13 シモンとラモン
「やあやあ、こんにちは。この天才魔導師の俺に何か用か?おおーっと、その肩にいる白い猿は、この間、シモンが連れて来た魔物だな。まだ生きているとは驚きだ。是非、詳しく診せてもらいたいものだね、解剖しても?」
『いやいやいや、ちょっと待って。こっちもこっちで突っ込み所、満載だよー。何このハイテンション。取り敢えず、逃げよう。』
そう決めたアイリはナキムの服を引っ張って「きゃー!!」と叫ぶと、来た道を走って戻った。ナキムが後を追いかけてくる事を確信しての行動だ。
海神祭前で賑わう表通りまで出て、アイリは一息ついて、ナキムを待つ。ほど無く、ナキムと付き添ってくれている彼の長兄が路地裏から現れた。
「アイリ!待って、待てって。」
「何、あの人!?すっごく怪しいよ。ピノを解剖とかって。殺されちゃうよ。」
頑張って、涙目を作って怖がる5歳児を演じる。家族の前では、素の自分でいられたが、キャラバンの人々にはそうはいかない。見かけに近い言動・行動を心がけねば、そう改めて思うアイリであった。
「えーっと、確かに変わった人達だけど、多分言ってるだけで、本当に解剖なんてしないと思う、多分・・良く、知らないけど、一生懸命頼めば・・・、きっと。」
ナキムの声がどんどん小さくなって口の中に消えていった。畳み込む様にアイリは帰る事を主張した。
彼はピノが魔物と知っていてナキムに渡していた!魔物に大きさは関係無いのだ。いつ襲われてもおかしく無かった。精霊の動きが妙なのもあの人のせいかも知れない。まだ生きてるとかも言っていた。
「行くのやめようよ。」
「あのぅ。」
「ちらっと見えた家の中も、何か不気味だったよ。」
「あのぉ。」
「ピノの轡はお母さんに相談したら、きっと何とかなるよ。」
「あのっ。」
「何!」
つい、声を荒げて振り返ってしまったアイリの前に、申し訳無さそうに縮こまって俯く青年がいた。
「わわわ、ごめんなさい。すみません。あの、何か御用でしょうか?」
青年は長い前髪の間から、恐る恐る見上げて、ようやく聞き取れる位の声の大きさでこう言った。
「先程は、ラモンが失礼しました。僕はシモン。シモン・ラファイアットと言います。その白い猿の件で尋ねて下さった、のですよね。僕も気になっていたので、よろしければもう一度家に来て頂けませんか?その、不気味かも知れませんが、ここで話をするのはお互いにどうかと思うので・・・。」
子供だからと侮る事もなく、むしろ、格上の人物に対する様な腰の低さでシモンと名乗った青年は提案した。アイリは無言でナキムに顔を向け、判断を任せる事にした。彼は長兄と相談してから頷いた。
「やあ、シモン、久しぶりだな。ところで、ラモンの事だが、この間、パン屋の若奥さんに絡んで、旦那に睨まれてたぞ。さっさと謝りに行かないと、パン売ってもらえんくなるぞ。」
「ええーっ!ありがとうございます。直ぐ謝りに行きます。」
「よぉ、シモンじゃねぇか、珍しいなぁ。ところで、ラモンの事だが、この間、屋台を立派に直してくれてありがとよ、っておまえから言っといてくれ。あいつに直接言うと頭に乗るからな。」
「ええーっ。ありがとうございます。でもあれ、壊したのもラモンですから、お礼言われることじゃ無いですよ。」
「おや、シモン、折角出て来たんだ、ちょっと寄ってかないかい?」
「ええーっ、ありがとうございます。でもこの子達との約束があって、えーっと多分後で、ラモンがお伺いすると思います。」
少し歩くだけで、次々、シモンに声がかかる。それに対して、いちいち立ち止まって対応するので、飛び出して来た時の倍以上に時間をかけて、アイリ達はシモン・ラファイアットの家まで戻ってきた。これも持ってけあれも持ってけと色々持たされ、「可愛い子供達に」とアイリ達にも串に刺して甘い蜜をかけたここでしか食べられ無い、珍しい果物を分けてくれるお店の人もいた。
『意外に人気者なのね。』
あまりの美味しさに無言で果物を頬張りながら、アイリはその青年を観察していた。柔らかそうな茶色の前髪はくるくる巻きながらも目を覆っていて、これで見えるのかな?視力悪くするのでは?と心配になった。そこから伺う様にこちらを見る様子が、気弱を態度で示すと「これ!」と言う感じだった。恐らく、ちゃんと背を伸ばせば、ドアに頭をぶつけかねない位、背は高い。だが、いかんせん猫背だ。少しよれっとした服もサイズが合ってないのがマイナスポイント。
「あー、ラモンはいないから、安心して下さい。では、不気味な所ですが、どうぞお入り下さい。」
そんなシモンだが、意外に根に持つタイプだと、アイリはこっそり思った。
シモンの家は一言で言うなら、やはり、不気味、だった。少なくとも5歳の女の子が喜んで遊びに来る様な物は何一つ無かった。何故、ナキムがアイリを誘ったのか、全くの謎である。
が、今のアイリはただの5歳の女の子では無いので、いかに興味が無い振りをするか、それが非常に難問だった。
窓は閉められているので、昼間だと言うのに非常に暗い。天井から色々な植物がぶら下がっており、中には動物と思われる得体の知れない干物もあった。その割に空気は清浄で、アイリには『聖域』に似たものに感じられた。
上にばかり気を取られていると、床や机に所狭しと積まれた諸々にぶつかって、悲惨な事になる。
アイリは適当に座れそうな空間を作って、自分はここで待っているから、ナキム達はピノの件を相談するように勧めた。
隣室でシモンがワタワタと作業机の上を開けて、ピノを診る為の準備をしている。「不気味な所」に一人は怖いだろう、と言って、扉を開けているので、何をしているのかよく見えた。
『ほんとにしつこいなぁ。』退屈で眠ってしまったフリをして、アイリは呆れつつ目を閉じた。