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19 テラの舞台

翌日、母は大事な初日の舞台前だと言うのに、アイリの姿を見つけるとその小さな身体を抱き締めて「よく頑張りました」と囁いた。

アイリは昨日の出来事を何処まで母は知っているのだろう、と不思議に思いながら、小さく頷いた。

「お母さんのくれたお守りが助けてくれたみたい。」

あまり詳しく話をする時間は無い為、アイリは胸元からペンダントを取り出すと母に見せた。「私に付いてくれていた精霊達はみんな、この魔石の中に入ったの。」

「?みんな?四属性全て?」

「・・・やっぱりおかしい、よね。」

「・・・不思議ではあるけどぉ、おかしいことは無いわぁ。精霊にも相性があるらしいしぃ。舞台が終わったらゆっくり話をしましょう。」

最後にアイリとミルナスの頬にキスをして、父にぎゅっと抱きしめられてから、母はユーリを連れて、舞台袖に戻っていった。

僅かな時間ではあったが、不安の塊が溶けて流れて行くのを感じた。魔石はアイリの胸元で暖かく灯っていた。


母の踊りはとても美しい。華やかだが派手ではなく、どんなに激しく動いていても、乱暴さを感じさせない。伸ばした指の先まで神経が配られていて、腕の一振り、足捌き一つとっても無駄な動きは無かった。

自分が聖女として舞う様になった時、初代アイリは母の踊りを下品と評され、反発すると同時に恥じてもいた。周りは貴族の子女ばかり。旅の踊り子として高く評価されていたとは言え、母は自己流。国最高の舞踏家の複雑なステップなどと比較されては、見劣りする、と思っていた。


あの時わかっていなかった事が、今ならよく分かる。技術が優れているから優れた踊り手では無いのだ。少なくとも海神祭で、海の恵みに感謝を捧げる踊りに技巧を尽くした舞踊が喜ばれるかは、観客の反応を見ていればわかった。

美しい衣装、見事な音曲には素直な感動の声が上がる。一方、母はお金をかけたとは言え、所詮、中規模キャラバンの踊り子だ。生地もアクセサリーも最高級とは言いがたい。が、すっと一人、舞台の中央に立てば、その姿だけで衆目を集めた。これから、目にする踊りは神前に捧げるに相応しいものになる確信を観る者全てに抱かせた。

そしてそれは現実になった。この日の母の踊りは毎日見ていたアイリ達ですら、鳥肌が立つ程のものだった。

たった一回の踊りで、母は最終日の大舞台への参加が認められた。

座長がドヤ顔で周りの興行主達に自慢して回ったのは言うまでも無かった。


時間は少し遡る。

昨日の今日で、流石のラモンも表に出るのを嫌がり、けれど、どうしてもテラの舞台が見たくて、シモンは海神祭の会場にやって来ていた。キャラバンに顔を出す勇気は無く、舞台が見えるギリギリの所に立っていると、丁度、木戸銭を回収しているナキムに見つかってしまった。一瞬、顔を引き攣らせたナキムだったが、ラモンではなく、シモンがいる事に驚き、ペコリと頭を下げた。

「先生が見に来てくれたんですね、良かった。ラモンだったら叩き出す所ですよ。あいつアイリに何かひどいこと言ったみたいで、一発、殴らないと気が済まない、ってダンおじさんカンカンでしたよ。」

「ええーっ、すみませんでした。アイリさんは今日は?」

「テラさんとユーリ姉ちゃんの舞台だから、雑用係は外してもらって、今は多分、舞台袖で見てると思います。」

「その、大丈夫そうでしたか?」


真意を探ろうと言う様に、ナキムはじっとシモンの顔を見つめた。その懐から、白い猿も顔を覗かせていた。

「・・・ピノは元気そうですね。」

人差し指の先で小さな頭を引っ掻く様に撫でるとピノは目を細めて、鼻をひくひくさせた。気持ちよさそうだ。「大分、俺に慣れてくれて。夜も一緒に寝るようにしたんです。今じゃ、何処へ行くのも一緒です。」

「そうなんですね、随分、良くなるのが早い。何かありました?」

「うーん、どうだろう。テラさんの言う通りに、いつも一緒にいて、話しかける様にしてたぐらい?」


その時、座長の開演を知らせる声が聞こえた。ナキムはもっと近くで見える場所を用意する言ったが、シモンが丁寧に断った為、もう一度頭をさげると舞台裏に走り去った。

『流石はテラ様だな、治癒魔法も使えるんだ。』

「治癒、と言うより、自己回復の補助、ですかね。」

あれなら、海神祭の最終日を待たずに、轡を外す事が出来そうだ、などと思っていた時、拍手と共に、数名の男女が舞台にあがり、輪舞が始まった。一際小柄な、テラによく似た赤い髪の少女がユーリだろう。


『あの子も精霊付きだよな。綺麗な青色の光の帯が流れる様に一緒に踊ってる。』

「あの年齢にしては、かなり力が強いよね。でも、いつもはあんなにはっきり見えなかったと思うのだけれど。」

『いつもはテラ様の魔力と相殺されてるからだろうな。テラ様のお守り、ってのをあの家族はみんな持ってるから。』

『「聖徒教会に見つからない様に。」』


歓声と拍手で輪舞が終わった事を知る。間に数曲挟んで、最後がテラの演舞になっていた。事前に座長が根回しをしていたので、この時間に合わせて、街の有力者がちらほら姿を見せていた。


そして、誰もいなくなった舞台中央に、テラが現れた。シンプルな真っ白の衣装の上に、裾から襟元へ海の色の深い藍から少しづつ空の碧にグラデーションで染められた足首まで届く上着を羽織り、波を模した白いレースの帯で緩く抑えている。いつも踊る時は、炎のごとく靡く紅蓮の長い髪は、今は、空色の布でイーウィニー大陸人の女性の様に頭に巻き付けて隠している。空色の布は端が腰の長さまであり、踊りにアクセントを与えるのだろう、と思わせた。


テラは、空を見上げ、観客を見回し、そして、深く一礼した。

音楽は一切無い。トン、と軽く足先を突いて、テラは踊り始めた。


そこからは、もう、瞬きすらしなかったのでは無いだろうか。彼女の踊りのどの動きからも目が離せなかった。それはシモン(ラモン)に限らず、彼女の踊りを見た全てのものの思いだった。踊りが終わった事にすら気付かず、多くの人が舞台を見つめ続ける中、テラは、ゆっくりを顔をあげ、最初と同様に空を見上げ、観客席を見回した後、深く一礼した。

それに答えたのは天地を揺るがすような歓声と拍手だった。


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