながら、無意識に歌を口ずさむ、天に捧げる感謝の歌。そして舞う。聖女だった頃は、自由に歌い踊る事は許されなかった。聖女にとっての歌舞は、務め。精進潔斎し、聖衣と聖具を身につけ、歌え、さもなくば天には届かない、と厳しく指導された。


だが、今なら分かる。そんな一音でも違わぬ歌、手の角度すらきめられた舞が、天に届くはずが無いのだ。気持ちのこもらぬ形だけの「感謝の歌」だから、精霊は人に添うのを辞めたのだろう。だから今、アイリは心を込めて歌う。3回もやり直しをさせてもらえる事へのお礼と、未来に出会う人達に自分がここにいる事を伝えたくて。


「へたっぴぃ。何、意味わかんねぇ歌、歌ってるんだよ。」


突然、後ろからかけられた少年の声に、文字通りアイリは飛び上がった。そして、背中のミルナスは火の付いた様に泣き出した。


「な・な・な・ナキム。聞いてたの?あー、ミルちゃん、よしよし、大丈夫だよー。」

「あんだよ、聞かれたくなきゃ、歌うなよ。」


ナキムはキャラバンの座長の末っ子で、アイリの一つ年上の6歳。まだ使い走りの様な事しかさせてもらえないのが、大いに気に入らない生意気な甘えっ子、そして、アイリの事がちょっと気になる男の子だ。道化の猿の出番が近い為、連れ出しに来て、そのまま、アイリの姿と歌声に夢中になってしまっていた。


それは不思議な光景だった。こざっぱりとしてはいるものの身体には大きすぎるお下がりの服を着て、赤ん坊を背負った子供が意味の通じない歌を歌っているのに、そこだけ世界の色が違って見えた。アイリの周りを甘い香りを纏った風が吹いていた。草も木も動物達も彼女の声に耳を傾けている様に見えた。

惚けていたのが無性に恥ずかしく、ナキムは知らず大声で憎まれ口をたたいてしまったのだ。


一方、我に帰ったアイリは自分が聖女の力を行使していた事実に愕然とした。


18歳で死んだアイリの本来の人生で、彼女が聖女の力に目覚めたのは、魔物の襲撃で自分以外の家族をキャラバンの仲間諸共、失った15歳の秋の終わりだった。

申し訳程度に全てが灰になってから現れたシャナーン王国の騎士達は、アイリが生きてる事に驚き、先ず、言い訳を口にした。

「魔物の群れがあちこちに現れ、手が回らなかった」のだ、と。そして唯一生き残ったアイリには何か特別な理由があるのではないかと言う事に気付くと、我先に彼女を連れ出そうとした。近くには彼女の家族や仲間達の引き裂かれ、焼け焦げた遺体があると言うのに。


しかし、アイリ自身、あまりの衝撃にこの時の事は舞台を見ている様な、どこか現実味の無い穴だらけの映像としてしか、記憶されていなかった。感情が追いついて来たのは、大聖堂に保護と言う名で有無を言わず連行された後、新たな聖女の発見にシャナーン王国第一王子アルブレヒトが大聖堂を訪れ、「可哀相に」とアイリを抱き寄せた時だった。

シャナーン王国第一王子アルブレヒトと言う人は、輝く黄金の髪に青空色の瞳を持った御伽噺に出てくる王子様そのものだった。そして、本当に御伽噺の中の王子様で現実の世界の事は何一つ理解していなかった。優しく正義感に溢れ、アイリを憐れみ、必死に聖女たろうとする姿を愛し、真っ直ぐな願いは必ず叶うはず、と誰もが子供の頃に捨てた幻想を信じて、アイリを死地に送り出した。

「君が魔人を討伐して凱旋すれば、もう誰も私達の結婚に反対はしない。魔人を倒して無事に私の元へ帰って来る事を信じているよ。」


「アイリ?」


気がつくと、心細げな表情のナキムがアイリの顔を覗き込んでいた。自分の迂闊さにしばらく意識が過去(未来?)に飛んでいた様だ。そして、この状況に既視感を覚えた。

『ああ、そうだった。あの、炎天下の階段でも、彼は今と同じくらい困った顔をしていたっけ』


「ぼーっとして、大丈夫か?泣くなよな、意味わかんねぇけど、何かあったけぇ歌だったからさ、へ、へたっぴぃ何て言って悪かったよ。」

どうやら、ナキムはアイリが歌を馬鹿にされてショックを受けた、と思った様だ。早口で、だがきちんと謝ってから、彼は猿を抱えて走って行った。


「神代語で歌っちゃった。」

当たり前だ。天に捧げる歌は全て神代語で歌われる。間近で平民が聞く事など無い言葉だ。だが、例え神代語で歌ったとしても、聖女の力が満ちていなければ、こんな状況にはなっていないはずだった。

アイリの歌舞で周囲には、所謂『聖域』が発生していた。真摯に祈りを込めた訳でも無く、鼻歌程度であったから、ナキムが感じた様に『暖かい』で済んではいるが、ちょっとした『魔』なら、立ち所に浄化されてしまうそれは、覚醒前の聖女には決して作れないはずのものだった。驚いた拍子に掻き消えてしまったけれど。



遅筆ですが、週1定期更新を目指します。長い目で応援頂けると嬉しいです。

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