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117 魔人の巣窟

“魔人の巣窟“

それは初代アイリが討伐に向かった魔人の棲家。

確か、もっと深い森の中にあったはず。

確か、あちこちに蟻塚の様な巨大な土の塊が乱立していたはず。


けれど、崩れた霊山のその形には覚えがあった。

初代が魔人征伐にこの地に入ったのは18歳の時。今は16。後二年でこの地は、様変わりし、魔物が溢れるのだろうか?それとも、もう、その未来は回避出来たのだろうか?


そして、今、あそこにあの魔人は居るのだろうか?


あの時の事は、正直、よく覚えていない。いや、はっきり言って、南の大森林の端で家族と仲間達を全員失ってからの初代アイリの記憶は、曖昧だ。あの人生を悪夢と切り捨ててしまえれば・・・。


呆然とするアイリを気にかけつつ、ルーは脱出方法を模索する。

幸い、ここにダマルカント兵の姿はないが、彼らが乗ってきた馬も消えている。馬車は残っているので、騎馬で逃げたか、馬だけが逃げたか。

いずれにしても、自分達が使えるものは無さそう・・?


ルーの目に横転する魔導車が映った。後扉が外され車輪も壊されているが、修理可能か?迅速な隠密行動が要求され死ぬかもしれない作戦に、連れていけない、と娘と一緒に送り出した夫・ラモンの不在が、こんな所でも響いて来るとは。

自分はどれだけあのいい加減な夫を頼りにしているのだろうか、とルーは苦笑いを浮かべた。


《ルーさん、あの魔導車、動けるようにしましょう。》

そう言ったのはミルナスだった。

《霊山の土砂崩れは止まったみたいですし、魔力も豊富です。きっと何とかなります。》

《そうだな、だが、時間はかけられないぞ。無理だと思ったら、とっとと諦める。出来るか?》

とにかく、何が起こるかわからない。現状、この危険地域に留まる理由は無い。速度を重視する脱出行で、のんびり直るの待っているわけには行かない。

《わかってます。半刻で、何とか動ける様にします。》

力強くミルナスは頷いた。


全員で修理に掛からねばならないが、傭兵のレンツィオは義足を失ったままだ。最初から最後まで役立たずだ、と落ち込む男に、

「おっさんは、見張りをしてくれれば良いんだよ。俺ら集中すっと周りの音聞こえなくなるからさ。」

と明るく励ますシルキスだった。



人手が必要なのはわかっている。しかし、アイリはカイから離れることが出来なかった。レンツィオがカイもみておくと言ってくれたが、どうしても、動くことが出来ない。

彼女の四精霊も、二人を囲んでいる。

ざわざわ、ざわざわと心が落ち着かない。カイの額にかかる黒髪をかきあげる。うっすらと汗をかいているのに冷たい肌。怪我をしたら血は流れるのに、心臓の代わりにあるのは魔石・“ソラの欠片“。

アイリのやり直しの人生にいつの間にか寄り添っていた、精霊達とその棲家。

魔石がアイリの手を離れてしまったから、精霊達の帰る場所は何処になるのだろう?

そう考えて、アイリはやっと自分と精霊達の関係が、他の人とは違うことに思い至った。

ミルナスもシルキスも契約精霊は、いつも彼らの近くを漂っている。ルーの精霊も剣に宿ることはあっても、基本、自然界で過ごしている。

では、なぜ、アイリの精霊達は、‘魔石に帰る‘?

‘魔石‘ではなく‘ソラの欠片‘だから、‘帰る‘のだろうか?


【ローレイラ。オーロン。】


それはすぐ近くにいたアイリにすらやっと聞き取れるぐらいの微かな囁きだった。しかし、それの起こした変化は劇的で、離れた所で作業していたルー達が、武器を構えてこちらを振り向く程だった。


彼女とカイを守るように顕現していた四体の精霊の内、輝く青い鱗を持つ半人半魚の水の精霊と黄金の鱗をもつ半人半蛇の地の精霊、その二体から弾けるように光が飛び散った。同時に凄まじい量の魔力が収束する。一瞬にして、炎の風がアイリと二体を分かち、テセウスとウィンディラから殺気が溢れた。

その光が消えた後には、口と目の拘束が外れた、完全なる二体の精霊。魚と蛇の獣の半身を地面に付き、頭を下げて、水と地の精霊は従順の姿勢をとっていた。

そして声を揃えて言った。

【ご機嫌麗しゅう、ご主人様。お久しぶりでございます。】


炎の風の壁の向こう、彼らはアイリに向かって頭を下げた様にも見えた。しかし、アイリには彼らの呼ぶ‘ご主人様‘が自分では無いことがわかっている。

「カイさん?」

腕の中の青年を見下ろすと、困ったように眉を寄せた紅い瞳と目が合った。

「魔人?」

以前、ディディとクレイは魔人の契約精霊だったと聞いたことがあった。そして、ウィンやテスと違い、アイリの覚醒後も四肢の拘束以外は解けていなかった。それが、カイが呼んだ名前一つで、跡形もなく消し飛んだのだ。


そんなことが可能なら、それが出来る存在をアイリは、知っている。


青年は不思議そうに軽く首を傾げ、アイリの頬に手を伸ばした。思わずその手を避けてしまう。彼は伸ばしたまま宙に浮く手をじっと見つめた。

【失礼致します。アイリ様。我らが主人が‘魔人‘と呼ばれておりましたのは、全くの誤解でございます。】

何も言わない彼に変わって口を開いたのは地の精霊だった。初めて聞くボーイソプラノにクレイの声はやんちゃ小僧のような見かけに合ってるのに話し方は随分大人っぽいな、などと感じてしまった。

【主人の役割はこの霊廟の監視でございますれば、この地を離れる事はございません。‘魔人‘として、中央諸国を荒らし回る、など出来ようはずもありません。】

「でも、」


アイリの言葉はそこで途切れた。何故なら、カイ?が彼女の腰を抱いて立ち上がったから。そのまま、引き寄せて胸と胸が重なる。驚いて見上げたアイリと青年の紅い瞳が絡まる。


この瞬間、間違いなく、覚えている。


【主!】【離れなさい!アイリーン!】

警戒と焦りの混じった契約精霊の叫び声。


「聖女。」


耳元で囁かれた言葉にアイリは意識を失った。

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