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121 目が覚めて

初代アイリが、魔人征伐に向かった最終局面で、裏切りの勇者に後から刺された時、アイリはその勢いのまま、魔人にぶつかり、勇者の剣は魔人をも貫いた。その時二人の体は、ぴたりと密着し、本当に、抱きすくめられた様に一瞬感じたのだ。先程、目を覚ましたカイが自分を抱き上げた時、その抜け落ちた表情と血まみれの胸が、初代の死の直前の抱擁に酷似し、アイリは恐怖したのだ。意識を手放すほどに。


ゆらゆらと優しく波間を揺蕩うように運ばれていた。恐怖から気を失ったのに、心は不思議と穏やかだった。長い間忘れていた事を思い出したかの様な満足感。長く共にあったものが、手から離れていったのに、何故、こんなにも満ち足りているのだろう。

例え今、一時的に離れていても、それは永遠ではないこと。それを知ったから?


抱かれ方が変わって、意識が浮上する。暖かな火の魔力に包まれ、知らず、身体が冷えていた事に気がついた。

『カイさんの体温が低いのは、ヒトじゃないからなんだ。』

胸元に伸ばした手をさりげなく避けられた事を思い出した。そんな時、聞こえてきた声。


「ここで見逃してもどうせ世界は滅ぶんだよ。たかが、数時間、生命を引き延ばしたところで意味があるとは思えないな。」

初めて聞いた声のその底知れぬ冷たさにぞっとした。


「世界は滅びない。」

そう答えた声はカイだった。


「そんな事はさせない。」

思わずそう続けていた。


世界を滅ぼすと宣言した玉座の男は、壮年の美丈夫だった。見た事も無い記号が描かれた床に魔力が蜘蛛の巣の様に張り巡らされている。物凄く緻密に計算された複雑な魔法陣に四属性の魔力が、縦横無尽に流れている。こんな状況でなければ、それは非常に神秘的でずっと眺めていたい美しさだった。


アイリは抱えられていたテセウスの腕から、ゆっくりと身を起こした。

【テス、ありがとう。もう、大丈夫。降ろして。】

【主】

【何言ってるの、さっさと逃げるわよ。二人の覚悟を無駄にする気?】


ここへ来て、やっと、アスクレイトスとオンディットの気持ちを理解した風の精霊ウィンディラは、密かに口唇を噛み締めた。

ここが何を目的として作られた所か、あの二体の精霊は、封印が解けた時に思い出したのだろう。そして、何がどう、危険なのかも。だから、わざと憎まれ口を叩いて、霊山の麓で別れようとしてくれたのだ。アイリがカイに連れて行かれたことでその計画は潰されてしまったけれども。それならそれで、霊山内部を案内し、密かに逃げ道を教え、そして、最後に自らの存在をかけて、アイリ達を無事に帰そうとしてくれた。

真名を名乗っての願い、はつまり、そう言うことだ。

だから、自分も。

ガイアの娘だから、ガイアに頼まれたから、アイリーンを守っていた訳では無い事を認めよう。

生意気な水の精霊や酒飲みの地の精霊に負けてはいられない。

しかし、そんなウィンディラの覚悟をアイリは軽く首を振る事で無いものにしてしまう。


【ありがとう。でも、ごめんね。私を逃がしてくれようとする皆の気持ちはすごく嬉しいけど、それで、もう、皆に会えなくなるなら、私は嫌だな。皆と一緒にいたいよ。】

【何、馬鹿な事、言ってんのよ。あんたは人間。私達は精霊。元からずっと一緒にはいられない。それに、私達は、例え四散したとしても、魔力に還るだけ。だけど、あんたは、】

【ウィンこそ何言ってるの?魔力に還るって、もう、ウィンじゃ無くなるって事だよ。そんなの死ぬことと同じだよ。】


【それに、負けると決まった訳じゃない。】「そうだよね、カイさん。」

アイリの呼びかけに振り返った青年は、少し前までの無表情な青年では無かった。


太極殿跡で目覚めてからのカイは、その様子をガラリと変えていた。スライムと対峙中にいきなり気を失い、彼が気がついたとほぼ同時に今度はアイリが気を失った。その彼女を気遣うでもなく、無言で腕に抱えて歩き出した。それは、アイリの魔石を自らの胸に取り込んだ様子を見ていないアイリ以外の者にとって、吟遊詩人はまるでよく似た他人の様に見えた。おまけにアイリの地と水精霊は、これまたいきなり拘束が解けており、カイに絶対の忠誠を誓っているように見えた。


スライムに腕を消化されかけているカイを目にしていただけに、その無表情な様子はスライムが擬態していた姿に酷似し、ミルナスとシルキスは現状、カイを敵認識している。


アイリの呼び掛けに、カイの肩が、ぴくりと揺れた。


アイリの‘ソラの欠片‘が変質している可能性をカイは考えていなかった。手に取ってじっくり見た訳ではなかったし、自分もそれほど‘ソラの欠片‘に詳しい訳でも無かったからだ。

ただ、自分の魔核として使われた、遥かに小さな魔核と根源が同じ事はわかった。この大きな‘ソラの欠片‘が自分に使われたなら、“落ちこぼれ“などとは呼ばれず、望まれた“ソラン様“になる事が出来たのかも知れない、などと、一瞬考えてしまった。

そのせいなのだろうか。

二つの‘ソラの欠片‘が、大地の守護で一つになった時、カイの意識は、アイリの持っていた大きな‘ソラの欠片‘の意識に取って代わられた。例えるなら、部屋の片隅で震える小さな子供。その部屋へ入り込んだ大人が怖くて、気配を消して見つからないように縮こまっている。

そして、目の前で舞台を見ているように、‘ソラの欠片‘から記憶が流れる。


それは、‘ソラの器‘として初めて‘欠片‘を与えられた時と似ていた。勿論、同じ記憶もあれば、容量の大きな‘欠片‘にしか入っていなかった知らない‘ソラン‘の記憶もあった。何より驚いたことに、アイリの持っていた‘ソラの欠片‘にはソランが死んだ後の記憶も入っていた。その中には不可解なアイリにそっくりの少女の半生があったりもしたのだが、現状を打破する為の鍵とも言える霊山とドラゴン、魔人の記憶があった。


どこかから、自分を呼ぶ声がする。一緒なら大丈夫だと、伸ばされた手を掴んだ時の感触は一生忘れない。


片隅で震えていた子供は立ち上がる。舞台に向かって歩みを始める。


そして、目が覚めた時、八卦陣の中の玉座に座す美貌の男を見た。

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