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109 カイの秘密

西に向かって走らせていた魔導車は、後を追って来るダマルカント兵がいない事を確認し、夕刻に一旦、車を停めた。聖徒教会信徒と傭兵に一部のブラフを付け、ラモン、マリ、シュミはそこで北に向かわせる。残りは夜陰に乗じて反転し、アイリとカイの奪還に向かう。


《いいな、お前達、ブラフ海賊を敵に回した恐ろしさをこの大陸に刻み込むぞ!》

ルー達から溢れる殺気は、大気を揺るがした。《シャナーン王国にも裏切りの代償を知らしめてやれ。》


『この程度の魔道具で封じられると思われてるとは、ね。』

装着された時に、多少の圧迫感を感じたものの、ラモンの魔力封じの魔導具をつけていてさえ、フェラ砂漠で四精霊を顕現させたアイリである。いくら魔力が欠乏していたとしても、完全に無力化されることはなかった、それでも、装着とほぼ同時に四精霊を消して見せたのは、相手の油断を誘う為以外に、精霊達を休ませる為、でもあった。風のウィンディラはそのまま空高く登り、水のオンディットも雨に紛れて鳥居へ向かった。そこで、魔力の補充をするよう送り出したのである。本当なら、火のテセウスも送りたかったのだが、彼を送り出すだけの魔力がアイリに残っていなかった。地のアスクレイトスだけは、巨大オーガの魔石から回収した魔力で回復しており、今は彼がアイリのたった一人の護衛だ。


故に、拘束され引き立てられていくアイリの息は荒い。詠唱を封じるために猿轡をかまされているが、精霊が自らの魔力でアイリのために魔法を放つ為、アイリは元々、詠唱はしない。猿轡は彼女にとって、呼吸を阻害するものでしかない。

それでも、アイリのその弱った様子にアルコー公子を始めとするダマルカントの騎士達は、随分と安心し、油断していた。


「リン。すみません。あなたを巻き込んでしまった。」

縄をかけられ、引かれるカイの首には痛々しい鬱血の痕が残り、吟遊詩人の商売道具とも言うべき声は枯れ、その指は手当をされぬまま、あらぬ方向に曲がってパンパンに腫れていた。

アイリは必死に首を左右に振った。これは聖徒教会関係者の前で不用意に魔力を使った自分の自業自得なのだ、と。カイこそ巻き込まれたのだ、と。


「おら、だまれ!」

ぐっと縄が引かれ、カイが前のめりにたたらを踏む。その背を別の騎士が蹴飛ばした。

「!!」

んんーっと声にならない声をあげ、アイリはカイに駆け寄ろうとし、足を掛けられて、肩から地面に叩きつけられた。

「リン!」

言い様だと嘲る騎士達。おいおい、あんまり傷物にするなよ。聖女様も魔力を封じられてりゃただのガキだな、等々、とても一国の世継ぎの座を争った公子の親衛隊とは思えない下品な言葉が次々と浴びせられる中、アイリは歯を食いしばって耐えた。勿論、地の精霊が護衛している以上、叩きつけられたように見えても、アイリの体には傷一つ無い。痛むのは心だ。


引き立てられたアイリ達は、とりあえず、かつて自分たちが拠点にしていた太極殿跡に入った。中央に巨大な豪華な天幕が建てられている。動かないことに腹を立てたのか魔導車は横倒しにされ、扉も外されていた。車内は乱暴に荒らされ、きちんと整理されていたはずの、霊山と鳥居の資料はぐちゃぐちゃになっているのだろう。ダマルカント第二王子の親衛隊は、どんな情報を得ているのか知らないが、目の前の白っぽい骨のような物体がどれ程の宝の山なのか、全く理解していないようだ。


アイリ達はそのまま、倒れた魔導車の中に放り込まれた。相変わらず雨は止まず、それどころか、その激しさを増している。そんな中、外に放置されないだけでも有り難かった。

流石に、‘聖女‘や‘聖女に言うことを聞かせる人質‘に死なれる訳には行かない、ぐらいの考えはあったようだ。しかし、拘束はそのままで、縄の端は魔導車内の備品に結ばれ、動けて二、三歩、と言ったところか。


