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12 ダブリスでの出会い

ヴィエイラ共和国の首都ダブリスは、海を隔てたイーウィニー大陸との交易で栄える大陸有数の港を持っていた。

キャラバンの仲間達に遅れる事、10日。アイリ達はダブリスに到着した。市街壁近くに設営したキャラバンの宿営地で彼女を迎えたのは、尾の長い真っ白な猿を肩に乗せたナキムだった。


「おっせーぞ。って、お前、身体はもういいのか?」


「あ、あ、うん、ありがとう、大丈夫。と、ところで、ナキム、それって・・・」

「おう、俺の7歳の誕生祝いに買ってもらった、異国の猿だぜ。・・・なーんてな。本当は、この街の路地裏で怪我をして死にかけているのを見つけたんだ。ちょうど、うちのじーさん猿の後継を考えてたから、俺が育てて良いってなったんだ。」


ナキムは嬉しそうに白い猿の頭を撫でた。猿の方は、不愉快そうに頭を避けようとしたが、自身の体が小さく、足場になっているナキムの肩も狭い。必然、ナキムの撫でようとする手に、攻撃するのだが、噛みつき防止に口に木の棒を咥えさせられており、細く短い腕での攻撃はじゃれついているようにしか見えなかった。


『何処から突っ込んだら良いか、わからない・・・』

アイリは心の中で、溜息を吐き、胸元の魔石をきゅっと握った。嫌がっているのを喜んでいると勘違いして触りまくるナキムもそうだが、先ず、それは唯の猿では無かった。

その猿は幼いながらも立派な魔物だった。魔物に立派なと言うのもおかしな話だが、明らかに精霊が付いていた。


アイリはここまでの旅の間、母テラとの会話で、精霊についての知識を深めて来た。聖女教育では、全く触れられなかった、精霊との付き合い方について知れたのは大きかった。

精霊が見える人間はやり直した今も昔もそう多くはいない。何故なら、精霊はその人が気に入って側にいる=付く、が、付かれた人の方が精霊を好きになるとは限らないからだ。一方通行の好意では、精霊の力を余す事無く行使する事は出来ない。

母は精霊が見える。更に会話も可能だ。逆に精霊契約を済ませているらしいアイリが見えない事に驚かれた。いや、全く見えない訳では無いのだ。

少なくともほわほわした綿毛の様な物が漂っている、位の認識はあった。

母は首を傾げつつ「その子達を大切にしていればもっと良く見える様になるわぁ。アイリ位魔力があれば、会話も出来るようになるはずよぉ。」と助言をくれたが、『大切にする』は具体的にどうすれば良いのかは教えてくれなかった。それは、アイリと精霊の間の問題だから、と。『精霊契約した覚えも無いんだけどね。』アイリの精霊との関係確立は未だ足踏み状態だ。


アイリには目の前の白い猿に黄色の綿毛がくっついて見えていた。

『黄色は地の精霊』

人に付く精霊はその人の周囲を漂っている。しかし、人間以外の生物に付く時、精霊はその体の中に入り込む。この違いを聖徒教会では、「人類の清廉さ」故、と教えたが、おそらく、違う理由があるのだろう。その精霊が猿の魔物の体から飛び出しかけていた。一度付いた精霊が魔物から離れる時は、その魔物が死ぬ時だけ、と考えられている。魔物を倒しても魔石が獲れない時は、死ぬ前に精霊が離れてしまった、と言われた。討伐には、聖女の力の付与された武器を使って、精霊が逃げるのを防いで倒すか、一撃で逃げる時間を与えないように倒す事が望まれた。

それは魔物討伐に積極的に参加していた2代目アイリも経験済みだった。精霊がよく見えていなかったにも関わらず、ある魔物を倒した後、何かがその体から出ていくのを初めて見た時の驚きは、転生した今でも、はっきりと覚えている。

さぞ、巨大な魔石が得られるだろう、と大喜びで解体した傭兵たちが、魔石がない事に愕然とし、同行した聖女が偽物だと大騒ぎになったのだ。結局は、未熟な聖女候補であることを了承して魔物討伐に参加しているのだから、抗議自体が無効と大聖堂の一喝で治めたのだった。

偽物の聖女と聖堂を追い出されても構わないと思っていたアイリには、どうでも良い決着だったが、魔物から精霊を引き剥がす事が出来れば、命を奪う事なく、魔物を元の動物に戻す事が出来るのでは無いかと考えついた。一度、精霊が見えたのだ。また見えるかもしれない。と、色々試してみたが、身を結ぶ事なく終わっている。


精霊は出て行こうとしてる?それとも、入り込もうとしている?どちらにしても何かがその過程を邪魔してる。

その鍵は猿の口に噛ませてある木の棒にあると思われた。よくよく見ると、その棒には何か模様が彫ってあり、魔道具と思われた。


「ナキム、その猿の口にはまってるのって・・・」

「あー、こいつすぐ噛もうとするから、先生がくれた。これしてても餌食えるんだぜ。すげぇと思わね。」


『うーん、やっぱり分からない。何の意図があって、あんな事してるんだろ。外したらわかるだろうけど、外させてもらえるかな?』


「でもさー、やっぱり可哀想だと思うんだよな。こいつ、あ、ピノって名前な、外そうとして暴れるし、泣きそうな目で見てくるんだぜ。」

「?どうして外さないの?」

「外れねーの。怪我させそうでナイフとか使いたく無いだろ。で、この後、これくれた先生の所へ行って外してもらおうと思ってるけど、アイリも行かね。」

「行く!」

アイリの食い付きにちょっと驚いたが、ナキムはにぱっと笑った。子供二人だけで行く訳では無いのだが、好きな子を誘って答えてもらえたら嬉しいものなのだ。


ナキムがピノを見つけたのは、ヴィエイラ共和国ダブリス商工会議所の近くの路地裏だった。アイリが熱を出して出発が遅れた為、先に着いて退屈していたナキムを父親の座長が良い機会だから、と関係部署との交渉に立ち合わせる事にしたのだ。とは言え、具体的な交渉に入るまでには色々と根回しもあり、まだ幼い子供にはつまらない。休憩時間に建物の外に出て、緊張から固まってしまった体をほぐしていた時に、犬に追われる傷ついた猿を見つけたのだ。犬を追い払ったのは良いが、裏通りで迷ってしまい、途方に暮れている所に親切に声をかけてくれたのが、その近くに小さな看板を掲げた若い薬師だと言う。


「あ、ここ、ここ。」

ナキムがノックしようとした扉が内側から勢いよく開いて、物凄く艶やかな青年が顔を出した。


それが、アイリが前世ですれ違う事すら無かった、自称天才魔導師との出会いだった。


運命の歯車がまた一つ組み込まれ、回り始めた。


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