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114 魔人・スライム

明るい所で、己の目に前に立つモノを見る。

カイに掴まれたスライムの右腕は、肘から先がブヨブヨとしたゼリー状になり、カイの右手首を包み込んでいた。スライムの体液質は彼の腕に沿って肩へと拡がっていく。

スライムの威圧に押されていたアイリは、カイの上着が溶けて消えていくのを見て、我に返った。そのまま、思い切り、スライムに足払いをかける。

地面に座っていたアイリに向かって手を伸ばしていたスライムは中腰だ。カイに気を取られていたそれは、思わぬ反撃にバランスを崩し、カイとは反対方向に倒れ込んだ。足払いをかけると同時にカイに飛び付いたアイリの勢いと相待って、スライムに囚われていたカイの右腕は、ずぼり、と抜けた。


「リン!なんて無茶を!」

アイリを抱えたまま、ごろごろと転がって、スライムから離れた後、カイは彼女の足を掴むと乱暴に手を這わせた。

「相手はスライムですよ、そのまま引き摺り込まれたらどうするんです!」


それはそのままカイに返したい言葉であった。しかし・・・。

今は、恐ろしいスライムが襲って来ている場面で、一瞬も気が抜けない命の危険に晒されているというのに、片腕でカイに抱かれ、反対側の手で足を撫でられている状況に、アイリの頭は全く働かなくなった。


一方、蹴り倒されたスライムに向かっては、その他の人々と精霊が対峙していた。

そのスライムは聖徒教会の信者の服を着ていた。

「まさか、副教主さま?」

レンツィオの呟きから、これが虐殺のきっかけを作った副教主らしい。右腕は既にだらりと垂れた粘液状になっている。

「おっちゃん、油断するな!それはスライムだ!」

シルキスは手甲をはめ、臨戦体制だ。

「スライム?まさか?伝説の?」

「そうです。そして、聖徒教会大聖女ダイアナ様の聖戦の討伐対象の魔人です。」

ミルナスも弓をつがえた。その鏃に小さな竜巻が渦巻いていた。


魔人・スライムは、自分に武器を向ける人々を感情を映さない目で見ている。そして、自分の擬態の崩れた右腕を振り上げた。


枝の様に分たれたそれは、確実にそれぞれの心臓を狙っていた。

炎を纏った風の刃が飛び、スライムの細胞は触れると同時に切り刻まれ蒸発した。風の精霊ウィンディラと火の精霊テセウスの複合魔法だ。

【テス!ウィン!】

【色ボケてないで、あんたもさっさと立ち上がりなさいよ!】

自発的に大切な人たちを守ってくれた精霊に、アイリは感謝の念を送ったが、返ってきたのは、ウィンディラのきつい一言だった。


「何で、精霊がヒトを守るのさ。」

でっぷりと太った老齢に差し掛かろうとする副教主の似つかわしく無い子供じみた話し方は、ルーに酷い違和感をもたらした。しかし、直接、ヒトに擬態したスライムと接触したアイリ達は、それが、言葉を話した事自体が、驚きだった。

「しゃべった!?」


スライムは鬱陶しそうに眉間に皺を寄せ、「何、この声。気持ち悪い。」そう言うと、一瞬で副教主の姿はビシャリと地面に崩れ落ちた。そして、また、摘み上げられるように持ち上がり、カイと良く似た青年の姿になった。それこそ、アイリ達が遭遇した魔人スライムそのものだ。

自分の手を表を見て裏を見て、胸から下を見て。満足したようにスライムは口角を上げる。

「ああ、やっぱり、素敵だ。うん、声も同じ。」

「だから、さっさとそれ返してよ。」

スライムはカイに似たその腕をまっすぐアイリに向かって差し出した。


《魔人がアイリに一体何の用事だ?》

ルーがスッとアイリを守る為に前に出た。

「?ヒトに用がある訳ないじゃん。もう、話すためのヒトの人体見本は必要ないし。」

《人体見本、だと》

「何体か取り込んで、声を出す仕組みを理解したからね。お前達ヒトは音で会話するのだろう?」


スライムの言う意味が腑に落ちると同時に、アイリの背に冷たいものが走った。この魔物はヒトの発声器官を理解し擬態するために、人を取り込んだ、と告白したのか?


「だからさ、さっさと“ソラの欠片“を渡しなよ。その大きさ。それってロン・ローが持ってた欠片でしょ。どうやって手に入れたのか気になるけど、“大地の守護“がかかってるしね。はぁ、全く、あの子にも困ったものだ。ヒトなんかに守護を与えるなんて。腹立たしいけど、それに免じて、生かしておいてあげるよ。」

カイとよく似た姿で、よく似た声で、スライムは恐ろしい要求を突きつける。

《“ソラの欠片“?“大地の守護“?何だ、それは?》

「それさえあれば、今度こそ、彼は戻ってくる。今度こそ、きっと成功する。ああ、早く、会いたい。僕の名を呼んでもらいたい。」

うっとりと夢見るスライムにルーの質問は聞こえていない。


《よくわからないが、この場からアイリを逃した方が良さそうだ。アタシが足止めをするから、お前達は彼女を守って逃げろ。》

狂気の笑顔を浮かべて我が身を抱く魔人スライムは正しく、恐怖を体現していた。カイの顔は真っ青だ。

《ダメ、ルー!一人で敵う相手じゃない!》


「そうだ、出来損ない。折角、生き残っていたんだ。有効におまえの体も使ってやるよ。」

その言葉が終わらないうちに、カイの足元に地面から伸びた触手が絡みついた。いや、カイだけでは無い。その場にいた全員の足が一瞬の内に触手に囚われていた。

「あっはぁ、ホント、ヒトって愚か。さっさと逃げれば良かったのにねー。」

触手は当然、魔人スライム自身の足元に繋がっていた。


【ちょっと!クレイ!あんた何、黙って好き勝手させてるのよ!】

文句と同時にウィンディラとテセウスの複合魔法が大地を抉り、触手を焼き切った。その中でカイとスライムを結ぶそれだけは切断されず、カイは抵抗虚しく引きづられていく。

「カイさん!」

共に引きづられない様、咄嗟にアイリを突き飛ばしたカイだったが、お構いなしにアイリは自ら抱きついていった。

【あーもう、この子はー!】【主!】「ねーちゃん!」「姉さん!」《アイリ!》

精霊も人間も一団となってスライムに攻撃をかける。

そんな中、カイは覚悟を決めた表情でアイリを見つめた。


「リン、これから何が起こっても、僕は君がこの世の全てより大切だよ。それだけは、間違えないで。」

カイはリンの首元に手を伸ばすと、そこにかかっていた魔石のペンダントをするりと抜き取り、彼女の口に軽く口付けた。

そしてそのまま魔石を握り込むと、護身用にとアイリが作ってくれた鳥居のカケラを芯にした短剣で自らの胸を切り裂いた。


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