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115 霊山崩壊

何が起きたのか、正確に把握していたのは、恐らく、誰もいない。ルー達はスライムと対峙しており、視線をそこから逸らすことはなかった。スライムにはカイの胸元はアイリの影になっていた。そして、目の前で起きた事がアイリには理解出来なかった。それは、カイにしても同じ事。


カイはアイリの魔石が“ソラの欠片“である事につい先日、気がついた。そして、彼女がそれを持っている限り、スライムに狙われる可能性が高い事を理解していた。今日、それは現実になった。どうするのが一番良いのか、考えている間に、追い詰められてしまった事実にほぞを噛む。

全員がスライムの触手に捕らえられてしまった現状、彼女を生きて逃すには、スライムの足留めをするしかない。その為の魔力(ちから)を!


「出来損ない!さっさとそれをこちらへ渡せ!」

カイがアイリの首飾りを奪った時、魔人スライムの勝ち誇った声が響き、それは次の瞬間悲鳴に変わった。

「何をしてる!」


カイは切り裂いた自分の胸にアイリの“ソラの欠片“を押し込んだ。彼女の持つ“ソラの欠片“は強大だ。鳥居から魔力を補充し、恐らく完全に近い状態に戻っている。元々“ソラの欠片“の器として作られた“自分“なら、その魔力を十分に使うことが出来るはずだ。不安が無い訳じゃない。自分の体の中に最初に埋め込まれたもう一つの小さな“ソラの欠片“。言わば心臓が二つになるようなものだ。元は同じ‘ソラ‘の魔核から分たれたものだ。協調して今より強大な魔力ちからをもたらすと信じたい。けれど、あまりに魔力ちからの差があり過ぎる。アイリの持っていた強大な“ソラ“にこれまでの“カイ“としての“ソラ“が負けてしまった時、“カイ“は消えてしまうのだろうか?

『たとえ、“カイ“が失われてしまったとしても、それでもリンが生きていてくれたら。』


そんな思いで取り込んだ“ソラの欠片“は、カイの胸の中で不思議な動きをした。“ソラの欠片“を包んでいたテラの髪を編み込んだ紐が、花開くように解けて行った。そしてカイの元となった“ソラの欠片“とアイリの持っていた“ソラの欠片“が共鳴を始める。

光と音の共鳴は次第に大きくなり、二つの“ソラの欠片“は、テラの魔力に包まれた。共鳴が止んだ時、カイの中には一つになった“元・ソラの欠片“しか無かった。


カイの胸の中で起こった出来事は、常識ではあり得ない事だった。それは、カイ自身想像していなかったことであり、魔人・スライムにとっても理解の外にあった。


“ソラの欠片“の変化に気がついたのだろう、魔人・スライムは目に見えて動きがおかしくなった。

「何をしたんだ、出来損ない!大地の守護が、お前の中にある。あの子まで僕を裏切ったの?折角見つけた欠片だったのに。あんなに大きな欠片。あああああああああああ。終わりだ、もう、ソランは蘇らない。」

「いらない・・・。いらない、こんな世界。壊れてしまえ・・・。」

ドロドロと人型が崩れて行く。小さな水溜りのようになったスライムは、そのまま地面に沈み込んでいった。


《大丈夫か、アイリ。何が起こったんだ?カイはどうしたんだ?》

敵対していたスライムが突然地面に消えたが、ルー達は臨戦態勢を解かずにアイリの元に駆けつけた。


アイリは気を失ったカイをぎゅっと抱きしめた。その胸元、短剣で切り開かれた心臓の辺りは血で真っ赤に染まっている。しかし、自己修復されたそこに、先程まで見えていた、魔石“ソラの欠片“は、見えない。既にカイの中で一つとなって、彼に仮初の命を与えている。


目の前で見ていてさえ、アイリには何が起こったのか理解できていない。ただ、カイが全てを投げうって自分を守ってくれたことは、わかった。

「リン、隠していてごめんね。」

そう囁く様に呟いて、彼は意識を失った。その言葉をカイの最期の言葉にするつもりは無い。


霊山の山肌が大きく揺れた。


昨日とは比べ物にならない規模の山鳴り。ドームの周りに立っていた既に魔力の枯れた鳥居は、跡形もなく崩れ、その近くの鳥居も足元の土砂がずり落ちるに合わせ、傾いていく。


【クレイ!ここから脱出する。力を貸して!】

アイリは地の精霊に声をかけた。おぼつかない足元をアスクレイトスの力で固めて前に進む。

意識のないカイはテセウスが背に乗せて運んでくれている。それに気遣わしげな視線を時折向けながら、アイリ達は荒れ狂う魔力の中をひたすら進んだ。


麓から悲鳴が聞こえ、ダマルカント第二公子アルコーの親衛隊が山崩れに混乱する様子が、ゴウゴウ、ガラガラとした霊山の立てる音に混じって届く。


「うわーっ!」「おっさん!」「シル!」

とうとう、危惧していた傭兵レンツィオの義足が、鳥居の破壊によって生じた急激な魔力の乱れの影響を受けて、形を維持できずにバラバラになった。バランスを失い転倒した傭兵が、土砂や樹木、鳥居と一緒に流されていくのを大慌てでシルキスが手を伸ばして捕まえた。しかし、押し寄せる土砂の威力は、そのまま、二人を飲み込み押し流して行こうとする。

精一杯のミルナスの風魔法で、何とか救出しようとするが、魔力の乱れと実力不足で押し負けていた。


「姉さん!助けて!」


ミルナスの必死の叫びに、アイリは周囲を見回す。何処もかしこも魔力が暴走してる。この嵐のような状況の中で細かな魔力制御は不可能だ。

【ウィンディラ、私たちを上空へ飛ばして!それと、】

【はぁ、あんたって子はホントに・・・。】

風の精霊はやれやれと肩をすくめると、ルーと同じぐらいの大きさに顕現体を巨大化し、緑の翼を左右に大きく広げた。そして、


「どわーっ、ちょ、ちょっとー」

《アイリ!これは!?》

翼の一振りで上空高くへ飛ばされた六人は、あっという間に分厚い布に包まれた。そのままゆっくりと流されていく。

「何、何、どうなってるの?」

土砂に飲まれそうになっていた状況からの、急展開についていけず、涙目になったシルキスにアイリは安心させるように告げる。

「ウィンに頼んで、ダマルカント軍の天幕を持ってきてもらったの。この中なら、多少風の制御が上手くいかなくても、安全でしょ。」

《・・・アイリ、確かに安全?かもしれないが、いきなり空に打ち上げられるのは、ちょっと、いや、かなり、・・・やめて欲しい。》

「え?でも、これ位上空じゃないと。霊山付近は、今、魔力が嵐みたいに吹き荒れてて、制御ができないの。・・・・。はい。ごめんなさい。」

周囲の自分を見る目が、呆れを通り越して諦めを湛えていることに、気がついてしまったアイリは慌てて、謝罪した。

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