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124 ロン・ロー

「オ前ガかいカ?確カニ、そらんニヨク似テイル。」

ロン・ローの言葉にカイは素直に頭を下げた。

「私はシャオシャオ様が作られたソラ様の最後の器です。そして、我が身にはロン・ロー様がお持ちだったソラン様の欠片が入っています。器の中で私が一番、ソラン様に似ているのは、その為でしょう。」

そう言ってカイは胸に手を当てた。心臓のあるべき所。そこには、‘ソラの欠片‘がある。


「シャオシャオを恨んでいる?」

テラ=始まりのホムンクルスの片割れ大地ガイアが尋ねる。

「恨む?まさか。例え、ヒトではなくても、今、俺はこの世に存在している。愛するものと同じ世界で同じ時を過ごしている。もし、俺がソラの器でなければ、存在する事すら無かった。ならば、例え、培養槽で生まれた作り物だとしても、心を持つ事が出来た以上、感謝、が偽らない気持ち、です。」

そう言うカイの目は真っ直ぐにアイリに注がれている。愛するものが、誰を指すのか、雄弁に語っていた。


アイリは、ここへ来る直前に髪を切っていた。最初の人生はアルブレヒト王太子が綺麗だ、と言ったから、髪を長く伸ばしていた。だから、魔人征伐時のアイリの髪は腰まで長かった。ただの聖女なら長い髪は聖徒教会が聖女に求める神聖さ、清廉さ、たおやかさの象徴になっただろう。しかし、今のアイリは聖徒教会の聖女では無い。馬に乗り大陸を駆け、船に乗り魔物も狩る。ずっと髪はブラフ海賊よろしく布できちんとまとめていたが、今は、すっきりと肩口で切り揃えていた。それはそれでよく似合っているのだが、髪をすく手触りが気に入っていたカイとしては、少し、残念だ。

それでも、18歳となり、少女から大人の女性へと成長し、ちょっとした仕草にほのかな色が混じる。その過程を側で見ていたかった、と無いものねだりをしつつ、しばらく会えなかったからこそ、その変化の価値に気づけたのかもしれないとも思う。


「シャオシャオ様は、今、完全に眠りに入られています。」

アイリから視線をロン・ローに移す。「どうされますか?」

「ドウトハ?」

「このまま眠ったまま封じるか、起こすか、です。」


「我等ハ、300年ノ時ヲ生キテ来タ。世界カラ魔力ガ消エ去ラナイ限リ、コレカラモ、コノ命ハ尽キル事ハ無イ。ソウイウ風ニ、作ラレタ。しゃおガ眠ルナラ、我モ共ニ眠ロウ。」

「ロー。」

「何、気ニスル事ハ無イ。住処ガ北方連山カラ霊山ニ変ワルダケノ事。イツデモ会イニ来レルダケ、コノ地ノ方ガ、其方ニハ良カロウ。」


ガイアの頭を撫でて、ロン・ローがぎこちなく微笑んだ。人型をとっていてもドラゴンは会話も感情表現も得意ではない。


「今度こそ、ちゃんと毎年、会いにくるわ。」

涙を見せるガイアは、随分と幼く見えた。

「無理スルナ。オ前ハ、自由ニ生キロ。ソレガ、我等ノ願イナノダカラ。」

うん、うん、と頷く母をアイリの方に押し出して、ロン・ローはカイに向き直った。

「デハ、ヤッテクレ。」


頷いたカイは後に控えていた風と水の精霊に合図を送る。三人はそれまで子守唄を奏でていた場所に移動すると、各々魔楽器を構えた。そして始まる演奏。

「合図をしたら、八卦陣を解いて下さい。」

カイの声にロン・ローが八卦陣の‘山‘の記号に両手をかけた。

演奏が最高潮に達した時、「今です。」とカイの声がしたと同時にロン・ローの両手が輝き、八卦陣の‘山‘が崩れた。


‘山‘を崩した力は左右に広がっていき、崩壊の連鎖は‘山‘の正面‘地‘でぶつかり、蜘蛛の巣のように張られていた八卦陣は消滅した。それに合わせて、演奏していた三人を起点に魔力の流れが可視化される。音色が帯となって一帯を包んでいた。音色の帯はそのまま収縮し、黄金の玉座に座るスライムへと向かっていく。

