125 一緒なら
【お久しぶりです。ご主人様。】
空中から舞い降り、綺麗なお辞儀をした水の精霊はそう言って、微笑んだ。
【ディディ!】
そう呼びかけた後、はっとアイリは気付いた。土の精霊、アスクレイトスの本当の名が、オーロンであったように、水の精霊オンディットも自分が勝手に付けた名前だ。元の契約者、魔人(と思い込んでいた)ドラゴンのロン・ローの与えた名前があるはず。
二年前の解放から別離まではあまりに慌ただしすぎて、アイリは彼女ときちんと話をしないままに別れてしまった。
【え、えーっと、レイラさん?】
【ディディです】
水の精霊は、流れるような動作で、アイリの手を取ると、その掌にすりすりと頬を寄せた。
【また、ご一緒させてくださいませ。】
【ちょーっと待ったぁ。】
微笑んだ美女にアイリが見惚れた瞬間、彼女を一陣の風が攫って行った。
そして、腰に両翼を当てて、ぷんすか怒る風の精霊が、アイリの横に立っていた。
【ウィン!】
嬉しそうなアイリは満面の笑顔で抱きつく。
【え、えーっと。げ、元気そうね。まあ、あんたの心配なんて、してなかった、けど。】
風の精霊ウィンディラは、真っ赤な顔で横を向いてしまった。
火の精霊テセウスと土の精霊アスクレイトスは、通常通りの風の精霊にそっと溜息をついた。
眠りについたスライムとドラゴンの隣で、四精霊達は二年ぶりの再会に情報交換に余念がない。このスライムにかけた封印は、二年間かけて編まれた子守歌を用いている。解除に特別なものは必要なく、スライムが自ら目覚めを望んだ時に自動解除される。
【え?そんな緩い封印、意味あるんですか?】
ぎょっとして封印の繭を振り返るクレイに、ウィンが肩をすくめた。
【何でもガチガチに固めりゃ良いってもんじゃないのよ。】
【そうですよ。今回は、ロン・ロー様がいらっしゃるんですから。】
ねー、と頷き合う風と水の精霊に【仲良しになったんだ。】とちょっと引いたクレイだった。
そんな会話をしながら、精霊達はアイリとカイの姿を目で追っていた。
再会してからアイリとカイは、一度も会話をしていない。
眠る昔の友を見つめる母テラの為に、アイリはお茶の用意をしていた。すぐにこの場を立ち去るのが、忍びなかったのだ。詳しくは聞いていないが、母とドラゴンのロン・ロー、スライムのシャオシャオ、そして、カイによく似たソランには、深い絆があるようだから。長い間、会っていなかった彼らとは言え、心の整理が必要だろう、と思ったのだ。
一方のカイは黙々と魔楽器の整備をしている。
(ちょっと、テス、あの子、私達との再会にはあんなに喜んでいたのに、あいつとは、口きかないって、どういう事?)
(そうですわ。感動の再会を楽しみにしていましたのに、無視?無視ですか?)
(いや、それを言うなら、カイ様の方から声かけたって良いでしょ。そっちこそ何で黙ってるの?)
ウィンとディディの発言に、問われた火の精霊テセウスではなく、地の精霊アスクレイトスが思わず、反論した。
(はぁ!?あいつから声かけられる訳ないじゃん。大体、あいつからしたら、ヒトで無かったと知られて、そのまま、バタバタと別れる事になったのよ。時間が経ってる分、あの子も色々考えて冷静になったなら、ヒトですらないものに愛情なんて持てる筈ないって思ったっておかしくないでしょ。)
(それは、主の誠を疑う、と言うことか?)
アイリに忠誠を誓うテセウスが過剰に反応するのを、呆れ顔で、水と風の二体の精霊は見た。
(全く、これだから、雄は。)
(いい?この霊廟で考える時間だけは山ほどあって、私達精霊以外のものを見かける事すらなかったあいつ(カイ)と。世界を旅して、多くの人に出会って、色々な経験をしたあの子。気持ちが変わるとしたらあの子の方、ってならない?)
