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112 一難去って

「取り敢えず、一旦、ドームの中で休憩しながら、今後の事を相談しない?」

アイリの提案に誰も反対する者はいなかった。増えた人数にクレイにドームの拡張を依頼する。周囲の魔力の影響から守る為に、水の精霊オンディットの力も借りて、結界を強化した。この中にいる限り、クレイの魔力で守られているから、地面が崩れたところで、危険な事は何もない。


この地揺れが続いている間は、ダマルカント兵も山を登らないと考えて良いのだろうか?


「この霊山を作ったのって、やっぱりロフェンケト皇国だよね?」

弟たちの携帯鞄から出てきた干し肉と乾パンを受け取って、カイとレンツィオに渡しながら、アイリは尋ねた。ルーはお茶の葉の入った缶を手に持っており、アイリはディディに美味しい水を出してもらい、テスに熱してもらうと、手際よくお茶を入れた。ドームの中に芳しい香りが満ちる。


「なんか、危機的状況だって言うのを忘れちまうなあ。」

呆然とアイリからカップを受け取って、レンツィオが呟くのに、カイも頷く。

「ブラフは海賊だ。海の上で万が一遭難した時に備えて、常に水と三日分の食料を持っている。」

そう答えたルーに「その上、お茶っ葉まで持ってるのはルーだけ、だよね。」と楽しそうにアイリが突っ込む。それに対し「ねーちゃんも持ってるじゃん。」と更にシルキスのツッコミが入り、笑いが溢れた。


「はは、叶わないねぇ、全く。いや、俺もこれから、非常食を持って歩くようにするぜ。」

感心しきりなレンツィオに対し、カイは口数少なく、干し肉を小さく千切っては、口に含ませるようにして食べていた。


「さて、これからどうしたものかな。」

今、ルーはレンツィオがいるため、コルドー共通語を話している。

魔導車は目立つため、途中で乗り捨てた。勿論、ダマルカントの手に落ちないよう二人を残して、元の五重塔ダンジョンで落ち合うよう手配はしてある。

最初の計画では、アイリ達を救出したその足で、北東に向かい、ダンジョンで合流の予定だった。しかし、霊山崩壊の可能性を高めた一因が、自分たちが行った鳥居からの魔力の放出であった事を知ってしまった。その事自体に後悔はないが、霊山が崩れた後、何が起こるのか?それに無関心ではいられない。


「崩壊を止めることは出来ないの?」

「魔力で霊山の形を維持しているので、留めてやれば可能でしょう。」

アイリの問いに、テセウスが答えた。

「留めるって言うと、鳥居につけた傷を塞ぐって事?」

「それは難しんじゃね?」

「この場にシモンがいないのが痛いな。」

ミル、シル、ルーの言葉に確かに、彼がいれば、何か良い考えが思いつくのではないかと期待してしまう。

「クレイ、霊山が崩れるまでどのくらい余裕があるの?」

先ほど、クレイは“今すぐ、崩れる事はない“と言っていたはずで、それならば、一度ここを脱出した後、準備を整えて、再度訪れれば良いのだ。そう思って尋ねたアイリに答えが返る前に、それまで、じっと無言でいたカイが口を開いた。

「崩壊を抑える必要があるのですか?むしろ、促してダマルカント兵を巻き込んだ方が、後顧の憂いが無くなると思います。」


「カイさん?」

あまりにもキッパリとした物言いに、アイリを始め、その場にいた全員が、驚いて彼を見返した。

「どうしたの?リン。僕はそんなにおかしい事を言った?リンやブラフ伯爵はここの膨大な魔力を自分の欲の為に使おうとはしなかった。けれど、ダマルカントの公子や聖徒教会は私物化しようとして、争った挙句、スライムに襲われ、疑心暗鬼になり仲間割れを起こした。そんな争いの元をそのままにしておく理由は無いよ。」


それはいつものカイとは何処か異なっている様に思えた。何処か一歩引いた所から世界を見ているような、彼には自分たちが物語の登場人物のように見えているのではないか?と疑ってしまうような距離感。最初に会った時に感じたそれは、共に日々を過ごしていくうちに少しずつ薄れていったが、それでも、その世間から超然としたところが、カイのカイらしい所、と言えた。

だが、今のカイは、報復を提案している。


このまま、霊山をアルコー公子の好きにさせたくない気持ちは全員同じだった。彼らが鳥居から魔力を取り出す方法を知らないままであれば、監視だけで済ませることも出来た。しかし、今や、霊山が崩壊してしまえば、当然、その上に建てられている鳥居も崩れる。そうなった時、鳥居の空間に蓄えられていた魔力はどうなるのか?そして、霊山の下にこれほど巨大な人工の山を作ってまで、隠したかった?守りたかった?物はどうなるのか?


それを考えると、このまま放置してイーウィニーに帰る事は出来ない。

しかし、それと、アルコー公子の軍を土砂崩れとともに葬るのは、話が別だ。

穏やかにそんな提案をする吟遊詩人をブラフ海賊貴族当主ブラフ・ルー・ヴィシュ・ザ・フィフスは、新たな思いで見つめた。


『?カイさん?』

いつもの様に穏やかな、けれど、初めて聞く冷ややかな声音に、アイリは隣の青年をじっと見つめた。もうその首に鬱血の跡は無く、カップを持つ手は歪でも腫れてもいない。地面に押し付けられ泥に塗れた顔や髪も、綺麗に洗い流されている。アイリのよく見知ったはずの青年は、だが、その輪郭が不思議にぼやけて見えた。


アイリは目を何度も瞬いた。それでも、彼の身体は、うっすらとした霞に包まれており、徐々にその霞が質量を持って実体化していきそうな感覚に、アイリは思わず、カイの顔を両手で挟み込んだ。

離れかけていた霞は、そのままカイの身体の中に戻っていく。ほっとしたアイリはその時、確かに見た。カイの瞳の色が赤紫から紫へと変化したのを。


「ね、ねーちゃん、何やってんのさ!」

《ア、アイリ?流石に人前でそれは・・・。》

突然かけられた声に、振り返ると、真っ赤な顔をして凝視する人たちと、同じく真っ赤な顔をして目を逸らしている人たちがいた。

「え?」

「リン?」

耳元に息がかかり、ギョッとして顔を正面に戻す。至近距離に綺麗な紫の瞳があった。

「うわー!カイさん、近い!」

ぼん!!と煙が出そうな勢いで真っ赤に染まったアイリを不思議そうに首を傾げて見つめるカイは、もう、いつも通りだった。頬に当てられたアイリの手に自分の手を重ね、きゅっと握り込む。

「僕の顔がどうかした?」

そう聞かれたアイリは首を振る事も出来ず、ハクハクと口を開け閉めする。何となく、それが美味しそうだなと見ていたカイだったが、行動に移る前にその口は緑の羽で隠されてしまった。

風の精霊がもの凄い目で彼を睨みつけていた。

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