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113 忍び寄るもの

その後アイリはルーの横に移され、カイの左右は弟達が陣取った。首まで真っ赤になったアイリはお茶のカップと睨めっこをして顔は伏せたままである。その頭には風の精霊ウィンディラが子猫サイズで乗っかっていた。カイだけがそんな彼女達を微笑ましげに眺めている。


(ちょっと、あんた達、見た?見たよね、あれ。)

カイに対する警戒を解かず、念話でウィンが他の三精霊に語かけた。アイリの魔石の中、火の精霊テセウスが答えを返す。

(無論。カイ殿は一体何者だ?)

(それこそ、そこの水と地が知ってるんじゃないの?あんた達、あいつと合流してから、様子おかしいし。)

(なんの事でしょう?)

(はあ!?しらばっくれる気?前々から一回はっきりさせないと、とは思ってたのよね。大体ねー)

(ちょ、ちょっと、待ってくださいよ、ウィンさん。僕たちも言えない事とかあるんですよ。まだ、封じられたままなんですから。)


最初から答える気がない水の精霊オンディットと、二体をとりなす地の精霊アスクレイトス。念話でなら、精霊同士は会話が可能だ。彼らは元は初代アイリと戦った魔人に付いていた精霊だったが、ともに魔石の中で暮らすうち、ウィンやテスと共闘出来るほどにはお互いを信じられるようになっていた。けれど、元から魔人関連に関しては、話すことが出来ず、それが吟遊詩人のカイと出会ってからは、彼に関しても口を閉ざしていた。


(まあ、あの時、ウィンさんが邪魔さえしなければ、ますますお二人の仲が進展したとは思いますわ。)

(何ですってー!)

(まあまあ、お二人とも落ち着いてくださいよー。ちょっとー、テスさんも黙ってないで止めてくださいよー。)

(カイ殿は、ガイア様と同族ではないか?)


テセウスの言葉に、三体はピタリと動きを止めた。

ガイアはテセウスとウィンディラが元々契約していた初代アイリの母・テラの精霊名だ。彼女は‘南の大森林の魔女‘、見た目は精々30代だが、その実は300歳を超えている、いわゆる‘普通の人間‘ではない。


(これ以上、推測で議論するのは無駄だと思いますよ。僕達の意志では話せない領域です。)

アスクレイトスの冷徹な断言を最後に四精霊は各々が各々の思考に沈んだ。


頭の上でプンスカ怒りを撒き散らしていたウィンディラが大人しくなった頃、ようやくアイリも仕出かした羞恥が少し薄れ、チラリ、と上目遣いで周囲を見渡した。

ダマルカント軍を巻き込むかどうかは別として、議論は霊山からの脱出方法に移っていた。


「遠回りにはなるけど、鳥居のない海側へ降りるのはどうですか?」

ミルナスの提案に、それでは、合流先の五重塔ダンジョンに着くのが遅くなる、とルーが難色を示す。

「連絡すれば、待っててくれんでしょ?」

「それは、そうだが、その分発見される危険性も高くなる。これ以上、仲間を危ない目に合わせたくない。」

ルーの気持ちも痛いほどわかるのでシルキスも兄の提案をそれ以上後押しするのを躊躇う。


「鳥居の転移機能を使えば?」

《「「何処に行くかもわからないのに無謀すぎ!」」》

アイリの提案は瞬殺された。提案したアイリはキョトンとしている。

「なんで?きっとフェラ砂漠のオベリスクに飛ぶよ。」

「そっちこそ何で断言できんのさ、ねーちゃん。俺はサイコだったじゃん。」

「え?それは、転移装置って知らなかったからでしょ。鳥居は純粋に無属性の魔力の塊なんだから、行きたいところを思い浮かべれば、そこに飛ぶまでの魔力を引き出せるんじゃないの?」

「そうなの?」

「違うの?」

「じゃあ何でフェラ砂漠のオベリスクなのさ。」

「そこが本来の目的地だから?」

「ほら、疑問形。」

ムムム、と唸るアイリ。勝ち誇るシルキス。

《ラモンが居てくれたら・・・。》思わず、声に出してしまうルーだった。

そして、生暖かい目でアイリ達姉弟に振り返られた。

「えー、あー、コホン。兎に角、だ。鳥居を使うのは最終手段だ、いいな。」

「「はーい。」」


ダマルカント側の混乱が収まらないうちに、早めに霊山を降りることが望ましいのは間違いなく、二刻程の仮眠を取ったのち、鳥居の無い海側からアスクレイトスの隠形を使って脱出することになった。全員の体力回復の為、見張りを立てずに、土のドームの入り口を閉める。空気穴から漏れる微かな光が真闇の恐怖からアイリ達を守ってくれる。昨夜からの強行軍でミルナス・シルキスはすぐに寝入った。まだ手術からまもないレンツィオもそれに続いた。辺りが闇に覆われ、半数の人間が眠りにつくと、流石のルーにも疲労の色が浮かんだ。

《おやすみ、ルー。来てくれてありがとう。》

アイリにかけられた言葉に、誰にも不安を抱かせないよう張り詰めていた気持ちがふっと解けた。満足そうに微笑んで彼女も瞼を閉じた。


ドームの中に仲間達の静かな寝息だけが聞こえる。いつの間にか、アイリも眠りについていた。


じわり。


ドームの壁の内側に、何かが滲んだ。それは、少しずつその面積を増やし、ある程度、床に広がったかと思うと、摘み上げられるように上に伸びた。そして、少しずつ形を作っていった。人型に。

微かな光しか無いドームの中、音も無く滑るように、壁に寄りかかって眠る人々の間を縫って歩く。何かに惹かれるように、迷う事なく。目的の物を見つけるとそれは嬉しそうに手を伸ばした。


「彼女に触れるな。」

‘それ‘の手がアイリの首元に伸び、まさに触れようとした時、冷ややかな声が真横から聞こえた。

「・・・・・」

「彼女に触れるな。」

カイはそう繰り返し、それをじっと見つめた。


!?


その瞬間に跳ね上がった殺気に、全員が飛び起きて武器を構えた。アイリの精霊達も最大限の警戒体制をとる。ただ一人、アイリだけは‘それ‘の威圧をかけられ、身動きが取れない。


「彼女に触れるな。」

そう三度目の警告を発し、カイは、躊躇なく、アイリに伸びていた‘それ‘の腕を掴んだ。

「カイさん!」

カイが掴んだ‘それ‘の右手は、ぐちゃりとつぶれ、逆にカイの右手を包み込んでいた。


?!?


《「「「スライム!」」」》


アイリはクレイにドームを解除させた。

薄曇りの日の光であっても、闇の中から急に明るい所に出され、傭兵のレンツィオは眩しさに目が眩んだ。しかし、ルーやミルナス、シルキスはアイリの行動予測がつく為、咄嗟に腕で目を覆った。一部とは言え視界を奪われるのは、戦闘中には命取りとなりかねないが、目が眩んで大きな隙を見せるよりはマシだ。

一瞬にして、狭い暗闇から、広い山中に戦いの場が変化した。


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