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122 妄執

スライムに対抗する魔力ちからを得るために、アイリの‘ソラの欠片‘を手にした。思いがけず、自我をも明け渡してしまう所だったが、何とか、折り合いを付ける事が出来た。だが、目の前の狂皇帝の屍に入り込んだスライムを倒すことは可能だろうか?

そこまで考えて、カイは反省した。何も一人で倒す必要はないのだ。一緒なら、と誓ったではないか。しかも、今、彼にはドラゴンの契約精霊まで付いているのだ。

ふっと肩の力が抜けたところで、地と水の精霊が注意深く自分を見つめている事に気がついた。


「オロ、レイラ、心配をかけた。取り敢えずは、大丈夫だ。」

【取り敢えず、って。】

【はは、はぁ、で、あなたは誰なんです?】

水の精霊ローレイラは呆れ、地の精霊オーロンは直球で聞いてきた。

「俺?」

【「《俺!?》」】


一人称が変わっていた。


「カイさん?」

声をかけられ、横に立つアイリを見下ろして違和感を覚える。

「リーン?縮んだ?」

「そんな事あるかーい!カイ兄がデカくなったんだよ!」

思わず、シルキスのツッコミが入った。

「俺が?そうか、魔力が増えたから、身体も大きくなったのか?」

「そう言うものなの?」

「さあ?」


「お前!お前!?出来そこない?、なのか?何で?ソラン?」

狂皇帝は玉座から身を乗り出して、こちらを凝視していた。

スライムがそう思ってしまう程に、今のカイは彼の求めていた‘ソラン‘に似ているのだろう。

「あぁ、ソラン!ソラン!僕だよ、シャオシャオだよ。良かった。戻って来てくれたんだね。」

滂沱の涙を流し、バンバンと結界を叩く。その度に、狂皇帝の肉体は傷付くのだが、スライムはお構いなしだ。肉片が飛び散り、骨が見えようと、彼は叩き続けた。


《あの執着、もはや狂気だな。》

ソランの名を叫びながら、結界に挑む姿にルーは寒気を覚える。


【不味いわ。】【うーん。】【何よ?】【どうした?】

ローレイラ、オーロン、水と地の精霊が狂皇帝を見て顔を顰める。それを聞いたウィンディラ、テセウスが尋ねると同時に非常事態に備え身構え、触発されたアイリがカイの腕を軽く引いた。

「玉座にかけた結界が壊れかかっている。封印の本体は八卦陣だが、陣の中を自由に歩き回れるようになると厄介だ。」

「本来の八卦陣はあの蜘蛛の巣状に張り巡らせた魔力で侵入者を絡めとる様に出来ている。だが、中のものには反応しないんだ。巣の持ち主の蜘蛛が自分の巣でがんじがらめに縛られることが無いのと同じ様に。」

アイリにカイは封印の仕組みを説明してくれる。

【それがわかっているから、シャオシャオ様は直接、狂皇帝の中に入ったんでしょうね。】


「八卦陣の中を歩かれると何が不味いんです?」

詳しく陣を観察し、詳細を写しとっていたミルナスが尋ねる。

「八卦とは陰と陽の組み合わせで得られる八種類の型で自然界の全ての事柄を象徴する。この八卦陣はそれと古の呪術を用いて封印としている。八種類の型を基点に張っているから、型を壊されると、陣も解ける。本来なら、そう簡単に壊されるものではないのだが、相手がシャオシャオ様では、時間の問題だ。」

軽く腕を組み、眉間に皺を寄せて答えるカイは背が高くなっただけではなく、少し年齢も重ねた様な落ち着いた雰囲気を持っていた。


「あー、なんか、カイ兄みたいでカイ兄じゃない。こんな時に何だけど、スッゲェ、変な気分。」

ボリボリ頭を掻きながらシルキスが言うのに、ミルナスもルーも頷いた。

そういえば、先程からアイリは一言も口を聞いていない。心配そうに見つめる弟達の視線の先にいるアイリは、しかし、ごく自然にカイの隣に立っていた。


「ソラン!ソラン!」


スライムの呼びかける悲鳴に近い声に、アイリは心が引き裂かれる様だった。「可哀想。」思わず呟く。

カイが目を見張った。

「シャオシャオ様が?」

「うん、きっと大好きだったんだろうな、そのソランって言う人の事。」

大好きな人が急にいなくなって、一人残されて。身代わりを作ろうと思う程焦がれて。

「もう、二度と会えないってわかっているのに諦めきれない気持ち。ちょっとわかるかも。」


《勘違いするな、アイリ。》

しかし、ルーは厳しい表情でアイリを咎めた。

《それは妄執と呼ぶのだ。生きると言うことは死に向かっていると言うことだ。どんなに焦がれた相手であったとしても、遅かれ早かれ、必ず、別れはやって来る。それを止めることは誰にも出来ない。そこを間違えてしまったのだ。不死を求めたロフェンケトの魔道皇帝や、失った者を作ろうとしたスライムは。だからお前は間違えるな。》


『だとしたら、私は既に間違ってしまっている。だって、これが三回目の人生だもの。』

自分で選んだことでは無かったにしろ、やり直すことが出来て、アイリは前の人生で失ったものを全て取り戻していた。自分にシャオシャオを止める資格はない。そう、アイリは思った。


【オーロン、俺の魔楽器、探して来てくれ。多分、ダマルカント軍の宿営地のどこかに埋まってるはずだ。】

地の精霊に命じた後、カイはまっすぐ狂皇帝を見て言った。

「あなたが眠りにつくまで、一緒にいますよ、シャオシャオ様。」

「ソラン?」

「残念ながら、俺はソラン様じゃありません。それをあなたは納得しないといけない。付き合いますよ。」


「何言ってるのさ、カイ兄!」飛び上がったのはシルキス。

「アイリ姉さんの事、どうするんですか?」詰め寄ったのはミルナス。


「二年後、だよな、俺たちが初めて会ったの。待ってる。あの不幸な出会いをやり直そう。」

アイリの目が大きく見開かれ、そして、彼女は頷いた。


【レイラ、付き合ってくれる?】

【仕方ないですわね。】

【あー、そう言う事なら、私も協力してあげるわ。ほら、竪琴よこしなさい。】


【ウィン?】

【あんたに変わって、こいつが浮気しないか見張っててあげる。その代わり、酔っ払いの精霊の面倒は見てよね。】

【え、それって、ひょっとして僕の事ですか?】

【頼むね、テス。】【ウィン・・・。】


「さあ、行って、リーン。ここは閉じるよ。」

カイの手にある魔楽器は土砂の中から掘り起こされたとは思えないほど、美しかった。

彼の抱えるリュートには、いつか見た年老いた風の精霊が胴体部分から上半身をのぞかせ、アイリ達に手を振っている。


「待ってて、カイ。」

アイリの言葉に吟遊詩人は、口の端を少し上げただけの笑みを浮かべた。


少し低くなったカイの声とローレイラ達の透き通った高声が、弦楽器の調べに乗って子守唄を奏でる。アイリ達の目の前で、地面が盛り上がり霊廟を覆い尽くす。


「何やってんだよ、ねーちゃん!」

《良いのか!アイリ?》

「姉さん、どうして・・・。」

口々に真意を問う弟達とルーにアイリは答える術を持たない。何故なら、カイはスライムに共感した自分の望みを叶えるために、残ったのだから。


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