(カイ様は、今でもアイリ様命、ですよ。先程のロン・ロー様とのやり取りでも明らかでしょう。だからこそ、ご自分からは何も出来ないんです。)
小声で囁く四精霊たちにテラは、思わず笑ってしまった。どうしてこうもあの娘に拘わる者達は愉快なのだろう。
「良い香りのお茶ねぇ。」
かつての仲間達にまたね、と軽く心の中で手を振って、テラは現状を打開すべく娘の元に行った。
「うん。ちょうどね、ルーが新茶が手に入ったからって、持たせてくれたんだ。悪阻が酷い時に飲んで、すごく気持ちが落ち着いたんだって。」
そういいながら、手際よくお茶を入れていくアイリの手元には、カップが1,2,3,4,5,6,7つ。
??
「カイさん、お茶が入りましたよ。テス達も一緒にどう?」
「ありがとう、ちょうど、魔楽器達の手入れも終わったところだよ。」
??
ごく自然に声を掛けたアイリとごく自然に答えて、カップを受け取り、そのまま隣に腰を下ろしたカイに、四精霊達は目をぱちくりさせた。
【あんた達、さっきまでの”お互い意識しすぎて顔が見れません”的な雰囲気はどうしたのよ!】
盛大なウィンディラの突っ込みに、アイリもカイも揃って首を傾げた。それがあまりにも息ぴったりだった為、テラは大笑いしたのだった。
結局、彼女の娘とその思い人は、精霊達の思惑を遥かに超えた関係を築いていたらしい。
テラはアイリに自分とソラン達の事を話さなかった。
シャオシャオとロン・ローは眠りについた。ソランは、いない。自分もダンと言う伴侶を得て、子供たちに恵まれた。さっきは子供たちの孫まで、なんて言ったけれど、ダンが生まれ変わるのを待つのも良いのだけれど。生き物としての生きて死ぬと言う、当たり前を自分もたどりたい、と今は思う。
『その時には、ここに来て、あなた達の傍で朽ち果てる事を許して欲しいわぁ。』
地の精霊が霊廟の扉を閉じた。
テラは顔を上げてまっすぐ前を向き、歩き出した。精霊たちも続く。
アイリは振り返り、扉の前で佇むカイを待つ。
やがて、カイは扉に背を向け、アイリに向かい両手を広げた。その紅い瞳を見つめたまま、アイリはその腕の中にゆっくり歩いていく。すっぽりと包まれる距離でカイの両腕がアイリの背に回る。更にゆっくり、その両腕がアイリを包み、二人の距離が徐々に縮まる。アイリの胸がカイの胸に触れる。鼓動の無い冷たい身体。しかし、今は恐怖は感じなかった。
見つめたままアイリは微笑んだ。カイの紅い瞳がその瞬間、以前の紫に戻った。一度、強く抱きこまれ、そうして二人は唇を合わせた。
色々な偶然と必然が重なって、人生を繰り返すことになった少女は、三度目の今度こそ、他人に委ねることなく自分の人生を必死に生きた。そうして、切り開いた人生で多くの人と出会い、彼らの人生にも大きな影響をもたらし、国の在り方さえ変えてしまった。けれど、彼女の願ったことは、ただ一つ。18歳で死なない事。その願いは叶ったけれど、ヒトとは強欲で。
アイリは更に次を願う。
カイとともに生きていきたい、幸せになりたい、と。
「「一緒なら。」」
二人でなら、そんな願いも現実に出来る、今は、そう信じられた。
完
これまで読んでくださり、ありがとうございました。
頭の中で考えていたものを一つの話として書き上げる事が、すごく大変な事がわかりました。
楽しくて、でも、実力不足が情けなくて。
それでも、この機会を与えてもらえたことに、感謝を。
次回作、異世界召喚に巻き込まれた少女と彼女を取り返そうとする恋人、異世界で彼女を溺愛する騎士との遠距離三角関係(?)を投稿予定です。ご興味がありましたら、是非、覗いてみて下さい。