「リン、怪我は?どこか痛めていませんか?」

雨から逃れる様に彼らを連れてきた騎士がその場を走り去ると、カイとアイリはすぐにお互いの身を寄せ合った。アイリの猿轡はそのままな為、彼女は首を左右に振って自分は何でもない、と伝える。

『自分の方が酷い怪我なのに・・・。』

癒しの術が使える水の精霊はまだ戻ってきていない。周囲に転がる鳥居の欠片に僅かに含まれる魔力を集めようにも、両手は後ろに縛られたままだ。アイリはモゾモゾと手首を動かしてみたが、結び目は緩みそうにない。

【テス?ちょっとでも燃やせる?】

応えはないままだったが、微かに縄の表面に一瞬赤く火が灯った。焼き切る威力はなかったものの、強度の落ちた縄を何度も捩って引いてを繰り返し、何とか両手が自由になった時、アイリの手首は赤く皮が捲れてしまっていた。


扉が壊れている為、雨の中とは言え、外から中は丸見えだ。気付かれない様に動く必要がある。傭兵のレンツィオが二人と扉の間に、大きな体をねじ込んだ。少なくともこれで、後ろの二人はある程度隠されるだろう。

「聖女様、俺にはこれぐらいのことしか出来ないが、少しは役に立つか?」

足を膝から上で切断したばかりで、適当な木の枝を支えに、ここまで歩いてきたレンツィオの顔色も良くない。

「どうやら俺は余計な事をしちまったみたいだしな。」

睨みつけていた弟達の顔を思い出して傭兵は苦笑いを浮かべた。


アイリの二人の弟達は、見た目こそ半人前の子供だが、ブラフ海賊の中にあって、一端の仕事をこなす程度の実力はある。今回の、ダンジョン攻略で更に腕を上げたので、はっきり言って、片足を失ったレンツィオよりは戦闘力は上だ。

それでも、子供を人質に出すことを良しとしなかった、その漢気が好ましい。だから、ルーも敢えて、レンツィオの申し出を拒まなかったのだ。それは、ミルナスもシルキスも同様に。


レンツィオの体で、隠されているとは言え、後ろに手を回せば、ぱっと見、縄が外れたかわからない手首に比べ、猿轡は外したことがすぐに気付かれてしまう。アイリは猿轡を外す事はせず、すぐに、体を伏せて床に散らばる鳥居のカケラを集めた。

【クレイ、周囲の見張りをお願い。】

地の精霊には車内を暗くする程度の隠形をかけてもらった後、情報収集に出かけてもらう。


『うぅ、ネージさん達、流石だなあ、まともに魔力が残ってるカケラが無い。』

拠点を守っていたブラフのネージ達は、突然現れたダマルカント第二公子の軍隊に、見つからずに姿を隠しただけでなく、魔導車や遠話の魔導具の機密も敵の手に渡す事なく、持って逃げていた。その手腕は見事で、残しておくと厄介なものは全て、破壊してあった。お陰で、魔石はもとより、源石やシモンの資料なども残っていない。


かき集めた鳥居の欠片にもやはりあまり魔力は残っていなかった。それでも、少し、魔力の回復したアイリはカイの治療を行おうとして、首を左右に振られた。

「隠していたけれど、僕には自己治癒の力がある。だから、リンの力は使わないで。」

そう言った声が、元の美しい声で、淀みなく話される事にアイリもレンツィオも驚いた。

「あまりすぐに怪我が治るのはおかしいから、そのままにしてるんだ。見てて。」

アイリに見えるように、痛々しく腫れた右手が見える様に横を向く。そうして、小さく呟くと、歪な方向に曲げられてしまった小指が、巻き戻したかのように、あるべき位置に戻り、腫れて赤黒くなっていた小指が、男性にしては白く細いものに戻った。


その時、カイの目が赤く光ったことに、アイリ達は気が付かなかった。

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