それに触れないように近づいて行ったロン・ローは、玉座の足元の狂皇帝に近づくと、その首を飾っていた巨大な勾玉型の魔石を掴むとその体を無造作に放り投げた。中に入ったスライムが結界を攻撃すると言う無謀な行動のせいもあって、既に狂皇帝の体はかなり傷ついていた。ボロボロの狂皇帝の体は、八卦陣による魔力の供給を失い、肉体保存の魔法が解け、急速に干からび、みるみるうちに灰となった。残ったのは見事な衣装と装飾品のみ。


音色の帯は繭のように玉座を包む。中にいるスライムはかすかに見える程度だ。

「見事ダ。」

繭玉の結界を観察し、納得したロン・ローは、竜体に戻った。そして、玉座の足元、狂皇帝が倒れていた周囲を、ドラゴンの炎で浄化すると、玉座をその長い体でぐるりと取り囲んだ。

「我モ、眠ロウ。」

勾玉の魔石に爪を掛け、いつでも壊せるような体勢をとってドラゴンが言う。

「コレハ、狂皇帝ノ魂ノ片割レ。解キ放タレテ蘇ル事ノ無イ様、我ガ預カル。モウ一方ハ、其方ニ任セル、がいあノ娘。」


五重塔ダンジョンで見つけた勾玉型の魔石。狂皇帝の胸を飾るそれと対となる物だと、一目見てわかった。持ち帰って研究したシモンの結果もそれを裏打ちしている。狂皇帝の分かたれた魂の半分、その管理を託され、アイリは真摯に頭を下げた。


「最後二其方二残ッテイル我ノ血ヲ抜イテオコウ。我ノ血ハ不死ヲモタラス。同ジ時ヲ刻ミタイ相手ヲ見ツケタ今、ソレハ、最早、呪イデシカ無イカラナ。デ、アロウ、がいあ。」


永遠に歳を取らない母は寂しげに頷いた。


「お母さん・・・。」


「いいのよぉ、私は首を切られたり、心臓を刺されたら、ちゃんと死ぬからぁ。でもぉ、アイリやユーリやミル、シルの子供や孫たちは見たいわねぇ。お父さん、ダンもいつか転生するわぁ。それを、待つのも楽しみよぉ。」


「・・・お母さん。」

さっきとは、込められた気持ちは違う呼びかけになった。


アイリはドラゴンの目の前に立つ。

魔人征伐の為、初めてこの地を訪れた。裏切りにあい、後ろから刺された剣が、ロン・ローの人型である魔人をも貫いた。ドラゴンの不死の血をその体に浴びた少女に、ドラゴンは‘ソラの欠片‘を切り口から体に埋め込んだ。

アイリのやり直しの人生はここから始まった。


ロン・ローはアイリの額に小さな鱗を貼り付ける。

「コノ鱗ガ、其方ノ中ノ我ノ血ヲ吸イ取ッテクレル。全テ吸イ取レバ、自然二剥ガレ落チヨウ。ソノ後ハ薬トスルガ良カロウ。ドラゴンノ血ヲ含ム薬ダ。使イ方ヲ誤ルナ。」


目をぱちぱちとさせて、アイリは驚く。鱗に触れるとかすかに脈動していた。

「もらっておきなさい。ローの気持ちなのよぉ。」

テラの笑いを含んだ言葉に、頷くしかない。


「デハナ。」

最後にそう言うと、ドラゴン、ロン・ローはその紅い瞳を閉じた。

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